タイ・バンコクで話題!パン職人歴16年の日本人店主が手掛けるメロンパン専門店
タイの首都バンコクで、今年1月にオープンした日本人経営のメロンパン専門店が、注目を集めている。
在住日本人のみならず、タイ人も魅了する当店のメロンパン。パンの種類や売れ筋商品、開業までの経緯について、店主に話を聞いた。
バンコクで唯一のメロンパン専門店「おいしいメロンパン& Bread」
バンコク屈指のビジネス街、アソーク。メイン通りの一本東、スクンビット・ソイ23を北に進んでいくと、通り沿いにメロンパンの看板が出現する。
20メートルほど奥に進み、小さなテナント店のガラス引戸を開けた。ふわっと香る焼きたてパンの匂い。
店内中央の木製テーブルには、大小さまざまなパンがずらり。目を引くのは、ころんとしたフォルムが愛らしい種類豊富なメロンパンだ。
取材当日、にこやかな笑顔で迎えてくれたのは、「おいしいメロンパン& Bread」の店主・卓司(たくじ)さん(44)。
大手製パン会社にパン職人として16年勤め、2024年1月、メロンパン中心のベーカリーを開業した。
こだわりメロンパンの種類と価格
メロンパンは約15種類。オリジナル、チョコチップ、チョコレート、メープル、ストロベリー、アーモンド、紅茶、抹茶、コーヒー、さつまいも、かぼちゃ、オレンジ、シナモンなど。
「客層は日本人が9割、タイ人が1割です。日本のお客さまから一番人気は、メロンパン・オリジナル。タイの方からは、メープルメロンパンが好評です」(卓司さん)
オリジナル(60バーツ)をひとくち頬張ると、外のクッキー生地はサクサク、中はふんわり。優しい甘さが口いっぱいに広がる。
空気のように軽い食感で、あっという間に消えてしまった。
メープルメロンパン(70バーツ)は、生地にシロップがたっぷり染み込んでいる。口に入れると、ジュワッとメープルの風味が広がる。
「粉にはこだわっています。日清製粉さんのものは味があっておいしいです。パン生地は前日仕込み。一晩冷蔵庫で寝かせると、生地が落ち着いてふっくらするんです」
翌朝6時ごろ、生地を丸めて鉄板に入れ、9時半ごろに焼きあがる。
「パンは、焼きあげた瞬間に老化が始まり、徐々に固くなります。2日目は少ししっとりしますが、まだおいしい。3日以降は冷凍がおすすめです。冷凍のままトーストしてもらうと、サクサク感が復活します」
ある日、タイ人客から「メロンパンにカスタードは入れられない?」と要望があった。
試作すると、卓司さん自身もびっくりな相性の良さ。販売を開始したところ、売れ行きは好調だという。
筆者も実食。とろっとしたミルキーカスタードが、メロンパンに絶妙にマッチしている。
塩パン、カヌレ、カマンベールチーズパンも人気
当初、卓司さんはメロンパンのみを販売するつもりだった。
しかし、「日常でもっと食べやすいパンを届けたい」という思いから、メロンパン以外の種類も少しずつ増やしていった。
たとえば、塩パン、枝豆塩パン、コーンパン、バタークリームレーズンパン、ガーリックパン、ソーセージパン、カマンベールチーズパンなどがある。
「当店で2番人気はミニカヌレ、3番人気は塩パンです。タイの方はチーズ類がお好きなようで、カマンベールチーズもよく売れます」
ミニカヌレの生地は弾力があり、外はカリッと香ばしく、中はしっとり。そのサイズ感とは裏腹に、食べ応えは抜群だ。
塩パン(40バーツ)は、バターの豊かな香りとパン生地の甘さ、塩のしょっぱさが絶妙なバランスで調和。もちもち食感がクセになる。
生地がふんわり柔らかい、カマンベールチーズパン(65バーツ)。中にはとろける濃厚チーズがたっぷりと挟んである。
レジ担当は、明るい笑顔のタイ人女性。メロンパンラスクをおまけでつけてくれた。
現在は、知人が紹介してくれたタイ人スタッフ2名と共に、店を切り盛りしているという。
43歳でタイ起業を決意
卓司さんが製パン業界に入ったのは、27歳のとき。
それまでフレンチ、イタリアン、居酒屋など飲食業界を転々とし、「新しい挑戦がしたい」と地元神戸から上京。大手製パン会社に入社し、パン職人として東京で6年働いた。
34歳の夏、タイの駐在員として派遣され、バンコクに渡る。タイ人スタッフと共に、さらに約7年、パンを作り続けた。
しかし、パン作り一筋だった卓司さんが、なぜ起業という決断に至ったのだろうか。
「起業に興味を持ったのは、5年くらい前です。タイで出会った友達がどんどん独立して、すごいなぁと羨ましくなって。成功してる、してないじゃなく、新しい世界に飛び込んでいく姿が眩しく見えました」
「たくちゃんは独立しないの?」と聞かれ、胸の奥に潜む熱いものに気づいた。だが、当時の卓司さんにとって、夢は夢のままだった。
そこから数年の月日が流れた。
2023年3月。「ちょっと休もう」と43歳で退職。日本に帰国したタイミングで、ずっと温めていた夢に真剣に向き合い始めた。
「でも、40代で起業ってそんな若くないし、リスクもあるじゃないですか。心配して引き留めてくれる人もたくさんいました」
無職になった卓司さんは、貯金を切り崩しながら、悶々とした日々を過ごした。
半年後、気分を変えようと思い立ち、ひとりバンコクへ。「先輩」と慕う3つ年上の日本人男性と、居酒屋で再会。そこでの一言が決め手となる。
「たくちゃん。今はまだスタートラインにすら立ってないよ。あとは行動するだけや」
そうだ。一度きりの人生、大好きなタイの地で、自分も大きな挑戦がしたい!
