#台湾総統選挙 「フェイクニュース集団」との攻防最前線 公民連携「Cofacts」が明かす驚く手口
1月13日午後4時、台湾では総統選挙や立法委員選挙の開票が始まった。
「一つの中国」を掲げ台湾への圧力を強める習近平国家主席率いる、中国共産党政府との距離を大きな争点に、民進党、国民党、民衆党それぞれの候補が選挙戦を戦ってきた。
現地で有権者を取材すると「戦争をしたくない」という声を多く聞いた。その上で、中国との対峙しながら交渉の機会を探るのか、それとも中国との融和的なアプローチで両地域の安定を目指すのか、それとも台湾の独立を意識し中国と向き合うのか意見は様々だった。
現地開票速報では、午後5時時点で与党民進党の頼清徳(らい・せいとく)氏が40%近い得票率でやや優勢。最大野党国民党の侯友宜(こう・ゆうぎ)氏が34%あまり、民衆党の柯文哲(か・ぶんてつ)氏が共に27%あまりで、頼氏を追っている。
台湾では、「フェイクニュース」などで民衆の投票行動に影響を与えようとする偽情報との攻防が続いてきた。いわゆる「認知戦」と呼ばれ、陸海空、サイバー、宇宙に次ぐ「第6の戦場」として人々の意識に働きかける戦争だ。
普段は日本で働き、投票のために台湾に戻り投票に向かった、ス・ズシェエンさん(29)は、これまでも度々、現政府に対する不安を掻き立てるようなフェイクニュースをSNS上で見かけ「気を抜いていると信じてしまいそうになった」と経験を語った。
家族でつくったLINEのアカウントでは、両親からも「偽情報に惑わされないようにしましょう」とメッセージが送られてきたという。
国の政治に偽情報を使って介入しようとする「認知戦」。どのように防衛すれば良いのか。台湾には、シビックハッカーと呼ばれる市民らが集まって「フェイクニュース」を速やかに見破り、警鐘を鳴らすファクトチェック機関「Cofacts」がある。
LINEなども活用し、市民から寄せられる「怪しい情報」をすぐにデータ解析し、フェイクと見破った情報を広く公開して警鐘を鳴らす。
メンバーの中には、かつて、台湾の民主運動「ひまわり運動」に参加した経験のある世代の若者たちも参加している。
今回、これまであまり公には語られてこなかった「Cofacts」の活動を取材、一般には見破るのが難しい、フェイクニュース集団による驚くべき手口も明らかになった。
映像のルポもあるのでぜひ見ていただきたい。
取材に応じてくれたのは、Cofactsの創設者である、エンジニアのジョンソンさんと、大学時代からの同級生で対外発信やリテラシー向上のワークショップも手がけるビリオンさん。
インタビューをきっかけに、手元のスマートフォンで見せてくれたのは現在の総統、蔡英文氏に関するフェイクニュース。
実際のニュース映像をベースに「蔡英文氏はアメリカ政府に貢献するために、女性の軍人を増やすと発表した」と嘘を、台湾訛りの男性コメンテーターが解説している行動画だった。
ビリオンさんは、「選挙前には政治関連の情報が40%増加し半分近くに達します。実際にお金には限りがあるので、宣伝の効率化を図るなら選挙直前にばら撒かなくてはならないということ。悪意のある第三者にとってこれは最も効果的です」と、Cofactsでの分析結果を紹介した。
また、そうしたアカウントは平時においては子どもや若者が思わず見てみたくなるようなエンタメ情報や、ふと手に止めてしまうようなポルノ画像などを散りばめ発信しており、多くの人に偽情報を浸透させる工夫が施されていることにも警鐘を鳴らしていた。
一方、ジョンソンさんが説明してくれた手口はさらに巧妙なものだった。
「これをみてください」と言って、見せてくれた動画は男性が自撮りで「詐欺集団の手口を明らかにします」というタイトルで、自らが被害を受けた振り込め詐欺の手口を訴えるものだった。Cofactsが調査をすると、同じアングル、同じような内容の動画が選挙前に大量にばら撒かれていることがわかった。
Cofactsの調査で、詐欺集団は存在しておらず、代わりにでっちあげの情報動画を製作し、発信する「フェイクニュース集団」の存在が明らかになった。
ジョンソンさんに、こうした動画が政治的にどのような影響を与えるのかを聞くと「今の政権に任せていたら台湾の治安が悪くなると有権者に無意識に思わせる目的がある」と指摘した。
まさか、防犯を呼びかける動画が、有権者の行動に影響を与えようとしているというのはなかなか見破りづらい。ビリオンさんは「フェイクニュースは内容よりも、タイミング、リズムを見ている」とCofactsの活動をあらためて補足した。
今、Cofactsでは、地域のお年寄りたちへのメディアリテラシー講座や、世界に向けて台湾が仕掛けられている認知戦の実態を知らせる発信に力を入れている。
「お二人は、防衛の最前線ですね」と問いかけると、最後にビリオンさんは世界へのメッセージとしてこう語り締め括った。
「最前線に立っているのは、私たち2人だけではありません。私たちは、いわゆる独立系ジャーナリストのように、名乗りを上げてくれる人たちの力が必要だと信じています。 真の民主主義の力とは「誰も部外者ではない」ということです。投票したから私の仕事は終わり、などということはありえないのです」
今年は、インド、アメリカ、ロシア、欧州など、世界50ヵ国・地域で約20億人の有権者が投票に参加する選挙イヤーでもある。日本もいつ総選挙があってもおかしくない。
「認知戦」の時代に、私たち有権者がどのように普段から情報と向き合うのかが問われている。