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正しく理解しておきたい「長浜ラーメン」の基礎知識

山路力也フードジャーナリスト
昭和28年創業「元祖長浜屋」が現在の長浜ラーメンや博多ラーメンの基礎を作った。

世界中で愛されている「博多ラーメン」

 白濁した豚骨スープに極細のストレート麺を合わせた豚骨ラーメン。全国各地にあるご当地ラーメンの中で、「博多ラーメン」は「札幌味噌ラーメン」「喜多方ラーメン」と共に「日本三大ラーメン」にも数えられるほど、知名度も人気も高いラーメンである。大盛ではなく麺をお代わりする「替玉」や、「バリカタ」など麺の固さを指定出来るなど、その提供スタイルも個性的だ。

1985年に福岡で創業した「一風堂」は、世界に多数店舗を展開している。
1985年に福岡で創業した「一風堂」は、世界に多数店舗を展開している。

 ここ数年、海外でもラーメンが人気を集めている。今でこそ色々なラーメンが食べられるようになってきたが、海外ではラーメン=豚骨ラーメンというイメージがいまだに根強い。ニューヨークをはじめ海外にも多数店舗を展開する「一風堂」や、台湾で大行列を生んで話題になった「一蘭」、さらにはアジアを中心に出店を重ねる「博多一幸舎」など、博多ラーメンを提供する店が多く出店していることも大きいと言えるだろう。

魚市場で働く人のために生まれた「長浜ラーメン」

 「博多ラーメン」が日本はもとより海外にも知られているのに対して、同じ福岡の豚骨ラーメンである「長浜ラーメン」はあまり知られていない。名前は知っていても博多ラーメンとの違いは分からないという人も多いのではないだろうか。白濁した豚骨スープに細麺という組み合わせは同じ。実際、福岡でも博多ラーメンと長浜ラーメンの明確な差異はなくなっているのが現状だ。

長浜ラーメン発祥「元祖長浜屋」。細麺、替玉などはこの店から始まったと言われる。
長浜ラーメン発祥「元祖長浜屋」。細麺、替玉などはこの店から始まったと言われる。

 長浜ラーメンとは博多漁港に面する長浜で生まれたラーメンのこと。1952(昭和27年)に開業した屋台「元祖長浜屋」がその発祥と言われている。創業当初は中洲などの町中に出店していたが売れず、当時大浜にあった魚市場前で営業するようになると、魚市場で働く人たちの支持を受けて盛況となった。1955(昭和30)年に市場が長浜に移転したことにより、長浜に多くの屋台が軒を連ねるようになった。

 競りなどで忙しく時間がない魚市場の人たちのために、素早く提供出来るように麺を細麺にして茹で時間を短縮。細麺は伸びやすいため、麺の量は少なくしてお替わりが出来る「替玉」を考案するなど、元祖長浜屋から始まり長浜ラーメンや博多ラーメンのベーシックなスタイルになっていたものは少なくない。

博多初のラーメン屋台の流れを汲む「うま馬」のラーメンは、半濁スープの醤油味。
博多初のラーメン屋台の流れを汲む「うま馬」のラーメンは、半濁スープの醤油味。

 一方、博多ラーメンの歴史は長浜ラーメンよりも古い戦前のこと。1940(昭和15)年に創業した「三馬路」が博多初のラーメン屋台と言われている。スープは半濁気味のあっさりした豚骨スープで醤油味、麺も平打ち麺で名前もラーメンではなく「中華そば」と呼ばれていたようだ。現在では昔ながらの醤油味の博多中華そばを出す店は、三馬路の三代目が営む「うま馬」などごくわずかしかない。

 また、戦後の1946(昭和21)年には、うどん屋台を営んでいた山平進さんと天ぷら屋台を引いていた津田茂さんが豚骨ラーメンを考案する。そのラーメンが屋台で人気を博して、のちに山平さんが『博龍軒』、津田さんが『赤のれん』をそれぞれ創業することになり、博多に豚骨ラーメン店が生まれた。博多ラーメンの文化は博多の醤油ラーメンの文化と豚骨ラーメンの文化が、長浜ラーメンの融合を経て醸成されていったと言うことが出来そうだ。

元祖が乱立する長浜ラーメン

「長浜家」のラーメンは「長浜屋」とそっくり。
「長浜家」のラーメンは「長浜屋」とそっくり。

 長浜ラーメンの元祖である「元祖長浜屋」は、地元福岡では「ガンソ」「ガンナガ」などと呼ばれて親しまれている、博多っ子にとってはソウルフードのような存在の店である。しかしながら、長浜の地に足を運ぶと「元祖長浜屋」と似たような店名や看板のラーメン店がいくつもあることに気付くだろう。長浜ラーメンを目指して食べに来た観光客はもちろんのこと、普段遣いしている地元民ですら一瞬混乱してしまうような状況になっている。

