おなかがすいた日本人の胃袋を支える 元ホームレスの「アメリカ人」
年間470万食を配る
1,300以上の企業・団体と提携し、毎年470万食を人々に届ける*1。
その日本最大のフードバンク「セカンドハーベスト・ジャパン(2HJ)」を率いるのが、創設者でCEOのチャールズ・E・マクジルトン(チャーリー)だ。
元米兵で、東京・隅田川沿いでのホームレス経験をもつ「ヘンなアメリカ人」は、なぜ、どのようにして、今日に至ったのか。
本人に聞いた。
――――
東京・秋葉原駅から5分ちょっとの総武線沿いに2HJの本部はある。
本部と言っても、ガード下を活用した倉庫兼事務所や、隣接する古い雑居ビルの一室など、お金のある感じはない。
しかしここが、年間470万食を「十分に食べられない人々」に送り出す司令塔となっている。
食はライフライン
「食はライフラインだ」とチャーリーは言う。
ライフラインと聞くと、私たちは水道やガスや電気、道路、それに最近ではネット環境などを思い浮かべる。
しかし、ライフラインとは「命綱」のこと。
豊かさの中で忘れがちだが、人の生存にとってもっとも基本的な命綱は、水と食。
だから2HJは「食のライフラインを強化する」と謳う。
「そのための配送方法は3つあります」とチャーリー。
1つめに、2HJおよび協力ドライバーによる配送。
2つめに、食品を提供する企業・団体自身による配送。
3つめに、2HJに食品を取りにきてもらう方法。
さまざまな方法で食品安全網を整備する
協力ドライバーは、自分の車を使って配送する人たち。2HJのコーディネートで、関東各地の児童養護施設等の福祉団体や個人に食品を届ける。
また2HJは、食に困った人たちが食品を取りに来る拠点を増やすことにも力を入れている。
2HJが「食品ピックアップ拠点」と呼ぶこうした拠点は、現在都内に11か所。
日本ではなじみがないが、「でも、ニューヨークには1100か所、香港にも160か所ある。まだまだ足りない」とチャーリーは言う。
配ったり、取りに来てもらったり。
そしてその数を増やす。
目指すのは、食という命綱(ライフライン)を強化していった末の、食品安全網(フード・セーフティネット)の構築。
協力ドライバーの一人ひとり、拠点の一つひとつが網ヒモとなって、安全網をきめ細かにしていく。
自立を妨げる?
しかし、タダで食品を配るのは、その人たちの自立を妨げるのでは?
チャーリーも最初はそう感じていたと言う。
「援助は、相手の尊厳を奪ってしまうのではないか」と。
それが変わったのは、東京の隅田川沿いでのホームレス経験だった。
キリスト教の宣教師になることを考えていたチャーリーは、食べるに困った人たちへの支援のあり方に悩んでいたとき、「その人たちのなかで暮らしなさい」という”声”にしたがって、1997年1月からの15か月間、自らホームレスとなって生活した。
「やっぱりね。そういう生活をしていると、『相手の尊厳を奪う』といった考え方は、おなかいっぱい食べられる人たちの、ある意味では“ぜいたく”な考え方だと思うようになったんです。
食べ物がなければ何も始まらないし、栄養不足だと、考え方もマイナス志向になって、ひいては生き方にも影響を及ぼします」。
空腹のリアル
実はチャーリー自身が、常におなかをすかせている子どもだった。
裕福な家庭ではなかったのに、7人兄妹だった。そのうえ、両親がいつも誰かを里子として預かっていた。
食事はいつも争奪戦で、「片足ルール」というのがあるほどだった。
「片足ルール」とは、食事中、必ず片足は床につけていなければならないというルール。テーブル中央の大皿に身を乗り出すのもほどほどに、ということだ。なかなかに壮絶な様子が思い浮かぶ。
「大人になったいまでも、仲間とレストランに出かけると、テーブルの上の料理が人数分あるかどうか、とっさに数えてしまう。あっ、足りない、とわかると軽いパニックを起こすんだ」とチャーリーは話している(大原悦子『フードバンクという挑戦』岩波現代文庫、2016年、P74)*2。
隅田川でのホームレス生活は、チャーリーがもともと持っていた「空腹のリアル」を思い出させた、ということだろう。
「助ける」つもりはない
もう一つ、ホームレス生活がチャーリーにもたらした考え方の変化があった。
「他人が勝手にホームレス生活を『ダメだ』とか『助ける』とか、おかしい」ということ。
あるとき、朝の7時くらいに、チャーリーの段ボールハウスの扉が突然開いて、コンビニのおにぎりが投げ込まれた。チャーリーはびっくりし、不愉快な思いを抱いた。
