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京都大学が取り組む木造人工衛星 スペースX衛星がはらむ大気汚染リスクへの解となるか

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
画像提供:京都大学

京都大学と住友林業が共同で開発する「木造人工衛星」プロジェクトの宇宙での材料試験が始まる。9月にJAXAへ引き渡された木材は、12月ごろ国際宇宙ステーション(ISS)へ運ばれ、6カ月にわたって宇宙環境で放射線などによる劣化を調査する試験を予定している。2023年には、衛星のボディを木材で製作した「LignoSat(リグノサット)」が打ち上げられる計画だ。木造衛星は、巨大な衛星群が地球を周回するメガコンステレーションによる大気汚染のリスクから、地球環境を守る手段になるかもしれない。

木材の宇宙環境試験が行われるISS「きぼう」日本実験棟 船外実験プラットフォーム Credit: JAXA/NASA
木材の宇宙環境試験が行われるISS「きぼう」日本実験棟 船外実験プラットフォーム Credit: JAXA/NASA

イーロン・マスクらが進める巨大衛星網に衛星運用終了後の環境リスクが浮上

京都大学と住友林業は、2020年4月に「宇宙木材プロジェクト(LignoStella Project)」をスタートした。木を意味する「Ligno(リグノ)」と星を意味する「Stella(ステラ)」を合わせたプロジェクト名で、人工衛星の本体部分を木材で製作する技術を開発する。

人工衛星は一般的にコンピューターのようなもので、「衛星バス」と呼ばれる構体の中にオンボードコンピュータや電源など衛星を管理する機器を組み込み、外側に太陽電池パネルや通信アンテナ、カメラなどのミッション機器が取り付けられる。リグノサットが目指すのはこの構体を木製にするというもので、いわば「木の箱」を衛星にするようなものだ。

衛星の構体の材料には、これまでアルミニウムやグラファイト繊維、樹脂製の耐熱シートなどが多く使われている。壊れたら修理するということができない宇宙環境で、激しい温度変化や放射線、打ち上げ時の過酷な振動に耐えて計画通りのミッションが実施できなくてはならない。さまざまな環境試験や宇宙実証の上に生き残ってきた材料が使われていて、材料の根本的な変革は容易ではない。

だが、近年になってイーロン・マスク氏が率いるスペースXが進める1万機以上の通信衛星網「スターリンク」計画に代表される大量の人工衛星「メガコンステレーション」の急拡大によって、衛星をはじめとする宇宙機の材料に新たな懸念が持ち上がってきた。ミッションを終えた衛星が大気圏に再突入した後で、大気汚染を引き起こす可能性があるのだ。

高度数百キロメートルの低軌道を周回する衛星は、数年から10数年のミッション期間を終えると軌道を離れ、大気圏に再突入して「燃え尽きる」。言葉通り燃え尽きればよいが、実際には燃えた後の微粒子が大気中に残る。地上に落下の危険があるような大きな構造材はなくなっても、実際には衛星の影響は地球の大気から消えていない。

「制御されないジオエンジニアリング」が進む懸念も

中でも懸念されているのが、衛星に多く使われているアルミニウムが燃えた後の酸化アルミニウム(アルミナ)の粒子だ。2021年5月にオンライン科学誌『サイエンティフィック・リポーツ』に掲載された論文では、スペースXのスターリンク衛星を例に大気中へのアルミナの放出を試算している。スターリンク衛星は1機あたり推進剤を含まない重量が約260キログラムで、1万2000機の衛星は5年ごとに更新される計画だ。合計で3100トンのアルミニウムを中心とした物質が再突入に伴って燃え、微粒子が放出されることになる。

地球表面の太陽光の反射率を「アルベド」といい、大気圏にアルミナの粒子を放出することでこのアルベドが変わってしまう可能性がある。ジオエンジニアリングとも呼ばれる、地球の環境を工学的に操作して太陽光の反射率を上げて温暖化を防ぐという理論上の手法を、意図せず、制御せずにメガコンステレーション衛星が実現してしまう可能性がある。ジオエンジニアリング的手法を温暖化対策の手段のひとつとして期待する意見もあるが、熱帯地方の降雨パターンを変えてしまい、農業に大きなダメージを与えて飢餓を促進するというリスクが指摘されている。

