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“人種差別を美化する”映画「風と共に去りぬ」、配信から消える

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ジョン・リドリーが「L.A. Times」に寄せた意見コラム(筆者撮影)

 映画の評価は、時代によって変わるもの。永遠に名作と讃えられる作品がある一方で、価値観の変化に耐えられなくなる作品もある。

 少し前まで、「風と共に去りぬ」は前者だった。オスカーを功労賞を含む10部門で受賞、インフレ調整をすると今もなお史上最高の興行成績を誇るこの1939年の映画は、ハリウッドが誇る最大のヒット作だ。先月末、堂々のデビューを果たしたストリーミングサービスHBO Maxも、この作品を目玉のひとつとしてトップ画面に上げている。

 しかし、その直後、ミネアポリスで起きた白人警察による黒人男性ジョージ・フロイド氏の殺人事件をきっかけに、全米規模で人種差別撲滅デモが勃発。ハリウッドの大手スタジオも、この運動に寄付をする、積極的なマイノリティの起用を約束するなど、支持を表明しはじめた。反人種差別を伝えるワーナー・ブラザースの映画「黒い司法 0%からの奇跡」も、今月末まで、アメリカでは誰でも無料でストリーミング観賞できるようになっている。

 その一方で、同じワーナー系列であるHBO Maxは、南北戦争時代のアトランタを舞台にした「風と共に去りぬ」の配信を続けていた。そんな彼らに強烈な顔面パンチを与えたのが、ジョン・リドリーが「L.A. TIMES」に寄せた意見記事だ。

 リドリーは、奴隷制度をテーマにした実話映画「それでも夜は明ける」でオスカーを受賞した黒人脚本家。ほかに、L.A.暴動が起こるまでの10年を見つめるドキュメンタリー「Let It Fall: Los Angeles 1982-1992 」を監督している。

「風と共に去りぬ」は1939年にアメリカ公開。日本では戦後の1952年に公開された(TCM)
「風と共に去りぬ」は1939年にアメリカ公開。日本では戦後の1952年に公開された(TCM)

 現地時間10日の紙面に掲載され、その前夜にオンライン版にアップされた彼のコラムは、さすがベテランライターとあって、ウィットと鋭さ、説得力がたっぷりだ。コラムは「HBO Maxの立ち上げ、おめでとうございます。私自身もHBOの会員で、あなたたちの幅広いラインナップには大きく期待しています。これからも時間が経つうちにどんどん向上していくことと思います」と、明るいタッチでスタート。だが、そこからすぐ、「ですが、ひとつだけ、今すぐにお願いしたいことがあります。『風と共に去りぬ』を映画のラインナップからはずしていただけませんでしょうか」と、本題に入る。

 自身もフィルムメーカーであるだけに、映画というものは、作られた時代の文化を反映するものであり、たとえ最善の意図をもって作られたとしても、落ち度が出てしまうことはあると、彼は認める。しかし、「風と共に去りぬ」においては、落ち度というレベルではないと主張。彼によると、この映画は「南北戦争前の南部を美化し、奴隷制度の残酷さを無視するもので、黒人を最もひどいステレオタイプとして描くもの」。また、「当時のハリウッドで最高の人たちを使い、事実とは異なる歴史に思いを寄せようとする」ものである。その結果、「プランテーションのイメージにしがみつくのは伝統を愛することであり、ヘイトとは違うという間違ったメッセージをこの映画は送るのだ」と、リドリーは述べる。

ラインナップに戻ってくる時は、時代背景の解説付きで

 しかも、HBO Maxは映画が始まる前に「お断り」のメッセージを出すこともしていないと、彼は指摘。「この映画で語られることは必ずしも私たちが信じることではありません」という注意書きを見かけることはたまにあるが、それすらやっていないというのである。

 リドリーは、「このクラシック映画をラインナップから削除するのは簡単ではないとわかっています」と理解も示す。だが、「あなたのお子さんから、世の中を良くするためにあなた自身が何をしたのかと聞かれるよりは楽でしょう」と続ける。また、彼は、この映画を永遠に葬れとは要求していない。しばらく時間を置いた後に、奴隷制度や当時の南部が実際にはどうだったのかを語る作品と並べたり、解説を付けたりという形で復活させるのはどうかと提案しているのだ。同じことを、リドリーは、HBO Maxだけでなく、すべてのコンテンツ管理者にお願いしている。

 これを受けて、HBO Maxは、ただちに「風と共に去りぬ」をラインナップから一時的に削除した。同社の広報は、「この映画の描写は、わが社の価値観と異なります。ですので、作品が再び(ラインナップに)戻ってくる時には、歴史的背景の説明と、これらの描写への批判を加えます。しかし、映画自体に手を入れることはしません。こういった差別がなかったということにしてはいけないからです」と、声明を発表している。

 おそらく、今ごろ、ハリウッドでは、多くの会社で多くの人が同じような対応に追われていることだろう。今後は、昔の映画を久しぶりに見たら、この手の「注意書き」が足されていたという体験が繰り返されそうである。

 しかし、それは必要なことだ。これだけの人が世の中を変えようとしている今は、なおさらである。映画は、世界中の、あらゆる人々に影響を与えるパワフルなもの。たとえ昔に作られたものでも、所有する人たちは、責任をもって管理していかなければならないのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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