憲法改正の国民投票に「悪い見本」を示した大阪都構想の住民投票
憲法改正の国民投票について定めた国民投票法の改正案が6月11日、参院本会議で可決、成立した。2016年に公職選挙法が、商業施設などに共通投票所を設置したり、洋上投票を拡大するなどの改正が行われ、国民投票法もそれに合わせるため提案された改正案だったが、最も議論になったのは、有権者に賛否を呼び掛ける国民投票運動におけるCM規制など広告の問題だった。
広告放送(CM)について国民投票法は投票日の15日前までと定めているが、資金力のある政党や団体がたくさん広告を出せるのは自明である。さらに、憲法改正に賛成、反対の勧誘ではなく「意見表明」のCMは規制対象ではない。例えば、スポーツ選手や芸能人などの著名人が「私は賛成です」と意見を言うCMは投票当日まで放送できる。
投票運動にCMやチラシの量的規制なしに実施された大規模な住民投票が、2015年5月17日と2020年11月1日の2度にわたって行われた大阪市民対象の「大阪都構想」の住民投票だ。大阪都構想とは、政令指定都市の大阪市を廃止して特別区に分割する自治体再編で、有権者約211万~221万人と規模が大きく、結果に法的拘束力があり市民の関心も高かった。
大阪都構想を進める地域政党「大阪維新の会」は、国政政党「日本維新の会」の政党交付金を住民投票運動に投下し、それができない反対派の自民党や共産党などとは大きな資金力の差があった。料金のかからないインターネットツールを駆使して反対運動をした一般市民らは、維新のテレビCMや新聞広告などのボリュームに「竹やりでB29と戦う思いだった」と話す。投票結果は2度とも「反対多数」。とは言え、賛成票との差は1万~1万7000票しかなく、状況次第でどちらに転んでもおかしくない僅差だった。
大阪第2区(大阪市生野区、阿倍野区、東住吉区、平野区)を地盤とする立憲民主党の尾辻かな子・衆院議員は、1度目の大阪都構想の住民投票を率いた橋下徹・元大阪市長について「橋下元市長は住民投票を憲法改正の予行演習と位置付けていた」とし、「大阪市民を対象とした住民投票は有権者の規模が大きく、事前運動、告示後の投票運動のやり方など、おそらく政権にとっても参考になるものだったはずだ」と話す。
今回の国民投票法の改正で立憲民主党は、CMとインターネットの有料広告の制限や、投票運動の資金規制を付則として盛り込むよう求め、自民党が受け入れた。立憲民主党には大阪市の住民投票運動で資金力が課題になったことが、常に念頭にあったという。
広告規制だけで投票の公正、公平は保たれるのか
尾辻・衆院議員は「大阪都構想の住民投票は、大阪維新の会と行政によって、賛成多数にするため捻じ曲げられた環境の中で行われた」と指摘する。2度の住民投票時、いずれも大阪市長は大阪都構想を推進する「大阪維新の会」代表であり、大阪市の広報姿勢は首長の意向を反映するものとなった。「大阪市廃止・分割という自治体再編の欠陥や問題点は隠ぺいされ、市民にとって必要な情報は出されなかった。あんな状況で、よく反対多数にできたものだと思う」と振り返る。
大阪都構想のために成立した「大都市地域における特別区設置に関する法律」(大都市法)は、第7条2項で「関係市町村の長は投票に際し、選挙人の理解を促進するよう、特別区設置協定書の内容について分かりやすい説明をしなければならない」と定めている。特別区設置協定書とは、大阪市を廃止して幾つの特別区に分割するのか、特別区は政令指定都市より権限と税源が大幅に縮小することから大阪府とどのような事務分担をするのか、など、大阪都構想の「制度設計」を記載したものだ。住民投票はこの特別区設置協定書への賛否を問うた。