「独り身で失うもんはないし、初期投資を抑えれば、失敗してもダメージが少なくて済むはず。人生をもっとおもしろくする!と覚悟を決めました」
「メロンパンに賭ける」と決めた
決断してからは早かった。
日本に戻り、YouTubeの動画を教材に、独学で起業ノウハウを学んだ。飲食店を経営する兄や友人の存在も心強かった。
「でもぼく、勉強が大嫌いなんです。みんながせっかく教えてくれても、うまく理解できないし。途中で『もういっか。よしいくぞ!』って(笑)」
タイ行きの準備を進めていた、ある朝のこと。
いつものように自宅近くを散歩していると、突然、ころんとしたまるいフォルムが脳裏に浮かんだ。
「本当に思い付きでした。かわいい形のメロンパンが好きで、でもタイではほとんど見かけなかったんです。高額なデッキオーブンじゃなく、コンベクションオーブンで焼けるから、コストも抑えられる。
正直、勝算はまったくなかったです。ただ、直感を信じて賭けてみようと」
怒涛の開業準備。わずか2か月でオープン
2023年10月24日、タイの地に舞い戻った。
最初の2週間は先輩の自宅に泊まり、そのあいだにアパートを契約。急ピッチで店舗物件を探した。
不動産の知識はゼロ。南国の日差しが照りつけるなか、ナナ地区からオンヌット地区まで、朝から晩まで歩き続けた。
入り組んだ路地裏にも入り、空き店舗を見つけると即電話。カタコトのタイ語と翻訳アプリを駆使し、粘り強く交渉した。
1週間後、アソーク地区の小さなテナント物件に巡り合う。
パン作りに欠かせない作業台やオーブン、冷蔵庫などの機材を購入し、厨房を整えた。友人のつてをたどり、製パン材料の仕入れ業者も手配。
2024年1月4日、オープンの日を迎えた。
「初期投資を抑えるため、内装工事はほとんどしていません。店舗づくりも業者の手配もわからないことだらけでしたが、行き詰まると、いつも誰かが助けてくれました。自分ひとりじゃ夢は叶えられなかった。みんなには感謝しかありません」
友人のX投稿が起爆剤となり、客足が急増
しかし、パン作り一筋だった卓司さんは、営業や集客の方法がさっぱりわからない。最初の4日間は、1日に知人4名ほどしか客がこなかった。
起爆剤となったのは、女友達によるXの投稿だ。「友達がメロンパン専門店をオープンしたよ」というパンの写真付きポストが反響を呼び、バンコク在住の日本人のあいだで一気に認知が広がった。
「突然お客さんが増えてびっくりしました。めちゃくちゃうれしかったです。SNSは苦手だけど、本腰入れてやらないと!って痛感しました」
周囲からの助言も受け、Facebook・X・Instagram・TikTokと、4つのSNSの運用を開始。
開業して7か月半。パン職人として長年極めた卓司さんが作るパンは、着実にファンを増やし、経営も軌道に乗り始めている。
今では、バンコクで人気の日系ベーカリーとして、連日客足が絶えない。
「そうか、パンっていい匂いなんや」
「大変なことは?」と尋ねると、「なんせ、話下手でして」とぽつり。お客さんとのコミュニケーションに苦戦中だという。
「本当はお客さんと、楽しくおしゃべりしたいんです。毎朝、『今日はお声かけするぞ!』って意気込んでます。でも、いざお客さんを前にすると、喋りかけていいのかな?って緊張するし、うまい話題も出せない。難しいですね」
しかし、卓司さんの誠実で飾らない人柄に魅せられる人は、少なくないはずだ。
「自分が作ったパンが売れるのか、ぜんぜん自信がなかったんです。だから、お客さんから『おいしい』と直接言っていただけて、こんな幸せなことないなって」
彼はいつも、パンにも人にも真っ直ぐに向き合っている。
「ご来店になって、いい匂い!って笑顔になってもらえたとき、めっちゃ嬉しいです。あぁ、そうなんや。パンって、いい匂いなんやって。毎日作ってると麻痺するんですよ」
「あまり先を考えないタイプ」という卓司さんにも、目標がある。
「5年以内に、あと3店舗ふやしたいです。クロワッサン、食パン、フランスパンの専門店をイメージしています。もっと多くの方においしいパンを届けたい。険しい道のりですが、本気でがんばります」