東映アニメ、性的マイノリティの通称使用は「偽名」交渉拒否「子ども向けの作品作ってきた会社がまさか」
東映アニメーションでパワハラを受けた従業員が不当に仕事を外され、労働組合が会社と団体交渉をしようとした所、労組役員の一人がXジェンダーの当事者で、通称を使用していたことについて会社側が「偽名」だと迫り、交渉に応じなかった。
労働組合「プレカリアートユニオン」は、今月7日、東京都労働委員会に不当労働行為救済を申し立てた。
労組役員は「失望と悲しみの気持ちです。交渉する上で、通称かどうかは関係ありません」と語る。仕事を外された従業員も「とてもひどいですし、子ども向けの作品を作ってきた会社がまさかこんなことを言うとは」と驚く。
パワハラを受け、不当に仕事を外されてしまったことに加えて、性的マイノリティへの差別的な態度を含め、団体交渉に応じない会社の姿勢について話を聞いた。
突然仕事を外された
2013年頃から東映アニメーションで働いていたAさんは、演出担当としてアニメの制作に携わっていた。ある時、作画監督へ指示を出したところ激昂され、スタッフルームで怒鳴られてしまったという。
「作画監督は東映アニメーションの仕事を長年専任でこなしているのに、業務委託契約の出来高制という、時間に追われて働かざるを得ない立場だったというのが背景にあると思います」
Aさんは上司から、「働きバチが必要だ」「(作画監督を)だまくらかして使うんだ」などといった指導を受けていたという。
激昂した作画監督に対し、なんとかAさんが折れる形でことは収まった。しかし、後日突然、制作担当から「(作画監督ではなく)次からAさんを演出の仕事から外す」と言われてしまった。
さらに、Aさんの知らないところで勝手に異動願いが出されていた。人事部との面談では威圧的に「お前を辞めさせるためには警告書を事前に1枚か2枚出さないといけない」と脅され、演出から演出助手への契約変更を迫られた。
「辞めさせるぞと脅されて怖くなり、社内の労組に相談しました」と話すAさん。しかし、残念ながら社内の労組は会社側との繋がりが強く、話がこじれた結果Aさんは、さらに事務職の契約に変更させられることになってしまう。
「とりあえず1ヶ月だけ、ということだったので契約書にサインをしてしまいました。異動先はアニメスタジオとは別棟で、しかも仕事の内容はダンボールの詰め込みなど、典型的な追い出し部屋でした。つまり会社側としては、はやく私を辞めさせようとしてきたんですね」
Aさんは社内のホットラインにも通報し、なんとか演出助手にまでは戻ることができた。しかし、いざスタッフルームに戻ると、既にAさんに関する”噂”が広がっている状態。困ったAさんは第三者機関に相談するも、上からは「Aさんに演出の仕事は絶対にさせないように」というメールが現場に一斉送信されてしまっていたという。
団体交渉に応じない
「最初に作画監督から怒鳴られ、仕事を外されてから、ここまで話が大きくなってしまうとは全く思っていませんでした。ただ元の仕事に戻してほしいだけなのに、本当に困ってしまいました」
Aさんは、外部の労働組合を探し「プレカリアートユニオン」に出会った。親身になって相談に乗ってくれたことなどから加入、会社へ団体交渉を行うことになった。
憲法28条は、労働者の権利として、労働組合をつくり(団結権)、会社側と労働条件などについて交渉し(団体交渉権)、場合によってはストライキなどの抗議活動を行うこと(団体行動権)を保障している。
また、労働組合法によって、会社が労働組合からの交渉を正当な理由なしに拒むことは「不当労働行為」として禁止されている。
しかし、プレカリアートユニオンが東映アニメーションに団体交渉を申し込んでも、会社側は交渉に必要な就業規則等の資料すら提示しない状況だったという。
交渉を担当していた一人で、プレカリアートユニオンの役員でもあるBさんは「先方はあえて論点をズラしてきたり、議論をかき乱すような不誠実な態度でした」と話す。
「こうしたケースは時折あります。あくまで推測ですが、会社側の担当弁護士が『労働組合なんてまともに相手にする必要はない、そのうち疲れて諦めるでしょう』といったアドバイスをしている可能性はあります」
コロナ禍でもあり、対面ではなくオンラインで3回ほど団体交渉を行うことはできたが、結局議論の決着はつけられなかった。
4回目の団体交渉の当日、Aさんや労働組合側にはオンライン会議のURLが送られてこなかった。Bさんが会社に電話で確認したところ、弁護士や担当者は会社に出社しているということだったため、直接会社におもむいた。
「いざ行ってみると、会社が入っているビルの1階エレベーターを警備員が封鎖していました。私たちがエレベーターに乗ろうとすると、会社側の弁護士が『酷いじゃないですか』など、私たちがあたかも乱暴なことをして乗り込んできているような言い方をして、警備員を使って追い出してきました」
その後も団体交渉は実施できず、書面でのやりとりを続けていた。そこで突然、会社側から「Bさんが偽名を用いており、本名は『◯◯』だという指摘があった」こと、そして「(東映アニメーションと労働組合との間の)信頼関係を大きく毀損した」という文書が送られてきたという。
通称では信頼関係を毀損する?
