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あなたは知っていますか「移住女性の困難と可能性」(1)移民国家カナダとニューカマーの孤立

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
ケベックシティで移住女性の支援を行う非営利組織で働くマヤさん、筆者撮影

 移民や難民、先住民など、多様な人々により構成される「移民国家」のカナダ。ニューカマーに対する公的な語学教育支援など、移民や難民を受け入れ、定住を促すための移民施策が講じられている。他方、そんなカナダにおいて、新しくこの地に移り住んできた人々がホスト社会と十分に関係を築けず、社会的に孤立するケースがある。中でも、女性の移住者の中には、言葉や文化の違いに加え、家事や育児といった「女性ならではの仕事」に追われ、家の外に出ることが難しく、社会とのつながりや仕事の経験を十分に持つことができない人がいるのだ。

◆「家庭」の外に出られない女性たち

「Centre R.I.R.E. 2000」の事務所、筆者撮影
「Centre R.I.R.E. 2000」の事務所、筆者撮影

 「移民してきた女性の中には、家庭での育児や子育てに追われて、家の外に出ることが難しく、結果的に社会で孤立してしまう人がいるんです。中には、10年、20年とケベックに住んでいても、フランス語ができない人もいます」

 2018年5月、カナダ東部ケベック州ケベックシティに拠点を置く団体「Centre R.I.R.E. 2000」の事務所内で、同団体のスタッフ、マヤ・ベン・カレドさんは先ほどまでのにこやかな表情を崩し、厳しい顔つきでこう説明した。

 

 「Centre R.I.R.E. 2000」は、ケベック州における若年層や成人の社会経済的統合を後押しすることを目的に1996年に設立された非営利組織で、職業訓練や語学プログラムなどを展開している。中でも、移民に対し、事務、エンジニア、介護、縫製などの分野で働くための職業スキル・知識に加え、仕事の探し方、コミュニケーション、語学といった幅広いスキルを学ぶための職業訓練プログラムを提供する。活動資金はケベック州政府などから得た資金だ。

 そんな「Centre R.I.R.E. 2000」は、移住女性を対象に、縫製分野の職業訓練とフランス語の講座を合わせたプログラムを提供している。背景にあるのは、移住女性の中に、家庭の外に出ることができず、仕事をする機会を持てない人がいることだ。

 マヤさんによると、移住女性の中には、長くこの地に住んでいるにもかかわらず、活動範囲が家庭に集中し、社会的な関係を築けない上、当地で話されているフランス語が十分にできない人がいるというのだ。マヤさん自身がチュニジアからの移民だが、職歴がある上、フランス語が堪能で、「Centre R.I.R.E. 2000」のスタッフとして活発に活動している。移住女性といっても一括りにはできず、様々な社会階層や学歴、職歴、家族関係、国籍、出身地、宗教、人種の人がいる。その多様な移住女性の中に、仕事のチャンスを得られず、社会的に孤立してしまう人が一定数いるのだという。

◆社会進出を阻む「女の仕事」

「Centre R.I.R.E. 2000」の事務所、筆者撮影
「Centre R.I.R.E. 2000」の事務所、筆者撮影

 「Centre R.I.R.E. 2000」のプログラムを受講する移住女性は、成人後にカナダへ移民してきたアフリカ、中東、アジア地域の出身者が多いという。

 そうした女性の多くは、出身地のジェンダー規範や習慣、文化をカナダにやってきてからも一定程度維持していることが多いようだ。そして、移住女性たちの中には、移住後も、世帯内の家事や育児は「女の仕事」という出身地のジェンダー規範に従うことが求められる人もいる。移住女性が子育てや介護などのケアや、料理、洗濯、掃除など様々な家事の責任を一手に担うことにより、家庭の外の世界との関係を十分に構築できない場合も出てくるのだ。

 また、女性が家庭の外で就労することが少ない国・地域の出身者の場合、カナダで暮らし始めるまで、就労経験がまったくなかったという人もいる。国・地域によっては、女性が教育を受けられる機会が限定されるケースもある。そんな中で、女性の中には、家庭の外に出て、職場や学校、地域の中で社会的な関係を構築できず、孤立してしまう人が出てくるのだ。

