強姦罪の無罪確定に世論が反発、ネットで集団リンチに。「法と倫理は共にあらず」/ノルウェー
「#私はあなたを信じている」。ハッシュタグをつけたこの言葉を、SNSで拡散するように呼びかける看板が、ノルウェーの国会議事堂前の広場に掲げられた。8日、国会前には女性を中心とする500人ほどの人々が詰めかけた(警察発表)。複数の政党の政治家も参加し、強姦罪の刑罰の厳重化を訴える大きなデモとなった。ノルウェー国営放送局をはじめとする多くの現地メディアは、その日のトップニュースとして報道。デモは同じ日に全国各地で開催された。
ノルウェーで強姦罪における議論が高まっている背景には、1人の女性の行動がある。2014年、当時18歳だったアンドレア・ヴォルドゥムさん(21)を強姦した容疑で、3人の男性が起訴された。第一審では、容疑者3人は懲役6~6年半を受けた。しかし、第二審では逆転無罪に。1人の参審員と3人の職業裁判官は有罪とみなした一方、3人の参審員は無罪と判断。有罪確定に必要な5人に至らなかったため、容疑者の3人は自由の身となった。
無罪とされた容疑者3人の名前をフェイスブックで公開、ネット炎上
ヴォルドゥムさんは、8月2日に自身のフェイスブックに投稿をした。「裁判に2年半もかけたのに、信じてもらえなかったという思いで座っています。ノルウェーの法制度、参審制に私は疑問を抱かずにいられません。非常にがっかりしている、という以外に言葉がでてこないのです。他の人がこの悪夢を体験しないように、私は3人の名前を公開します。■■、■■、■■です」
この投稿は2900回以上シェアされ、大きく報道された。男性3人はその後、氏名だけではなく、個人情報もネットで他者から公開され、批判を浴びることに。同時に、無罪とされた人物の個人情報をこのような形でさらすことには、疑問の声も挙がった。
「訴える意味は?」
8日の全国各地で開催されたデモは、ヴォルドゥムさんのように「訴えても意味がないのか」と感じる女性をサポートし、性犯罪の厳重化を求めたものだ。
- 人口約520万人のノルウェーでは、毎年8千人~1万6千人の女性が強姦事件や強姦未遂の被害にあっている
- ノルウェー人女性のうち、10人に1人が被害者。その半分は18歳未満
- 3人に1人の被害者は誰にも言わずに泣き寝入りしている
2013年にIpsosがアムネスティのために行った調査では、
- 女性が男性に好意的な態度をみせた結果に強姦された場合、「女性にも責任がある」と答えたノルウェー人男性は28%。
- 強姦事件がニュースで話題となった時、警察や政府関係者は、「女性がどうしたら強姦被害を避けられるか、アドバイス」する形で報道されることが多く、「男性がそのようなことをしないためにはどうするべきか」という議論が少ないとされてる
ノルウェー警察によると
- 強姦事件の多くはパーティーなどの場で発生
アフテンポステン紙の記事「強姦罪で訴えることに、そもそも意味はあるのか?」によると、
- 10人中9人の被害者は訴えないまま
- 訴えても、10件中8件は警察によって訴えを退けられる
- 裁判となっても、4件に1件は無罪判決となる
- 「強姦被害にあうことは、ノルウェーでは意外と“普通”のことで、多くが無罪判決となる」
一般市民がネットで「人民裁判」することの危険性
性犯罪被害における議論は、ノルウェーではこれまでも注目を集めていた。被害者がネットで無罪とされた3人の名前を拡散するという行為が異例だったために、複数の議論が重なることとなった。声をあげたヴォルドゥムさんをサポートする風潮は強い。しかし、法制度が容疑者側にとって優しすぎるからと、一般市民がネットで「人民裁判」することに警報を鳴らす声もある。8日、男性3人を無罪と判断した3人の参審員は、氏名・住所と顔写真がネット上で公開され拡散されている。現在、合計6人の個人情報がネットで広がり、一部は脅迫を受けている。
「私にとっては、フェイスブックでの1投稿でしかなかったので、ここまで多くの人々を動かすことになるとは思わなかった」と、ヴォルドゥムさんはノルウェー国営放送局NRKに話す。NRKの記者は、「リンチ集団によるネットでの私的裁判を誘発したのではないか」と問い、「3人の男性に脅迫を送るように誘導はしていない。それは私の責任でもないし、脅迫をする人がとるべき責任」とヴォルドゥムさんは答えた。
「法と倫理は手を取り合っているわけではない」
国選弁護人のラールム氏は、NRKに対し、ノルウェーの法制度は十分だとし、えん罪を防ぐためにも厳格な証拠提出の基準は下げるべきではないと話す。「法は常に公正であるとは限りません。今回の件で重要なことは、法と倫理は手を取り合っているわけではない、ということです」。
3人の男性容疑者だったうちの1人は、ネット裁判に身の危険を感じ、国外へと避難している。
今回の一件が、被害者の女性たちを勇気づけることになるとは限らない。ヴォルドゥムさんの事例が、裁判の過酷さやネット集団リンチのリスクを伝えてしまい、警察や裁判で訴えたり、参審員に参加する人が減るのではないかという懸念の声もあがっている。
Photo&Text: Asaki Abumi