おにぎりは近隣のホームレスたちの「お宅」にも同様に投げ込まれ、そしてみんなが同様に不快な思いをした。
投げ込んだ人の「善意」は想像できる。どう言葉をかけていいのか、わからなかっただけかもしれない。
それでもホームレスにだって生活があり、それぞれの考え方、感じ方がある。
「あなたを『助ける』というとき、それはともすると『あなたは完璧でない』というメッセージになってしまう」と、チャーリーは話す。
「食べられますって。渡しますって。それだけ」
「ふつうの暮らし」をできている側が、
「援助は、その人のためにならない」と言うのは、「空腹のリアル」を知らない“ぜいたく”な考え方にすぎない。
かといって「助けてあげる」というのも違う。
真逆のようでいて、どちらも相手(本人)不在の考え方という点で共通している。
しかし、相手(本人)の考え方・感じ方は人それぞれ、多種多様で千差万別だ。
どうするか。
チャーリーが出した答えは、ぐるりと回ってシンプルなものになった。
隣の席の人がペンを忘れた。「2本あるから、どうぞ」と差し出す。それだ、と。
ペンを渡すとき、「これは、この人のためにならないのではないか」とは考えない。
「助けてあげる」という大仰さもない。
こちらにはあり、あちらにはない。だから渡してあげる。それだけ。
ここに食べられる食品がある、あそこに食べ物を必要としている人がいる。
「食べられますって。渡しますって。それだけ」。
渡す私と、使うあなたの間に上下関係はない。
感謝される必要もない
感謝される必要もない。
実際、誰も食べてくれなければ、捨てられる運命にあるのだ。
企業だって、お金を払って捨てている。
2HJだって、集めた以上は、食べてもらえなければ困ってしまう。
「食べる人」というピースがなければ、このパズルは完成しない。
あなたがそのピースになってくれている。こちらだって感謝したいくらいだ、と。
すっきりした対等な関係。
チャーリーはその関係性にこだわる。
企業とも同じだ。
「企業と私たちも対等です。私たちが企業に『寄付をお願いします』と頭を下げることはありません。営業はしません。『協力したければどうぞ。歓迎します。ぜひ一緒にやりましょう』というスタンスを徹底しています。
もし、会社が上、私たちが下になると、私たちと食品を渡す相手も上下になってしまう。『あなたのために頭を下げてもらってきたんですよ。感謝してね』ってね」
でも、それで企業が乗ってくるのだろうか?
1300を超える企業・団体と信頼関係をつくる
乗ってくる。
2HJが協力関係を結ぶ企業は、現在1358社。
近年は、年間300社のペースで増えている。
これには「フード・アドバイザリー・ボード」の果たす役割が大きい、とチャーリーは言う。
ボードは、2HJと企業の意見交換の場。
ボード(委員会)と言っても固定メンバーがいるわけではなく、興味のある企業が自由に参加できる。
企業目線で考えてみると…
企業目線で考えてみると…。
ある企業が、食品ロスが社会問題化する中、どんな対応策がとりえるかを検討する。
特に東京都は、東日本大震災の後、企業・団体に3日間の食料備蓄を義務づける条例を制定している。切り替え期がきたら、その食料をどうするか、ふつうの担当者だったら考えるだろう。
その過程で2HJを知る。
よく知らないNPO。信用していいのかどうか。とりわけ対象は食品だ。何かあったら企業のダメージは大きい。
そこで様子見にと、ボードに出てみる。
会合では、2HJの事業説明などが行われるが、その場で寄付や協力を求められることはない。
チャーリーたちは「信頼関係をつくりたい」とだけ伝える。
企業担当者として気になるのは、他にどんな会社が協力しているかだろう。
リストを見ると、西友やサントリー、ニチレイ、ダノンなど、誰でも知っている大企業名が並ぶ。
また、ボードでは2HJの管理や配送の衛生管理基準が示される。専門家による第三者監査を受けたものだ。担当者は「ウチの管理基準と比べても見劣りしない」と知る。
会合の合間に、チャーリーたちをつかまえて聞いてみる。「ウチにこういう食材があるのだが、そちらで使えそうか」と。
チャーリーたちはどんな現場にどんなニーズがあるのかを伝え、「よければ今度一緒に現場に行ってみますか?」と誘う。そのときも、食材の寄付を求められることはなく、あくまで「おたくがよければ」というスタンスだ。
行ってみると、自分がそれまで出会ったことのないような世界が、この日本にもあることを知り、自社の食品を喜んでくれる人たちのいることを知る。
念のため、すでに協力している会社に問い合わせてみても「2HJは問題ない」と答える。
