Yahoo!ニュース

パッキャオと拳を交えるシーンも。ボクサー役に全身全霊で挑み、念願の監督に全力投球へ

水上賢治映画ライター
「DitO」で監督・主演を務めた結城貴史  筆者撮影

 2001年のNHK連続テレビ小説「ちゅらさん」でデビューを果たし俳優としてキャリアを重ねる一方で、2011年に映像制作会社「 KURUWA.LLC(曲輪合同会社)」を設立、近年はプロデューサーとして手腕を振るう結城貴史。

 日本とフィリピンの合作映画「DitO」は、彼の主演映画にして初監督作品だ。

 結城が演じるのはピークはもう超えた40歳のプロボクサー、神山英次。

 作品は、異国の地・フィリピンで再起を狙う英次の最後の闘いと、一度は途切れていた娘との絆が描かれる。

 その中で、結城は役者としてはボクサーが試合に臨むまでをなぞるように体重を最後は絞りに絞ってまさに英次を体現。

 役に全身全霊で挑む一方で、監督としてこれまで培ってきた経験とその人柄でスタッフとキャストともに日本人とフィリピン人が入り混じり、3か国語が飛び交う現場をまとめ上げた。

 結城貴史という映画人のこれまでのキャリアのすべてを結実されたといってもいい一作「DitO」。

 フィリピンのタガログ語で「ここ=here」を意味するタイトルがつけられた本作について結城監督に訊く。全八回/第一回

「DitO」で監督・主演を務めた結城貴史  筆者撮影
「DitO」で監督・主演を務めた結城貴史  筆者撮影

監督業が生半可な形でできるものではないことは承知していました。

でも、どこかでチャレンジしたい気持ちはありました

 まず役者として作品に出演する一方で、近年はプロデューサーとしても活躍してきた。

 その中で、監督業への進出はどこか頭にあったのだろうか?

「そうですね。これまでいろいろな監督の作品に出演させていただいてきたので、監督業が生半可な形でできるものではないことは承知していました。

 だから、おいそれと手は出せないなと思っていました。自分は器用に立ち回れるタイプでもありませんし。

 ただ、2011年に『 KURUWA.LLC(曲輪合同会社)』という映像制作会社を立ち上げて、プロデューサー業もするようになって。

 演じるだけではなく裏方としての仕事のおもしろさも知って、やはりより作品に深くかかわって、自分から発信することへの興味が高まったところがありました。

 で、あくまで漠然とですけど、会社を立ち上げて10年になる2021年ぐらいに自分で映画が撮れたらいいなと。

 会社設立10年の節目で自分がそれまでやってきたことを総括するじゃないですけど。自分のやりたい企画を自分で主演を務めて自分で監督をして描いて燃え尽きたいというか。

 いや、燃え尽きちゃダメか(笑)、もうそこまでの集大成でとりあえずそれまでの自分のすべてを出し切るようなことができたらなと思っていました」

夢は夢で終わらせちゃいけない

 それからこういう思いもあったという。

「あと、僕はいつも仲間に先を越されていくんですけど……。

 それこそわりと近くの親しくしていた俳優が、役者として大きく飛躍して、気づいたら今度は自分で映画監督もし始めていた。

 僕がどこか夢にして、いつかできたらと考えていたことを全部先にやられてしまった(苦笑)。

 そこで自分としても奮い立たされるところがあって、刺激を受けて、夢は夢で終わらせちゃいけないんだと思ったんですね。

 次は自分がという気持ちになって、より監督に挑む気持ちが高まったところがありました」

「DitO」より
「DitO」より

自分のすべてを注ぎ込んだことは間違いない

 で聞くと、今回の企画は当初、2020年に始動していたという。

「実のところ、今回のプロジェクトは当初、2020年の1月にフィリピンでクランクインをして年内に完成させて、翌年の2021年に公開できればと考えて動き始めていました。

 ところがもうご存じのように、世界中がコロナ禍に突入してしまって……。

 とくにフィリピンは世界最長のロックダウンになってしまって、どうにもならなくなって一度すべてがストップしてしまったんですね。

 そこから再び動き出して、どうにか完成して、いまようやく公開を迎えることができたというのが実情で……。

 だから、当初の予定から3年の月日が過ぎて、会社設立10年の節目でも無くなってしまいました(笑)。

 まあ、ただ自分のすべてを注ぎ込んだことは間違いないですし、まずはこうして作品が完成して公開を迎えられていま監督としてもプロデューサーとしてもほっとしています」

当初は別の刑務所企画を進めていた

 企画のアイデアはどこから生まれたものなのだろう。

「きっかけは、2017年に今回の映画の舞台となるパラニャーケ市にしばらくの間、滞在したことでした。

 実は、まったく別の企画で、フィリピンの刑務所を舞台にしためちゃくちゃおもしろい小説があって。仲間とその原作の映像化の権利を手にいれたんです。

 で、この小説を映画化しようと思って、まずリサーチでフィリピンの刑務所がどんなものなのかを取材しようと思った。

 といっても刑務所につてなんてない。それで僕がボクシングをやっていてトレーニングをしたいから、とりあえずボクシングジムを紹介してもらったんです。フィリピンのモンティンルパというところに刑務所があるので、そこにちかいところで。

 それが今回の舞台になったパラニャーケ市のエロルデジム(※1960 年代に活躍したボクサー、ガブリエル“フラッシュ”エロルデゆかりの名門ジム)だったんです。

 で、このジムに寝泊まりさせていただきながら、現地の人に案内してもらって刑務所を取材し始めたんです。

 そうしたら、『俺がボディーガードとしてついていく』とか言って若いボクサーが取材についてくるようになって。

 その往復の時間で、まだ15、6歳ぐらいの彼らといろいろと話すようになった。

 すると言われるんですよ。『なんで、日本でサラリーマンやれば不自由ない生活を送れるのに、こんな実現するかわからないようなことをしているんだ』とか、『僕らは選択肢がない、ボクサーとして成功するしか道がないんだ』といったことを。

 そういう話をしているうちに、心がどんどん彼らに傾いていきました。

 刑務所を取材していたら、ちょっとヤバそうな人からなんとなく出資を打診されたりしたんですけど(苦笑)、だんだんと『俺がやりたいのはこっちじゃない』と思い始めて……。

 で、若いボクサーたちと話して、一緒に練習をしてと時間を共有していくうちに、40歳をすぎた自分と、まだ10代の彼らが同じ土俵に立つような物語ができないものかと思い始めた。

 それで、刑務所の企画を一緒に考えていたメンバーに、『この企画はいったん辞めよう』と打ち明けて、このジムの若きボクサーたちと一緒になにかを作りたいと、切り出しました。

 ちょっとみんな呆れ気味でしたけど、『まあ、結城がやりたいなら好きにしたらいいんじゃない』と同意してくれて、そこから一気に今回の企画が動き出すことになりました」(※第二回に続く)

「DitO(ディト)」より
「DitO(ディト)」より

「DitO(ディト)」

監督:結城貴史

出演:結城貴史、田辺桃子、尾野真千子、モン・コンフィアード、

ブボイ・ビラール、ルー・ヴェローソ、レスリー・リナ  

マニー・パッキャオ(特別出演)

公式サイト https://www.ditofilm.com/

筆者撮影の写真以外はすべて(C)DitO製作委員会/Photo by Jumpei Tainaka

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

水上賢治の最近の記事