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天才も普通の人も、まずは自分を信じるところから。目標が生まれると人生は輝きだす。

杉谷伸子映画ライター
『バーナデット ママは行方不明』

幸せとは何なのか。ケイト・ブランシェット主演のリチャード・リンクレイター監督作『バーナデット ママは行方不明』('19)と、サリー・ホーキンス主演のスティーヴン・フリアーズ監督作『ロスト・キング 500年越しの運命』('22)。語り口も題材もまったく違うけれども、時期を同じくして公開されたオスカー女優と個性派監督が組んだ2作が見つめさせてくれるのはそれ。

『バーナデット ママは行方不明』でブランシェットが演じるのは、シアトルの悩める主婦。IT業界で活躍する夫と成績優秀で母親思いの娘と暮らすセレブ主婦が、突然姿を消し、向かった先が南極というので、迷走主婦の逃避行が描かれるのかと思いきや、リンクレイターはバーナデットが南極へ向かうまでを描くことに時間をかける。

経済的には何不自由ない日々を送るバーナデットだが、彼女の日々にはストレスがいっぱい。極度の人嫌いで、雑用はバーチャル秘書に任せっきりだし、日々の息苦しさに対処するための処方薬も欠かせない。天才建築家として脚光を浴びた時期もあったのに、その過去にも蓋をしている有り様だ。

バーチャル秘書をはじめ、IT社会のみならず環境問題もさりげなく織り込んで、時代を映し出すバーナデットのエキセントリックな日々は、シニカルなユーモアに溢れているし、人嫌いでも本人がそれを苦にしていないならそれでいいじゃないかという感じで、そんな日常を眺めているだけでも十分楽しめる。なにしろ、『TAR/ター』でもストレスを抱えた天才指揮者がハマっていたブランシェットである。本作のほうが先に製作されているのだが、ここでも元天才とはいえ、普通の主婦には収まらないオーラを放って、バーナデットの尊大さすら魅力に変えてしまうのだから。

『バーナデット ママは行方不明』
『バーナデット ママは行方不明』

だが、話が俄然面白くなるのは、やはり彼女が南極に向かって、自分自身と向き合ってから。そのきっかけが、ポジティブな意思によるものではなく、現実からの逃避行的な流れによるものであっても、自分を見つけるきっかけになることもある。新たな目標を見つけてからのバーナデットの行動力には、天才ならぬ身にもエネルギーをくれる力がある。

このフィクションの輝きを本物にしているのが、本物の海と氷。南極シーンは当初グリーンバックで撮影される予定だったが、グリーンランドでロケされたのは、ブランシェットの「海と氷は本物であるべき」という強い希望があったからとか。最近は映画やドラマを見ていても、これは実景なのかなと斜に構えてしまうこともしばしばだが、バーナデットの解放感に共鳴できるのはこの本物ならではのスケールと爽快感あればこそ。ブランシェットのこのこだわりには拍手を送りたい。

『ロスト・キング  500年越しの運命』 
『ロスト・キング 500年越しの運命』 

スティーヴン・フリアーズ監督作『ロスト・キング 500年越しの運命』は、2012年にアマチュア歴史愛好家フィリッパ・ラングレーが、500年もの間、行方不明になっていた英国王リチャード三世遺骨を発見した実話がベース。

サリー・ホーキンス演じるフィリッパは、息子の課題に付き合って観劇した『リチャード三世』をきっかけに、シェイクスピア戯曲によって広められた悪名高き国王というイメージとは違う、彼の真の姿を追求することにのめり込んでいく。

「リチャード三世協会」に入会したり、講演会を聴くために遠征したり。それをきっかけに人脈も知識も広がっていく様や、目標を見つけたフィリッパが自分の直感を信じて突き進んでいく姿は、それだけでエキサイティング。

フィリッパの前に、彼女の心の声的な存在としてリチャード三世の幻影を登場させる趣向も、シェイクスピア劇がきっかけで始まった遺骨探しらしい演劇的な味わいをプラスして実に面白い。

『ロスト・キング 500年越しの運命』 
『ロスト・キング 500年越しの運命』 

そんな物語をさらに味わい深いものにするのが、夫や息子たちの存在。決して、家計は楽ではないのに仕事も辞め、時には息子たちの食事の支度も忘れてしまうほど遺骨探しに没頭するフィリッパを呆れながらも、陰ながら応援する彼らの存在が、この物語にアマチュア歴史家の大発見にとどまらない魅力あるものにしているのだ。

リチャード三世の遺骨探しの道のりは、筋痛性脳脊髄炎(ME)という持病を理由に、それを理由に職場で正当な評価を受けられずにいると感じていたフィリッパの自分探しでもある。

その不当な評価への憤りが勝者の視点で書かれた歴史によって悪名高き国王のイメージを植え付けられたリチャード三世への共感にもつながって、始まったフィリッパの大冒険。

映画化に際して脚色も多分に入っているだろうことは想像できるけれども、歴史に限らず、物事はいろんな角度から見ることが必要ということや、組織という後ろ盾がないと功績を認められることが難しいという現実も織り込みつつ、やはり、自分を信じることの大切さに改めて気づかせてくれる。

『バーナデット〜』が示すのと同じく、何ごとも自分の道を突き進むには、家族の理解や支えが大切だということと共に。

『バーナデット ママは行方不明』

新宿ピカデリーほか全国公開中

(c) 2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

Wilson Webb / Annapurna Picture

原作/マリア・センプル

2019年/アメリカ

『ロスト・キング 500年越しの運命』

TOHOシネマズ シャンテほか全国公開中

(c) PATHÉ PRODUCTIONS LIMITED AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2022 ALL RIGHTS RESERVED.

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『SCREEN』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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