そこで担当者は、上司に決済をもらい、2HJと同意書を結ぶ。
企業が参加してくるプロセスはおおむねこのようなものだ、とチャーリーは言う。
たしかに、自社のペースで、せかされることなく、納得感のある判断をできそうだ。
「会社によっては、3ヶ月で同意書に至ったところもあれば、5年かかったところもある。私たちは、まったく、どちらでもかまわない。大事なことは信頼関係と、対等な協力関係だ」と、チャーリーは揺るがない。
こうして2HJは、1358社との協力関係をつくり、年間470万食の食品無償提供を実現してきた。
東京2020:10万人プロジェクト
チャーリーにこれからの目標を聞いた。
「今、私たちは10万人プロジェクトというものを始めています。
東京オリンピックのある2020年には、東京都内だけで年間10万人に、十分な食べ物を渡そうというプロジェクトです」
そのためには、現在の食品ピックアップ拠点をあと62か所、増やす必要があると言う。
10万人と聞くと、たいそうな数字に感じるが、チャーリーは「微々たるもの」と話す。
「東京都の人口は1200万です。政府が発表している貧困率は15%。200万人くらいが困窮している計算になります。10万人は、その5%にすぎません。
プロジェクトが達成できても、95%の方には自力でなんとかしてもらうしかありません。
とても十分な数字とは言えないでしょう。
その人たちは、ふだん食費を抑えて生活しています。
私たちの食料支援があっても、購入する食品が減ることはなく、経済に及ぼす影響は、プラスはあってもマイナスはありません」。
課題は「出口」
10万人プロジェクトは、チャーリーが常々感じている課題に対応している。
「私たちは今、あるスーパーマーケットのチェーンから食品の提供を受けています。
そこは、『まだあと10倍は出せる』と言ってくれています。
食品は、とても良いもので、私が17年間やってきた中で一番と言っていいくらいのものです。
でも、私たちの配送能力が限られています。
食べ物は十分にあります。問題は配布先です。
配布先が大きくないと、どんなによいものが提供されても配布できません。
もっともっと欲しいし、もっともっと配りたいんです。
食品ピックアップ拠点は、商店や施設、教会など、さまざまなところになっていただけます。
ぜひ協力してもらいたい。
足りないのは食品ではありません。協力者です」
周知も課題だ。
「個人への配布に力を入れたいです。
いま2HJの本部には30~40人の方が食品を取りに来られていますが、私たちは毎回100人でも150人でも対応できます。
でも、『ここに来れば食品を受け取れる』という情報が十分に行き渡っていません」。
農水省の試算では、日本で廃棄されている食べられる食材(食品ロス)は、年間621万トン(平成26年度推計)。
「もったいない」は終わらない。
図書館のような社会資産を
チャーリーが目指すのは、食品安全網(フード・セーフティネット)を社会の資産として、この国につくることだ。
「図書館のようなものです。
私の家から地元の図書館は遠く、私はあまり使っていません。
でも、なくなったら、私は残念に感じるでしょう。
私が使わなくても、誰かが使ってくれればうれしい。
食品も同じです。
困っている人に配りますが、私たちは日本の人たち全員のために配ります。
すべての国民が満腹なら、私たちはうれしい。
誰かが空腹なら、私たちは残念です。
食品安全網は『誰かのため』ではなく、『私たちみんなのため』なんです。
2HJの名前を誰も知らなくてもいい。みんなに食料が行き渡れば、私たちは幸せです。
それを社会資産として、この国につくりたい」。
私の国は日本
最後に、あえて聞いた。なぜアメリカ人のあなたが?
「よく聞かれますが、日本にいるかぎり、私の国は日本です。
国籍は行政が決めるものでしょう。私は、自分の国は自分で決めます。
たしかに私には投票権はありません。
でも、仕事を通じて投票できます。
私は、日本の食品安全網を整備して、次の世代に受け渡したい。
それが私の『参加』です」
そういうわけで、タイトルのアメリカ人にはカギかっこがつけてある。
より詳しい情報は以下で入手できます。
〇農水省「食品ロスの削減に向けて ~食べものに、もったいないを、もういちど~」
(注)
- 1:すべての寄贈品重量から、飲料と水をのぞき、1人が1日に生存するのに必要な量から算出すると、4,763,538食。2HJの試算による。
- 2:『フードバンクという挑戦』は、他の箇所でも参考にさせていただいた。記して感謝する。