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号砲鳴った台湾総統選挙、1月13日投開票。野党連合不成立で与党民進党の優位変わらず

野嶋剛ジャーナリスト/作家/大東文化大学教授
野党連立のために会合前に会見する柯文哲氏、郭台銘氏、侯友宜氏ら(写真:ロイター/アフロ)

三つ巴の争いに

来年1月13日に実施される台湾総統選に向けた立候補届出の最終日となる24日、すでに届出を終えた与党民主進歩党を除く各勢力の候補者は慌ただしく立候補届出を行った。これで総統選に向けた顔ぶれは出揃い、正式に選挙戦の号砲が鳴ったことになる。確定した総統選候補の顔ぶれは以下の通りだ。

民主進歩党/総統・頼清徳、副総統・蕭美琴

中国国民党/総統・侯友宜、副総統・趙少康

台湾民衆党/総統・柯文哲、副総統・吳欣盈

 一方、無所属で出馬の準備を進めていたホンハイの創業者、郭台銘(テリー・ゴウ)氏は24日、立候補取りやめを表明した。

 ざっくりいえば、これまでの支持率は民進党が35%、国民党が20%、民衆党が20%、郭台銘氏が10%、残りが態度未決定という割合だった。もちろん世論調査によって多少の違いはある。ただ、今回、民進党はそこまで圧倒的に強くない、野党も伸び切れないが、野党がまとまれば民進党を倒すこともあり得た。

 そこで「下架民進党(民進党を引きずり下ろす)」というスローガンのもとで、野党が統一候補を打ち出せるのかが問われていた。

馬英九氏主導で野党合意

国民党と民衆党、どちらも決して単独では勝てないことがわかっている。だから相手とは組みたい。だが、総統候補は譲りたくないが本音であった。

 世論調査では、民衆党候補の党首で前台北市長の柯文哲氏が、国民党候補の侯友宜・新北市長をリードしていた。そこで民衆党は「世論調査方式で」と主張し、国民党は「党員投票で」と譲らず、意見の調整がつかないなかで時間切れが迫っていたとき、国民党の長老格にあたる馬英九・前総統が党の方針と異なる主張の「世論調査で決めよう」と言い出し、馬氏主導で15日に野党合意が結ばれたのである。

 立会人の馬氏、侯氏、柯氏の3人が交わした合意書によれば、3人の世論調査専門家をそれぞれが推薦し、11月に入ってからの複数の世論調査の内容を専門家同士が検証して、結論を出すことになった。

 ところが、17日に行われた専門家会議では、どう勝ち負けを認定するかをめぐって意見が割れて、日をまたいで議論したものの、結論を出せずに終わった。

世論調査の分析方法で対立

 もめた原因は合意書にあった「世論調査の誤差の範囲を超えて優勢だったらその人物が総統候補に、もし誤差の範囲内だったら侯氏が総統候補に」という判定基準だった。

 合意書には誤差の範囲が何%か書いていなかった。通常は1000人のサンプルだと3%前後に設定される。ならば誤差は6%になるというのが国民党の主張で、いや3%は3%だというのが民衆党の主張。

 災いしたのが、両者の世論調査はたいていが僅差であり、6%なら侯氏が総統候補になるが、3%なら互角で、純粋に数字だけの勝ち負けなら柯氏が総統候補になる、というものだった。

 そのため「合意の際に6%と言った言わない」の言い争いとなり、収拾がつかなくなり、立候補届出は20日から始まっているのに、締め切り前日の23日まで結論を出せないでいた。

 23日に「侯氏、柯氏、郭氏、馬氏、国民党主席の朱立倫氏」の5大巨頭がそろって公開の場で討論会が開かれたのだが、もはやお互いの積もりに積もった不信感はぬぐいようがなく、相手を批判するだけの低レベルの言い争いに終始し、台湾社会の嘲笑を浴びながら連立交渉はご破算となったのである。

総統選は民進党優位、立法委員選は?

 では、総統選はどうなるのかといえば、もちろん選挙期間中に野党候補の誰かが選挙戦を取りやめて誰かを応援すると表明する可能性がないわけではない。しかし、そんなことをしても党内や支持者がついてくるわけはない。1月13日には国会にあたる立法委員の選挙も同時実施される。党をあげて各候補者を応援しなければならないときに、総統出馬をやめるなどというネガティブな行動をとることは許されないだろう。

 今回の連立合意にしても、柯氏自身は副総統になってもいいつもりで合意書にサインしたが、そのあと、党内の幹部や支持者から突き上げられ、国民党に対して妥協を見せないような姿勢に転換せざるを得なかったと目されている。

 野党連合が泡と消えた結果、民進党の頼清徳氏が優位に戦いを進めるはずだ。政治経験の豊富な頼氏は安定感があるが、民進党以外の中間層へのアピールが弱く支持が伸び悩んでいた。対米外交で大活躍した女性政治家で、国民イメージも非常によい前駐米代表の蕭美琴氏を起用できたことは、頼氏の支持率に一定のプラス効果を生むだろう。

 さらに、今回の野党連合のソープオペラ並みの連立交渉失敗の醜態を受けて、民進党への「飽き」や「不満」から民衆党に流れていた支持者が民進党に戻ってくるかどうかがさらなる支持拡大のカギになる。

 民進党は、現在保持している立法院の過半数を死守したいと考えている。立法院で過半数に届かない少数与党になれば、予算などで審議が進まず、政権は片肺飛行になる。現状では、2023年の統一地方選での敗北も響いて地方の選挙区では苦戦しており、過半数は難しいと見られてきた。民進党は、今回の野党側の「失敗」を追い風に、総統・立法院のダブル勝利を目指したい考えだ。

民衆党・柯氏にはダメージか

 打撃を受けたのは、これまでの選挙で予想外の善戦を演じ、念願の総統に手が届くところまであと一歩まできていた柯氏と民衆党でだ。柯氏は、国民党や郭氏との間をたくみに立ち回って利益を得ようとしていたバルカン政治家的な本領を発揮してきたが、最後の最後でその狡さや優柔不断さが露呈してしまった。民衆党は柯氏の個人商店的政党であるだけに、今後も党勢維持ができるかが問われる。

 国民党にとって、今回の連立失敗は痛手となったが、「合意を守って誠実に対応する」という一線を固守したことが好感を持たれ、民衆党ほどのダメージにはならないのではないか。出馬を辞退した郭氏はもともと国民党系の支持者が多かっただけに、郭氏の持っていた10%をできるだけ回収して民衆党・柯氏に差をつけて野党トップの座の奪還を試みながら、民進党・頼氏を追いかける。

 立法委員選挙での選挙協力も国民党・民衆党間で表明されていたが、今回の連立交渉をめぐる亀裂は深く、修復は短期的には容易ではないだろう。

 それにしても11月15日の野党合意から波瀾万丈、ジェットコースターのような一週間だった。その中心にいた柯氏は「台湾は驚きに満ちた何が起きるかわからない島だ」と述べていたが、連立工作が成功したかに見えてから急転直下の不成立によって、奇しくもその言葉が証明されることになった。

ジャーナリスト/作家/大東文化大学教授

ジャーナリスト、作家、大東文化大学社会学部教授。1968年生まれ。朝日新聞入社後、政治部、シンガポール支局長、台北支局長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港や東南アジアの問題を中心に、各メディアで活発な執筆、言論活動を行っている。著書に『ふたつの故宮博物院』『台湾とは何か』『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』『香港とは何か』『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』。最新刊は12月13日発売の『台湾の本音 台湾を”基礎”から理解する』(平凡社新書)』。

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