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コロナ禍でも、スペインはクリスマスを我慢できない

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
マドリッドのクリスマス用電飾。3密批判もこんなに綺麗で見に来るな、というのが無理(写真:REX/アフロ)

スペイン在住の外国人が最も孤独を感じるのがクリスマスだ。日本ならジングルベルで大騒ぎのイブの夜、「君の瞳に乾杯!」なんて恋人たちが盛り上がっているだろう時に、こっちでは街は真っ暗、出歩く者は誰もおらず、そもそも飲食店が開いていない。働き手がいないし外食する者もいないから。

カトリック教国スペインではイブの夜は家族限定で、恋人たちも離れ離れで互いの家族とともに過ごす。

この「家族限定」というのは非常に厳密に適用され、例えば外国人とスペイン人のカップルの場合、最低でも婚約くらいしていないと、相手の家から招待されない。私の場合、付き合って1年目は一人で過ごし、2年目から家族の輪に入れてもらった。親族一同、20人ほどが集まった夕食の席は私のお披露目を兼ねていた。

外では、静寂と闇の中でクリスマスの電飾だけが点滅していた。その光景は非常事態宣言下の戒厳令の夜にそっくりなのだが、当然、今年は違う聖夜になる。

この国の累計感染者数は170万人に迫っているのだ。

感染防止より愛情を優先した緩和

感染拡大のペースはやや鈍っているものの、クリスマスを祝うどころではない。だが、政府は規制を緩和することにした。

クリスマス、特にイブのディナーはスペインではそれほど重要なイベントなのだ。

家族限定というのは、家族の誰も欠けてはならないという意味でもある。「面倒臭いから行かない」なんていうのはとんでもない親不孝であり、親戚不孝である。夫婦の場合は最重要の24日の夜を妻の実家で、31日の夜を夫の実家で過ごす、というふうに分けており、どっちがイブの夜を取るかで、夫婦の力関係がわかる。

日本で言うと大晦日の夜に相当するが、あれよりも強制力が強く、絆も深い。

緩和すれば間違いなく感染は拡大する。

それは11月下旬の感謝祭を経たアメリカの最近の感染者数急増を見ていればよくわかる。

が、それでも緩和策を打ち出さざるを得なかった。親族が一堂に会する年に一度の機会を、たとえ人命が懸っているとはいえ、奪うわけにはいかなかったのだ。

この健康や人命と、人の情や家族の愛をリスクを負ってでも両立させたい、という考え方は嫌いではない。

スペインらしいな、と思う。

もちろん、クリスマス、年末年始商戦で経済を刺激したい、という狙いもある。

監査法人デロイト社の調査によると、昨年のクリスマス期間中の消費額は国民一人当たり550ユーロ超。日本円にして7万円近い。今年はこれより10%ほどダウンすると見られているが、それでも莫大な額になる。

だが、お金だけの問題ではない。

現在、面会が禁止されている老人ホームのお年寄りを、クリスマス期間中家に帰してあげよう、という案も真剣に検討されている。感染すれば重症化リスク、死亡リスクが高い彼らを親族一同に会わせる、という判断は、経済優先でも人命優先でもなく、“愛情優先”と呼んでもいいのではないか。

聖夜のディナーは10人までOK

クリスマス用の緩和策の保健省勧告は以下の通り(この勧告を基に各自治体が独自の措置を決める)。

1.12月23日から1月6日の自治州外への移動は原則禁止。ただし、家族や親戚など近親者が家に向かう場合はOK。

これはつまり、帰省には制限がない、ということ。帰国もPCR陰性なら許される。

2.通常は最大6人までだが、12月24日、25日、31日、1月1日の会合人数は最大10人、同居グループは2つまで。

私が同居する彼女とご両親の家へ行くのは、同居グループが2つなのでOK。ここに義理の兄夫婦が来ると3つになってアウト。

3.夜間外出禁止は、通常夜10時から12時以降のところ、12月24日、25日、31日、1月1日は深夜1時半までに帰宅していればOK。

これはまあ私の場合、深夜1時までにおいとますればクリアできる。

これが保健省のクリスマス用キャンペーンビデオ。

食事前後もマスクを着けること、オンライン帰省、手洗い、換気、ソーシャルディスタンス、同居グループは2つまでなどが映像化されている。

自己規制は苦手な国民性だから…

以上の緩和策はおそらく、医学的な見地からすればとんでもないことだろう。

しかも、警察が家に踏み込んでディナーの参加人数を調べるわけにもいかないので、ほぼすべてが自己規制に任されており、スペイン人は日本人と違って自粛や自己規制は苦手である。

よって、クリスマス後の感染者急増は避けられない。

だが、それでもクリスマスには家族と一緒に過ごしたい、という人情を優先した。

それがスペインという国の判断であり、スペイン人のそういうところが好きでこの国に住み、家族同様の扱いまでしてもらっているのだから、結果は甘んじて受け入れたいと思う。

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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