実はこの間、労組の役員であるBさんが、法律上の性別と性自認が異なり、通称名を使っていることを、この労組を非難している第三者が会社側にアウティングしてしまっていた。
その情報をもとに、会社側は労組へ「Bさんが”偽名”を使っている」ことについて戸籍上の氏名を確認し、「信頼関係を毀損した」と言及してきたという。
Bさんは「まず偽名ではなく、私が性的マイノリティの当事者で、戸籍上の名前とは異なる名前を使っていることは伝えました」と話す。
しかし、それでも会社は団体交渉はできないという態度を続けた。
「私にとって戸籍上の名前は、見ることさえ辛いものです。こうした会社の差別的な行為には失望と悲しみ、そして苦痛を感じました」
「そもそも婚姻をした人の一方が通称を使って働いている人などはいますし、団体交渉において名前が戸籍上の名前か通称かは関係ありません。団体交渉は労働組合法で定められた義務で、信頼関係うんぬんの話ではないのです。話し合いの席にすらつかないというのは、解決する気がない、ということなのかと思います」
これについて、Aさんも「これまでも明らかに会社の態度は不誠実でひどいものでしたが、ここまでひどいのかと。まさかこんなことまで言ってくるとは思いもしませんでした」と語る。
Bさんは「東映アニメーションの『プリキュア』シリーズは、性のあり方に関しても希望を感じられるメッセージを発信し、日本だけでなく世界中に影響を与えていると思います。そんな会社だからこそ、こんなことをやってしまえるのかと深く失望しました」と語った。
東映アニメーションは、私にとって憧れでした
一向に会社が団体交渉に応じないことを受けて、Aさんと労働組合は今年1月7日、東京都労働委員会に不当労働行為救済を申し立てた。Change.orgで署名も募っている。
特にBさんにとって、アウティングされてしまうだけでなく、さらに自分の名前を「偽名」だと言われ、見たくない法律上の名前を突きつけられることの精神的な苦痛は大きいだろう。
Bさんは「本当は、こういう事態になる前に解決したかったです」と話す。
「団体交渉は、Aさんの要望と会社側の要望をすり合わせて妥協点を探し、合理的に解決へと導くことです。しかし、会社はそもそも法律で禁止されているのにもかかわらず交渉を拒否しています」
「通称使用を”偽名”と言い、信頼関係を毀損するといった話も明らかにおかしいです。私たちは『働く場を良くしたい』という思いでやっています。労働組合としては、例えば『LGBTについてよくわからないから教えてほしい』と言われたら喜んで研修など提供します。前向きな話し合いをしたいんです」
Aさんは「東映アニメーションは、私にとって憧れでした」と語る。
「東映が輩出した素晴らしい演出家の皆さんに指導を受けていたこともあり、ずっと東映に良い印象を持っていました。でも、いざ入ってみると社内は抑圧的な雰囲気で、ここまで状況が悪化してしまったことにガッカリしています」
「東映アニメーションのロゴには『長靴をはいた猫』の主人公ペロが使われています。ペロは、仲間を無視して自分より立場の低いネズミを助けたことで仲間たちから追われてしまうというストーリーです。
今私に起きているのはこれとまったく逆で、みんなが社内政治や長いものに巻かれ、弱い立場の人は追いやられるしかない現状です。これは、会社側がBさんの名前を”偽名”と述べるなど、性的マイノリティに関する差別的な態度にもつながっていると思います」
Aさんは今でも東映アニメーションで働いているが、自分をサポートしてくれる仲間はいない状況だ。
「会社の外で『頑張ってください』と声をかけてくれた人はいました。でも、もし社内で私に助力するとその人も会社に目を付けられてしまいますし、なかなか行動に起こすというのは難しいですよね」
Aさんが求めていることは「元の仕事に戻ること」だ。しかし、Aさんはさらに「会社の人たちにちゃんと考えてほしい」と話す。
「こうした差別や不合理なことで誰かが虐げられることのないような会社になってほしいと思います」