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「店を家庭の冷蔵庫代わりに」都市農業だからできる、流通の可能性

甲斐かおりライター、地域ジャーナリスト
野菜販売店「しゅんかしゅんか」を営む「エマリコくにたち」の集荷(写真:庄司直人)

東京都内で農業を営む都市農家は、一見消費者が多く恵まれた環境にも思えるが、その数は激減している。地産地消はどこまで実現可能か。国立市界隈で採れた野菜を地元住民や飲食店に食べてもらうことを志す、八百屋兼流通業者の取組みを追った。

その日穫れたものを、その日のうちに

朝7時半。国立市にある野菜販売店「しゅんかしゅんか」から集荷の車が次々と出発する。細い道でも小回りがきくように、車は大きすぎないハイエースか軽バン。週6日とほぼ毎日、立川、国分寺、日野、国立方面へ日に2回以上まわる。

「地域で採れたものを、地域の人たちに食べてもらう」をコンセプトにした野菜の流通企業で、国立、立川、国分寺に4つの小売店をもつ。消費者の多い都市部でも農家の置かれた状況は厳しい。都市農業を支え「その日採れたものをその日のうちに食卓へ届ける」ことを目指して、野菜の販売店「しゅんかしゅんか」(以下、しゅんか)とその運営会社「エマリコくにたち」は2011年に始まった。

ビルや住宅、商業施設の合間に点在する都市農業の畑。(写真:庄司直人、以下すべて)
ビルや住宅、商業施設の合間に点在する都市農業の畑。(写真:庄司直人、以下すべて)

国立市の調査によれば(*)、1990年に210戸あった農家は20年後の2010年には76戸になり、農地面積は半減(4829アール)、農業従事者60歳以上の割合は46パーセントから80パーセントに増えている。消費者は多いため、農家にとって一見恵まれた立地のように思われるが、都内のスーパーには競合ともなる全国の産地から豊富に野菜が届く。

しゅんかを運営する「エマリコくにたち」の代表、菱沼(ひしぬま)勇介さんは、信州や栃木、茨城など農業の盛んな地域の作物に太刀打ちするためには、仕入れと販売の場が近いことを最大限に生かし、”鮮度”で勝負することだと考えた。「その日採れたものをその日のうちに”食卓”まで」という発想はここから生まれたものだ。野菜の少ない時期はやむをえず、東北や信州から仕入れることもあるが、基本は地元の野菜を優先的に扱う。

「株式会社エマリコくにたち」代表の菱沼勇介さん。
「株式会社エマリコくにたち」代表の菱沼勇介さん。

「僕らが考えているのは収穫してからお客さんの口に入るまでの鮮度。店頭に並ぶまでの時間ではないんです。産地直送といっても、いまは大型スーパーで野菜を買いだめして実際に食べるまでに何日も冷蔵庫に入っていることが多いですよね。野菜が新鮮なうちに食べてほしいので、うちを冷蔵庫代わりにしてほしい。その日食べる分を仕事帰りに買っていただけるように、駅など立寄りやすい場所にお店を限定しています」

現在、しゅんかが取り引きしている農家は、全エリア合わせて100軒近く。取扱高は自社の飲食店の売上も含めて1.8億円ほどになる。(2016年時点)

地元で仕入れて地元で販売する。この事業を実現するのに、仕入れの面と販売面、それぞれに独自の工夫がある。

小さな農家へも、直接集荷に

まずは仕入れの話から。農家にとって、しゅんかとの取引には二つの大きなメリットがある。一つは野菜を届けずとも各家まで集荷に来てくれること。そしてもう一つが、買い取りのしくみだ。

立ち上げ当初から野菜の調達を担当してきたしゅんかの副代表・渋谷祐輔さんは、週3〜4回は自ら集荷に出る。どんな風に農家をまわるのか、集荷に同行させてもらった。

向かったのは国立市の谷保エリア。甲州街道沿いに点在する農家を縫うように車で巡る。あらかじめ注文してあった野菜が専用のコンテナに入れて置いてあるのをどんどん車に乗せていく。荷物を取るだけの場合もあるが、農家と一言ふたこと言葉を交わす。「落花生はどうですか?」「今年はこれだけよ」「長雨でしたもんね」。天気の話や、近況など他愛もない話が多いが、そこに仕入れや販売戦略上大切な情報が潜んでいるという。とはいえ、午前中に1台で20軒近くの農家をまわり、午後も同様。そうした車が3台。かかるコストも労力も相当なものだ。

