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国産ファブレス半導体スタートアップ、5nmのAIチップを開発

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

日本にもやっとファブレス半導体のベンチャーが登場した。半導体設計には時間もコストもかかる。それでも5nmという最先端の製造技術をTSMCに依頼して、AIコアを作り上げた(図1)。福岡市に本社を持つTRIPLE-1という名のスタートアップ企業だ。

図1 国産ファブレスのスタートアップが設計したAIコアチップ 出典:TRIPLE-1
図1 国産ファブレスのスタートアップが設計したAIコアチップ 出典:TRIPLE-1

TRIPLE-1は2016年11月に創業したスタートアップで、これまでも仮想通貨のマイニングをするためのチップを開発しており、2018年には「KAMIKAZE」という名称のマイニングチップを開発していた。仮想通貨(英語では暗号通貨)では、毎日の取引結果を台帳に書き込むわけだが、先に書き込んだ人が仮想通貨をもらえる。仮想通貨の取引高は暗号化されているため、暗号を解くためには高速の計算機が必要になる。このため専用の半導体チップを使って高速の専用コンピュータを作るという訳だ。

「KAMIKAZE」はTSMCの7nmプロセスで製造した。暗号解読コンピュータは、演算器を超並列に多数並べることで解読するため、チップに集積するトランジスタ数はおのずから増加する。チップは大きくなればなるほど歩留まりが落ちるため、微細化することでできるだけ小さな面積で多数のトランジスタを集積する。このために当時最先端の7nmプロセスを使って集積回路ICを手に入れた。

昔は、半導体を手に入れるためには工場を建てることから始まった。しかし、ファブレスとファウンドリのビジネスモデルが確立した今、工場を持つ必要はなくなった。だからファブレスで顧客が欲しいと思える半導体製品のビジネスは十分に成り立つ。DRAMやNANDフラッシュのように大量生産型のコモディティ製品は、工場を持つ方がコスト的に有利だが、大量生産品を持たない場合はファブレスでなければコスト的に合わない。残念ながら、これまでの日本の半導体メーカーはシステムLSIという少量多品種製品の時代になっても工場を持つことに固執したため、コスト的に合わず(ラインが埋まらず)、割高の製品しか作れなくなっていた。だから国際競争で米国にも欧州にもアジアにも負けたのである。

TRIPLE-1はれっきとした国産のファブレス半導体メーカーだ。社員はまだ30名ほどしかいないが、そのうちの7割が国内の大手にいた半導体設計エンジニアだ。大手の半導体メーカーはリストラを繰り返しているため、優秀なエンジニアを確保することはそれほど難しくはない。当然ながら技術のことは詳しい。会社設立3カ月後の2017年2月にはマイニングチップの設計仕様を検討し始め、わずかその1年後の2018年2月にはテープアウト(設計完了)した。そして2018年5月には初期量産ウェーハ投入にこぎつけ、解読専用コンピュータまでも2018年12月に初期量産できるようになった。ものすごいスピードだ。

2019年9月には、AIコアの評価チップを開発、最近になってようやくその性能を評価できるようになったが、顧客のサンプル評価も同時に進めている。このAIコアもやはりTSMCに製造依頼したが、最先端の5nmで設計・製造した。AIチップは小さなMAC(積和演算)とメモリをセットにしたブロックを大量に超並列に配置している。このため、多数のトランジスタを小さく集積する必要があり、最先端の微細化技術でチップを小さくした。

今回開発したチップは、AIチップといえるほどまだMACの数は多くないが、このAIブロックコアの性能や消費電力を評価し成功の可能性が見えたら、今度はチップ製作へと移る。チップを依頼するのにはコストがかかるが、資金調達は社長の役割だ。社長の山口拓也氏は、資本金36億円を調達し、半導体チップビジネスの夢を描く。「どうせやるなら最先端技術を使いたい」と2番ではなく1番を目指す。微細化に向いたマイニングチップ、さらにAIチップと狙いは王道を行く。TRIPLE-1は、日本の半導体産業に久々に灯った明かりになる可能性を秘めている。

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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