 人間は社会的な存在であり、自身が生まれ育った社会の中で、その社会の文化や規範、習慣、ふるまい方を身に付け、「社会化」されていく。その社会の規範を身に付けることは、そこで生きていくために必要なことだ。

 そして移り住んだホスト社会が、出身社会とは異なる文化や規範、習慣、ふるまい方を有する場だとしても、出身社会の文化や規範を既に身に付けた成人女性たちみなが、自身が内面化した文化や規範をすぐに変えられるというわけではないだろう。あるいは、女性たちの生活の中心が出身地の文化や規範を共有する「家庭」という場であれば、女性たちは家族の他のメンバーによって、出身地の文化や規範を維持することが求められるかもしれない。

プログラムの受講者がつくった縫製品、筆者撮影
プログラムの受講者がつくった縫製品、筆者撮影

 一方、こうした移住女性のジェンダー規範について考えるとき、それをホスト社会の尺度で簡単に評価することはできない。例えば、アフリカ、中東、アジアといった、「第三世界」と名指され、「他者」として扱われてきた国・地域の文化や規範について、一方的な立ち位置から「問題があり改善すべきもの」だとする偏見を含んだ視線を躊躇なく投げかけることは、結果として、様々な背景や生き方をしている移住女性を「男性支配的な規範や文化に縛られた犠牲者」だと決めつけ、女性たちの多様な背景や女性自身の持つ主体性や力、可能性を軽視してしまうことにつながる可能性すらあるだろう。たしかに、男女間の非対称な権力関係により女性が不利な立場に置かれている場合、女性の地位を引き上げる努力は必要だが、その際には、女性の持つ状況を変え得る主体性や力についてより意識することが求められる。

 他方、現実の生活において、移住女性たちが出身地の規範や文化を受けて家にとどまり、家事や育児など「女の仕事」に追われてしまうことで、就労機会や社会関係を構築するチャンスを逃し、ホスト社会の中で孤立してしまうことは、彼女たちを不利な状況に追い込む懸念がある。

 仕事をしたり、家庭の外との関係を構築したりできなかったとしたら、彼女たちは経済的な力を得たり、何かリスクにさらされたときに対処できる力や社会的関係を獲得するための可能性をはく奪されてしまうのだ。

 家庭という空間は、移住女性に、居場所と母や妻としての役割を発揮する機会をもたらす半面、彼女たちの経済的な力や社会関係を得る機会を削ぐ可能性を持つという両義的な帰結をもたらす場だと捉えられる。

◆DV被害に遭っても声を上げられない移住者

自身もチュニジアからの移民のマヤさん、筆者撮影
自身もチュニジアからの移民のマヤさん、筆者撮影

 中には、家庭内という密室の空間で、配偶者から殴られるなどDVの被害にあっているのに、外部に相談することができず、暴力を受け続けている移住女性もいる。

 マヤさんはこう語る。

 「私たちのプログラムの受講者の中には、夫から暴力を受けている人もいました。私が彼女に『それはおかしい』といっても、この女性は暴力について『普通』だと言い、我慢しているのです。だから、私たちはDVの被害者に相談先を紹介したり、相談に付き添ったりもしました。『Centre R.I.R.E. 2000』では単純に、職業訓練やフランス語の授業を提供するだけではなく、こうした女性の問題にも向き合っているのです」

 DVは何も移住女性に限らないことで、カナダ社会においてニューカマー以外でもDVの問題は深刻だ。ただし、移住女性の場合、相談窓口を知らなかったりするほか、言葉の問題により相談を躊躇してしまうこともある。また国・地域によっては、パートナーによる暴力を「夫婦喧嘩」として扱うとともに、殴られた側の女性が声を上げることが難しいケースもある。

 DVはすべての被害者にとって苦しい出来事だが、移住女性たちの中には移住者だからこその問題により、DV被害を誰にも言えず、抱え込み、我慢するほかない状況に追い込まれている人がいる。

 

 だからこそ、マヤさんたちは通常のプログラムを超え、DVの問題でも移住女性を支援するのだという。

「あなたは知っていますか『移住女性の困難と可能性』(2)」に続く。)

研究者、ジャーナリスト

岐阜大学教員。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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