この第7条2項に基づき、大阪市は住民向けに、24行政区の広報紙で「大都市制度改革」について記載したり、動画やパンフレットを作成した。しかし、これらの広報は大阪都構想を賛美する内容となっており、大阪市廃止・分割に反対する政党関係者や市民から非難ごうごうだった。2度目の住民投票に際しては、大阪市の広報活動に関して助言する特別参与の大学教授が「広報というより広告」「メリット一色の印象を受ける」と再三にわたって苦言を呈したにもかかわらず、大阪市は小手先の修正しかしなかった。
大阪市の「公金を使った不公正な情報提供」を巡っては、2度目の住民投票時に製作されたパンフレットについて住民訴訟になり、現在、大阪地裁で係争中だ。
住民監査請求から住民訴訟に
住民訴訟になっているパンフレットは「特別区設置協定書について」と題し、2020年9月の発行、A4、44ページ。大阪市内約170万戸に全戸配布された。
2020年10月、「パンフレットは大阪市を廃止して特別区を設置するリスクを隠ぺいし、意図的に住民投票を賛成に誘導している」などとして、住民監査請求が行われた。松井一郎・大阪市長と大阪都構想の制度設計をした府市共同部署、副首都推進局の手向健二局長(当時)に対し、パンフレットの製作と全戸配布にかかった費用の計1億1304万円を大阪市に返還するよう求めた。
4人の監査委員の意見は、棄却すべきか勧告すべきかで割れてまとまらず、同年12月に「合議不調」で監査が終了。請求人らは今年1月、大阪地裁に住民訴訟を提訴した。
原告弁護団事務局長の山口博史弁護士(大阪弁護士会)は、「大阪市を廃止・分割する大阪都構想には賛否両論があるにもかかわらず、大阪市が配布主体であるパンフレットは、もっぱらメリットを伝える内容だった」と話す。
特別区設置の大前提である「大阪市廃止」は、表紙の記載に一度だけ登場するが、本文にはいっさい記載がない。大阪市廃止・分割のデメリットとしては、システム改修や庁舎整備でイニシャルコストに241億円かかり、ランニングコストが年30億円増加するとの記載にとどまる。さらにパンフレット末尾の参考資料で、学校法人嘉悦学園による試算として「10年間で累計1.1兆円の財政効率化効果が発現する」と記載。前述のコスト増と相反する試算を載せ、デメリットを打ち消す仕立てにしている。
原告らは「統合型リゾートやリニア中央新幹線など正式に事業決定していない事業についても書かれている」と、住民投票で賛否を問う「特別区設置協定書」の説明を逸脱していることも主張している。
大都市法に広報の客観性、中立性、公平性の規定がない
住民訴訟で被告の大阪市は、「大都市法の第7条2項は分かりやすい説明を求めるのみで、説明の方法や内容について制限していない。どのような説明をするかは、大阪市長が裁量的に判断できる」などと反論をしている。
原告側代理人の山口弁護士は「憲法改正の国民投票で広報の客観性、中立性、公平性が求められるのは、直接民主的手法であるから。同じ直接民主制の住民投票であるにもかかわらず、大都市法が広報についてこうした定めがないのは大きな欠陥だ」とし、「行政の活動で中立性が損なわれるのは、市民への説明責任を放棄していることを意味する。住民投票における大阪市の広報姿勢は、政治家である大阪市長の意向に従っており、『全体の奉仕者』とは言えない」と指摘する。
憲法改正においては、国会が改正案を国民に広報するのは、衆参両院の議員20人でつくる「国民投票広報協議会」だ。国民投票法で同協議会の広報は、客観的かつ中立的で、賛成意見も反対意見も平等に扱うよう定められている。しかし、山口弁護士は「国民投票法は政府の広報活動について明記しておらず、政府が公金で一方的な意見を発信しないとは言い切れない」と言う。大阪都構想住民投票のパンフレット訴訟では、「将来的に、憲法改正の国民投票が実施される場合も見据え、中立・公平であるはずの自治体が、政治家の意向を汲んで偏った広報を行う危険性を訴えていく」と話している。