「お札」はなぜ増えていくのか=100兆円を突破した謎を探る
新聞やテレビでも報じられたため、すでにご存じの方も多いと思われるが、世の中に出回るお札(銀行券)の総額がついに100兆円を突破した。近年、電子マネーが急速に普及しているのに、なぜ銀行券は増え続け、空前の規模に達したのか。一般的に低金利と景気動向の観点で説明されるが、日銀内では「資産を捕捉されたくない動機が強いのではないか」との見方が有力だ。匿名性のある資産として現金が好まれているわけだ。
90年代半ばから銀行券は増加。金融不安で預金引き出しが増えた、と日銀は推測
銀行券の増加は最近に始まった話ではない。実は1990年代半ばあたりから顕著に増え始めた。経済が成長していくと、それに見合って銀行券の需要も増える。両者の関係は長年の間、安定的に推移していた。具体的には、名目GDP(国内総生産)に占める銀行券残高の比率は6%前後だったが、90年代半ばからこの比率が急速に高まった。2000年代に入ると、14%前後に達するほどになった(下図参照、日銀レビュー『銀行券・流動性預金の高止まり』より抜粋)。
いったい何が起きたのか。当時、日銀が疑ったのは、金融システム不安である。バブルが崩壊して数年後、経営難に陥る銀行が目立つようになった。一部の信用組合などで取り付け騒ぎが起きたのもその頃だ。預金の安全性に不安を抱いた人々が預金を下ろし、「たんす預金として抱えた」(幹部)と推測された。その後、金融不安は沈静化し、わが国を苦しめた不良債権問題が克服されたのはご案内の通り。
そうなると、金融不安で世の中に増えた銀行券は預金に還流するはず。しかし、実際にはたんす預金は高止まりを続けた。これを説明する理由として挙げられるのが「低金利」である。預金金利が高いと利息収入を狙ってお金は預金に流れる。だが、デフレ長期化で「預金金利が低く、わざわざ銀行に出向いて預金しようとしない」(幹部)わけだ。長引く低金利がたんす預金を滞留させた。
マイナンバー制度導入決定前後から再び増加基調が顕著に。資産隠しの動機?
そして、この数年、再びたんす預金の増加が顕著になった。日銀は異次元緩和に踏み込んだが、預金金利の低下が進んだわけではない。マイナス金利の導入は今年になってからで、この間、預金金利は辛うじてプラスが維持されている。もちろん金融不安も起きていない。むしろ、電子マネーの普及でお札は減ってもいいぐらいだ。この謎を解く理由として日銀が推測するのがマイナンバー制度である。
マイナンバー導入が決定されたのは2013年。上記サイトのチャートを見ても分かるが、その前後から銀行券残高(お札の総額)が増加している。日銀では「マイナンバー制度の定着によって資産が捕捉される可能性が高まり、それを避けたいために匿名資産としてお札を確保する動きが強まったのではないか」(複数の幹部)と分析している。100兆円突破の背景にはそうした資産隠しの動機が隠されているわけだ。