高層大気中でのアルミナの粒子がオゾン層にダメージを与える可能性もあるというものの、いずれにせよメガコンステレーション衛星の環境への影響はまだわかっていないことが非常に多い。とはいえスペースXや、同様の通信衛星網を計画するOne Webなどはハイペースで衛星の打ち上げを続けている。2019年の打ち上げ開始からスペースXはすでに1000機以上の衛星を打ち上げ、1957年の世界最初の人工衛星「スプートニク1号」以来、世界最多の衛星を有する事業者となっている。衛星の数が年間で十数機から多くて数十機程度だった時代であればアルミナ粒子放出の影響は比較的小さいが、メガコンステレーション時代になってリスクの桁が変わったともいえる。

巨大衛星網の環境影響に対策を行うとしても、打ち上げの差し止めなどの手段は簡単ではない。そもそも環境への影響がまだ十分に評価されているとはいえない中で打ち上げ差し止めは根拠に乏しく、多額の資金を投入してきた衛星事業者が応じるとは思えない。一方で影響を評価するには時間がかかり、その間にさらに打ち上げは進むだろう。

国際宇宙ステーション(ISS)での曝露実験を計画している木材試験体 画像提供:京都大学
国際宇宙ステーション(ISS)での曝露実験を計画している木材試験体 画像提供:京都大学

アルミニウムの使用を最小限にした、再突入時に安全な衛星の材料を開発することは、より採用しやすいアプローチだ。京都大学・住友林業の発表によれば「電磁波・磁気波は木材を透過するのでアンテナや姿勢制御装置を衛星内部に設置でき、構造を簡素化できます」といい、木材で衛星の構体を製作するメリットも打ち出せる。衛星事業者が採用できるようにするためには迅速に宇宙環境での実証を進め、衛星の材料としての木材の性能を確立する必要がある。ISSで行われる材料の試験は、宇宙線や太陽放射線、原子状酸素などが木材をどのように劣化させるかを評価し、「木材を宇宙機の材料として使用した場合の運用寿命を見積もることができ」るという。

プロジェクトを率いるのは宇宙飛行士の土井隆雄さん

リグノサットのプロジェクトは、京都大学大学院総合生存学館 特定教授であるJAXA宇宙飛行士の土井隆雄さんが率いている。土井さんは、木造人工衛星には次のような意義があるとしている。

Credit: JAXA/NASA
Credit: JAXA/NASA

木造人工衛星の意義:

京都大学は、住友林業と共同で、宇宙空間における複合的環境が木材へ及ぼす影響を調査するため、1Uサイズの超小型木造人工衛星 (LignoSat:1辺10立方体、重量1.3以内)の開発を行っています。木材の主成分は炭素・水素・酸素からなる天然系高分子であり、大気圏再突入時に有害な金属酸化物の粒子を発生させないため、宇宙・成層圏・海洋の汚染防止に繋がる次世代の宇宙開発資源であると期待されます。また、広い温度範囲において物性が非常に安定しているといった特徴や、電磁波を遮蔽しないといった物理的性質から、木材は、宇宙という極限環境下で運用される人工衛星のシステム構築に関する新たな可能性を切り拓く材料であると考えられます。LignoSatは、人工衛星バスシステムにおける構体系を完全に木造化することを想定した、世界初の衛星開発プロジェクトです。我々の研究チームは、木材を人工衛星の構造体材料として成立させるための様々な技術的課題の解決に日々取り組んでおり、2023年度内の打ち上げ・運用開始を目指しています。

アルミナ粒子による地球環境への影響:

地球低軌道を回る人工衛星はすべて、そのミッションが終わると地球大気圏に再突入するように設計されています。それらの人工衛星は、主にアルミニウムで作られているので、大気との摩擦で酸素と結合し、小さな酸化アルミニウム(アルミナ)の粒子を 大量に発生します。アルミナ粒子は大気中に長期間滞留することによって、地球環境汚染を作り出すことになります(主に太陽光を反射する)。現在の人工衛星の数では、まだ、地球環境に影響を及ぼすことはありませんが、毎年、約1.3倍づつ衛星数が増加した場合は、約40年で地球環境に影響を及ぼすようになります。人工衛星が木造であれば、大気との摩擦で水蒸気と二酸化炭素になるだけで、地球環境汚染は起こりません。木造人工衛星は、地球環境にやさしい人工衛星と言えます。

木材は世界中で入手しやすい材料であるため、衛星の技術として確立するにはできるだけ迅速な宇宙実証、衛星実証が必要だ。フィンランドの企業も同様の木造衛星を計画しており、あまり時間がかかるとグリーンな衛星材料という新たな宇宙技術の分野で遅れをとることになる。来年まで材料の宇宙実証、そして翌年2023年には衛星打ち上げと進む宇宙木材プロジェクトには、大きな期待がかかっている。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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