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敢えてそうした労力をかけるのには理由がある。仕入先には年配者がひとりで細々と営んでいるような農家もある。小規模農家は積極的に市場に出したり販路開拓はしないため、しゅんかが唯一の卸先というところも多い。規模は小さいが経験があり、栽培のレベルが高い。質のいいものを仕入れられるのに加えて、直接農家を訪れることで、他の直売所などには出ない品を仕入れることができるという。

「世の直売所のほとんどが農家が持ってくるものを待っている”待ち型”の売場です。すると農家さんは自分のところで余った野菜を直売所へ持っていくんですよ。たとえば小松菜と枝豆をつくっている農家があったとして、直売所には余る小松菜を持っていく。その時期、周りも小松菜だらけです。でもうちは畑を見て枝豆もあることを知っているので、よかったらうちには枝豆を出しませんか?と言えるし、他の売り場には出ない品を出せるんです」(渋谷さん)

農家からの作物は基本買い取り。店もリスクを負い、本気で売る

3町歩作付けしているような専業農家にとっても、集荷に来てくれて全品買い取ってくれる、しゅんかの存在は大きい。

「もうぜんぜん違うよ、取りに来てくれるだけで。ほかにもたくさん配送があるから手がまわらないもの」

そう話す由木勉(ゆぎつとむ)さんは日野市の養鶏農家。野菜や果物も栽培しながら、卵を飲食店や直売所に卸し、毎日市内の学校へも給食用を配送している。従業員が3人いても人手が足りない。

養鶏を営む由木農場の由木勉さん。
養鶏を営む由木農場の由木勉さん。

「直売所やスーパーでは売れなかった分を引き上げるのにもう一度夕方行かないとならない。空調切られちゃうと商品が痛むからさ。その点しゅんかさんは買い取りだから楽だよ。直売所では売れないとどんどん値が下がって最後は100円近くになるけど、しゅんかは買い取りの際に値段決まるし」(由木さん)

そこが大手スーパーとは大きく違うと、佐藤農園の佐藤慎太郎さんも口を揃える。

佐藤農園の佐藤慎太郎さん(左)とエマリコ副代表の渋谷祐輔さん(右)。
佐藤農園の佐藤慎太郎さん(左)とエマリコ副代表の渋谷祐輔さん(右)。

「うちは今ある程度、野菜の品目もあって安定供給できるので、売り場を選べる立場にあります。ところが売る物がなければスーパーも困るから、頼まれて野菜を出すんですけど、売れなかった分はこちらで引き取ることになる。つまりお店側にはまったくリスクがないわけですよ。その点しゅんかはリスクを取って本気で売り切ろうって企業努力や工夫をしています」

さらに他店では売れない珍しい野菜も、しゅんかでなら売れるという。

「きちんと対面販売でスタッフの方が料理の仕方まで説明してくれるので。スーパーではないことですね」

徹底した物流企業として

農家から仕入れた野菜は、国立や西国分寺の駅ナカの店舗に運ばれ店のスタッフに託される。本店は国立駅から歩いて5分ほどの人通りの多い場所。野菜の到着を待ち構えていたスタッフは届いたばかりの野菜を勢いよく並べ始めた。ポップには「くにたち産とうがん」「くにたち産栗かぼちゃ」といった文字が並ぶ。

ポップには産地と生産者名のほか、どんな料理に向いているかなどが細かく記載されている。
ポップには産地と生産者名のほか、どんな料理に向いているかなどが細かく記載されている。

西国分寺では駅の改札の目の前にしゅんかの売り場がある。自宅の冷蔵庫に買いだめするのではなく、その日使う分をその日の会社帰りに買ってほしいという配慮から、どの店舗も駅から近い。