2016年、長浜の地から上川端商店街へと移転した「元祖ラーメン長浜家」
2016年、長浜の地から上川端商店街へと移転した「元祖ラーメン長浜家」

 2009年に「元祖長浜屋」の元従業員が同じ長浜エリアに「元祖ラーメン長浜家」という店を開業し、長浜には二つの「ガンソ」が出来てしまった。店名の違いもほとんどなく、ラーメンはもちろん丼のデザインや店内の雰囲気やシステムまで「長浜屋」に酷似した「長浜家」の登場。それだけでもややこしいのに、さらに混乱に拍車をかけたのがその「長浜家」からさらに従業員が分裂して、別の「長浜家」が出来てしまったことにより、長浜には「長浜屋(家)」と呼ばれる店が3軒もあるという事態になったのだ。2016年、後に出来た方の「長浜家」が上川端に移転したため、多少その混乱は落ち着いた感があるが、いずれにしてもこれらの店はどれも独立した店で資本的には無関係である。

長浜ラーメンとしてのプライド

今年創業30周年を迎えた「名島亭」は、長浜ではなく東区名島に本店を構える。
今年創業30周年を迎えた「名島亭」は、長浜ではなく東区名島に本店を構える。

 長浜ラーメンは長浜にあるだけではない。店名やメニュー名に長浜ラーメンを謳う店は、長浜以外の福岡市内にも数多くある。博多ラーメンと長浜ラーメンの区別が曖昧になっているからこそ、博多ラーメンの発祥でもある長浜ラーメンを出しているという矜持を名前にも掲げているのだ。

「名島亭」大将の城戸修さんは長浜の人気屋台「長浜一番」で修業を重ねて独立した。
「名島亭」大将の城戸修さんは長浜の人気屋台「長浜一番」で修業を重ねて独立した。

 創業は1987(昭和62)年と、今年で創業30周年を迎えた長浜ラーメンの人気店「名島亭」は、長浜ではなく福岡市東区名島に本店を構えている。博多ラーメンではなく長浜ラーメンを名乗るのは、店主の城戸修さんが学生の頃から長浜ラーメンが大好きで、長浜の人気屋台「長浜一番」で修業を重ねて独立したから。名島亭はラーメン施設や集合施設への出店も果たし、今もなお多くの人たちに長浜ラーメンを提供し続けている。

「福重家」も長浜ではなく西区福重で人気を集めている長浜ラーメン店。
「福重家」も長浜ではなく西区福重で人気を集めている長浜ラーメン店。

 福岡市西区福重で人気の「福重家」も店名に長浜ラーメンを掲げる。1976(昭和51)年の創業時は別の店名だったが、当時から「長浜ラーメン」の文字だけは変えずに守り続けている。先代の創業者がやはり長浜ラーメンが好きで、人気の屋台で修業を積んで開業した。二代目店主の秋山康幸さんは、長浜ラーメンの魅力を脂分が少なくてあっさりして毎日でも食べられることだと語る。実際毎日足を運ぶ常連客も少なくないのだそうだ。

長浜の屋台が消えていく

 長浜ラーメンといえばやはり屋台だが、長浜の屋台事情はここ数年で激変している。長浜の人気屋台「やまちゃん」が2014年に屋台を廃業。また長浜一の行列を誇る人気屋台だった「長浜ナンバーワン」も2015年に屋台を廃業と、長浜の人気屋台が次々と無くなっている。その背景には2013年に施行された「福岡市屋台基本条例」の存在がある。

人気店「長浜ナンバーワン」は、2017年東京に初進出を果たした。
人気店「長浜ナンバーワン」は、2017年東京に初進出を果たした。

 営業権の継続や市道占有上の問題など、様々な規制強化の中での惜しまれつつの廃業。「やまちゃん」は以前より路面店の出店も重ねており、「長浜ナンバーワン」も福岡市内にとどまらず県外や海外にも出店しており、2017年には東京への初進出を果たすなど、今もその味を楽しむことが出来るが、今回の条例によって廃業を迫られている屋台も少なくない(3/28 毎日新聞)。2016年には長浜地区の屋台が条例に基づき設置場所を変更し、須崎や中洲などでも屋台の再配置が進んでいる。長浜に限らず福岡の名物とも言える屋台は現在転換点を迎えているのだ。

 60年以上の歴史を持つ「長浜ラーメン」が、博多ラーメンのみならずラーメンに与えてきた影響は大きい。福岡市内ではここ数年、脱豚骨とも呼ばれるラーメンの潮流が生まれつつあるが、やはり福岡のラーメンといえば豚骨ラーメン。その嚆矢とも言える長浜ラーメンは、時代が変わろうとも形が変わろうとも、いつまでも愛され続けていって欲しいと切に願う。

※写真は筆者の撮影によるものです。

フードジャーナリスト

フードジャーナリスト/ラーメン評論家/かき氷評論家 著書『トーキョーノスタルジックラーメン』『ラーメンマップ千葉』他/連載『シティ情報Fukuoka』/テレビ『郷愁の街角ラーメン』(BS-TBS)『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日)『ABEMA Prime』(ABEMA TV)他/オンラインサロン『山路力也の飲食店戦略ゼミ』(DMM.com)/音声メディア『美味しいラジオ』(Voicy)/ウェブ『トーキョーラーメン会議』『千葉拉麺通信』『福岡ラーメン通信』他/飲食店プロデュース・コンサルティング/「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えながら様々な媒体で活動中。

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