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北朝鮮の薬物汚染と「対日密輸」の前科

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
北朝鮮の金正日総書記(写真:ロイター/アフロ)

警視庁は26日、覚せい剤取締法違反の疑い北朝鮮系の「金剛山歌劇団」に所属していた韓国籍の女性を逮捕した。金剛山歌劇団は、1955年に創立された在日朝鮮中央芸術団を前身とし、1974年に「金剛山歌劇団」に改称されて今にいたる。北朝鮮を支持する在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)傘下の団体であり、訪朝して平壌でも舞台を披露している。

覚せい剤の入手経路は不明だが、残念なことに、日本社会の疑いの目が朝鮮総連にも向けられることは避けられないだろう。北朝鮮本国がかつて、覚せい剤を国家ぐるみで日本などに密輸していたからだ。

北朝鮮でオルム(氷=覚せい剤を表す符丁)と呼ばれる覚せい剤が、現在も日本に流入しているかどうかは不明だ。中国をはじめとする周辺国の取り締まり強化により、大規模な密輸ルートは遮断されたとも言われている。金正恩党委員長も薬物に対して厳しく取り締まる姿勢を示している。一方、北朝鮮国内では薬物汚染が深刻な状況に至っている。販路が細る一方、製造技術と原材料は残ったため、行き場を失った薬物は国内で乱用されるようになり、様々な問題を引き起こしている。

(参考記事:コンドーム着用はゼロ…「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち

デイリーNKの両江道(リャンガンド)の内部情報筋によると、北朝鮮の秘密警察である国家保衛省の幹部が地方に追放された。理由は、薬物犯罪に関わった人物に便宜を図る見返りとしてワイロを受け取ったからだという。この幹部は出身地域である新義州(シニジュ)で発生した薬物事件に介入して、ワイロを受け取ったことが発覚し、7月中旬に家族と金亨権(キムヒョングォン)郡に追放されたというのだ。

50代前半のこの幹部は、平安北道(ピョンアンブクト)新義州保衛部の副部長を歴任しており、3年前に平壌の保衛省に昇進した。出世コースを歩んでいたが、薬物汚染に関わって人生を棒に振ったわけだ。

情報筋によると、新義州で起きた薬物事件で調査を受けた地域の人々は、この幹部にワイロを渡しており、事件に関わった何人かが釈放された。しかし、薬物犯罪者が釈放されたことで、地域住民の世論が悪化した。結果、噂が広まり平壌の保衛省まで関連情報のたれ込みと苦情が届き、保衛省が捜査に乗り出す展開となった。

北朝鮮当局は、2013年刑法を改正し、薬物の密造に対しては最も重い場合で死刑にするとしている。また、新義州(シニジュ)は北朝鮮で製造された覚せい剤が中国や海外に密輸される主要ルートでもある。秘密警察の幹部が追放された今回の事件は、それだけ北朝鮮当局が薬物の蔓延に対して厳しく取り締まる姿勢を示すためだという見方もある。

北朝鮮国内の覚せい剤蔓延と歌劇団員の覚せい剤使用の件が、直接関係しているとは思えない。しかし薬物蔓延を憂慮する金正恩氏が事件を知れば、極めて遺憾に思うことだろう。また、金剛山歌劇団の団員達は薄給だと伝え聞いている。苦しい環境にもかかわらず彼らなりの使命と信念をもって芸術活動を続けているもようだが、イメージダウンは避けられない。それ故に残念な事件だ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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