西国分寺は、駅構内の改札すぐ前にマルシェのような形で販売スペースを設けている。
西国分寺は、駅構内の改札すぐ前にマルシェのような形で販売スペースを設けている。

集荷日は必ず明記。届いた日はスーパーよりほんの少し高いくらいの正価で販売するが、翌日には大幅に値下げする。スーパーより「少し高い程度」にもこだわり、高価な食材を扱う自然食品店にはしたくないという。とはいえ、それを実現するにはコストを抑える工夫も必要だ。

「うちは小売店があるので八百屋だと思われがちですが、じつは徹底した物流会社なんですよ。物流効率はすごく重視しています」(菱沼さん)

基本はあらかじめ引いた集荷ルートに沿った仕入れ先と取り引きする。国分寺でいえば、駅より北部を対象とし、五日市街道沿いに集まっている農家が主な取引先。卸し先もその延長線上で検討する。最近多摩地域でも近隣の農家を開拓してサービスを始めた。これから先エリアを広げていくとしてもこのしくみが応用できる地域が対象になる。

飲食店が地元の野菜を使うきっかけに。まちの多様性に農業も

立川や国立などは飲食店が多いエリアのため、しゅんかの野菜を扱う店も多い。だがほとんど配送はしておらず、飲食店でも直接店まで買いに来てくれるという。申告すれば「飲食店割引」があり一般の方より少し安く提供する。直接顔を合わせるため、飲食店と店のスタッフの間で顔なじみも多い。

「お店まで買いに来てもらえるのはいいですね。こちらも野菜のことを説明できるし、実際に見て選んでもらえますから。宅配で注文分だけを届けるとどうしてもそれだけの関係になっちゃうので」(店舗スタッフ)

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しゅんかの向いにあるパン屋「アカリベーカリー」にも「くにたち野菜」のフォカッチャが置いてあり、近くのパスタ屋には地元野菜のメニューが並ぶ。地元の野菜を扱うことは地域密着の飲食店にとっても大きなアピールポイントになるのだ。

しゅんかの向かいにある「アカリベーカリー」のフォカッチャ。地元産の野菜が美味しい。
しゅんかの向かいにある「アカリベーカリー」のフォカッチャ。地元産の野菜が美味しい。

定食が人気のごはん屋「ひよこ豆」の田村日見子さんは、こう話す。

「やっぱりお店で直接見て旬なものを選べるのがいいですよ。うちは仕入れたものでメニューが決まるので、献立にも季節感がすごく出ます。今日穫れた野菜をいいかたちでお客さんに出せていると思います」

 菱沼さんは大学時代から国立に住み、商店街活性化などの活動に参加してきた。一度は不動産会社に就職し国立を離れたものの、野菜の販売事業を行う国立のNPOから手伝わないかと声がかかり、後に独立。

都市部の農業を元気にしたい思いも、まちの多様性という発想から生まれたと話す。

「大型スーパーしかない街より、個性的な店が多い町の方が魅力的ですよね。おもしろい店や、住宅、町工場もあって、そのなかに農地や農家もあるのが豊かな姿なんじゃないかと思って」

まちの多様性を実現する地域発の小売りや流通業を生かす試みは、まだまだこれから広がるに違いない。

(*)出典/「国立市農業・農地を活かしたまちづくり事業」制作『あぐりっぽ新聞』より

ソース:『自然栽培』(東邦出版)

この記事は『自然栽培Vol.9』(2016年12月刊行)の「農を支えるカタチ第4回」として掲載された記事(同著者による)を改修したものです。

ライター、地域ジャーナリスト

地域をフィールドにした活動やルポ記事を執筆。Yahoo!ニュースでは移住や空き家、地域コミュニティ、市民自治など、地域課題やその対応策となる事例を中心に。地域のプロジェクトに携わり、移住促進や情報発信、メディアづくりのサポートなども行う。移住をテーマにする雑誌『TURNS』や『SUUMOジャーナル』など寄稿。執筆に携わった書籍に『日本をソーシャルデザインする』(朝日出版社)、『「地域人口ビジョン」をつくる』(藤山浩著、農文協)、著書に『ほどよい量をつくる』(インプレス)『暮らしをつくる』(技術評論社)。

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