アトピー性皮膚炎のエピジェネティクス研究の最前線 - 新たな治療法への期待
アトピー性皮膚炎とエピジェネティクス
アトピー性皮膚炎は慢性的な炎症性皮膚疾患です。主に子供に発症しますが、大人になっても持続することがあります。臨床的な管理が難しい疾患の一つとされていますし、人種、性別、地域によって有病率が異なることも知られています。
近年、アトピー性皮膚炎の発症や進行にエピジェネティクス因子が重要な役割を果たしていることが明らかになってきました。エピジェネティクスとは、DNAの塩基配列を変えずに遺伝子発現を調節する仕組みのことです。DNAメチル化やヒストン修飾、non-coding RNA(ncRNA)による制御などが含まれます。
【DNAメチル化とアトピー性皮膚炎】
アトピー性皮膚炎患者の皮膚では、健康な人と比べてDNAメチル化パターンに差異があることが報告されています。特に、表皮での疾患特異的なメチル化の変化が顕著であり、遺伝子の転写レベルにも影響を与えていました。一方、全血やT細胞、B細胞ではゲノムワイドな有意差は見られませんでした。
また、一塩基多型(SNP)がDNAメチル化状態や遺伝子発現に影響を及ぼす例も見つかっています。例えば、NLRP2遺伝子のプロモーター領域のメチル化はrs514148というSNPと関連しており、SIRL-1遺伝子(VSTM1遺伝子によってコードされる)のプロモーター領域にあるrs612529T/CというSNPも、VSTM1プロモーターのメチル化状態に影響を与えていました。
【ヒストン修飾とアトピー性皮膚炎】
ヒストンのアセチル化やメチル化などの修飾は、クロマチン構造を変化させることで遺伝子発現を制御しています。アトピー性皮膚炎では、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)の阻害剤であるベリノスタットが、皮膚バリア機能の改善に効果があることが示唆されています。
また、腸内細菌叢が産生する短鎖脂肪酸がヒストン修飾に影響を与えることで、アトピー性皮膚炎の病態に関与している可能性も指摘されています。腸内細菌叢の多様性とアトピー性皮膚炎の重症度には負の相関があることが示されており、腸内環境とアトピー性皮膚炎の関連性が注目されています。
【ncRNAによる制御とアトピー性皮膚炎】
ncRNAの中でも特にマイクロRNA(miRNA)と長鎖非コードRNA(lncRNA)が、アトピー性皮膚炎の炎症反応やバリア機能、免疫応答などを制御していることが明らかになっています。例えば、miR-155、miR-146a、miR-203などが患部皮膚で高発現しており、炎症反応に関与していることが報告されています。
一方、lncRNAについては皮膚における具体的な生物学的役割についてはまだ十分に解明されていませんが、角化細胞の分化や炎症反応の制御に関わっている可能性が示唆されています。円形RNA(circRNA)も慢性炎症性皮膚疾患であるアトピー性皮膚炎や乾癬で発現パターンが変化しており、バイオマーカーとしての利用が期待されています。
エピジェネティクス研究は、新たな治療戦略の開発につながる可能性を秘めています。DNAメチル化阻害剤やHDAC阻害剤、miRNA制御薬などを用いて、異常なエピジェネティクス変化を是正し、免疫応答や皮膚バリア機能に関連する遺伝子発現を調節することができるかもしれません。今後の研究の進展が期待されます。
エピジェネティクスの観点から見たアトピー性皮膚炎の病態解明は、より効果的で個別化された治療選択肢の提供につながるでしょう。一方で、エピジェネティクス変化の動的な性質や組織特異性など、まだ解決すべき課題も残されています。皮膚の健康と疾患におけるエピジェネティクス制御の重要性が明らかになるにつれ、アトピー性皮膚炎をはじめとする皮膚疾患の理解と治療は大きく進歩していくと考えられます。
参考文献:
・da Silva Duarte AJ, Sanabani SS. Deciphering epigenetic regulations in the inflammatory pathways of atopic dermatitis. Life Sci. 2024;348:122713. doi:10.1016/j.lfs.2024.122713