今年もいよいよスーパー耐久選手権が始まる 市販車ベースで最高峰の速さと強さを競い合い
昨年、筆者は次世代燃料に対応したエンジンの開発を目的にスーパー耐久選手権に挑戦する自動車メーカーのチームを見てきた。それはまさに走る実験室と言われる、レースならではの開発の最前線を観察するためだ。
F1やスーパーフォーミュラ、スーパーGTのマシンたちも合成燃料が使われるようになっていくのだろうが、あちらは完全なレーシングエンジン。エンジンの特性も燃料の特性も、市販車のそれとはかなり方向性が異なる。それに比べてスーパー耐久は市販車や、それをベースとしたGT3マシンで争われる、すなわちエンジンは市販車のものだ。
しかし次世代燃料を用いるST-Qというカテゴリーは事実上、改造に制約を受けることはない(メーカーの実験車両なので)。それでも市販車とかけ離れた仕様にモディファイされてしまえば、それは開発という目的から逸脱してしまうから、あくまでもこれからの市販車に役立てるマシン作りのための改造だから理に適っている(スーパー耐久選手権の魅力についてはこちらも参照)。
実際に走行しているマシンを観察していると、色々なことが分かってくる。例えば日産はフェアレディZをCNF(カーボンニュートラル燃料=ガソリンの代わりとなる合成燃料)で走らせているが、同じマシンでも通常のガソリンエンジン仕様とは、排気音にかなりの違いがある。それはやはり燃料の燃え方は同じではない、ということだ。
スバルもシーズン序盤こそBRZとCNFの相性にてこずったようで、加速時にキレイに燃料が燃えていない印象だったが、シーズンが進むとどんどん洗練されて、ガソリン仕様のGR86と互角の走りを見せるようになった。
ホンダは最も後発だったことからシビックも序盤は調子が出ていないように思える走りを見せたこともあったが、こちらもシーズンを通じて開発が進み、速さと安定性に磨きがかけられてきた。
そんな開発の状況はとかくシークレットになりがちだが、なかにはかなりのレベルまで情報を公開してくれるチームもある。
マツダ・スピリットレーシングチームは、その名の通りマツダの社内チームであり、代表は魂動デザインを生み出したデザイナーでもある前田育男エグゼクティブフェローである。
クルマをはじめとしたデザイン分野で活躍してきた前田氏だが、実は学生時代からモータースポーツに挑戦してきた大学自動車部出身という筋金入りのレース好きでもあったのだ。そのため今回のプロジェクトでも白羽の矢が立ったのも、当然であった。
マツダ・スピリットが壮絶な戦いぶりに得たもの
そんなマツダ・スピリットレーシングは、2023年シーズン、3台のマシンを走らせた。バイオ燃料(微細藻類の油脂や食廃油から作った軽油の代替燃料)を使うクリーンディーゼルのMAZDA3、CNFを使うロードスターRF、パーティレースのランキング上位者に経験を積んでもらうためのロードスターSFだ。
このうちロードスターRFはシーズン途中からの参戦とあって、いきなりの速さを見せつける、とはいかなかったが、ワイドボディに武装されたRFの勇姿は、マツダファンを喜ばせるに十分なものだった。
それよりも驚かされたのは、MAZDA3だ。一昨年の最終戦がデビュー戦で、2023年はそこからの改良を施したマシン。より速く、より剛くなるためにパワートレインや駆動系を中心にアップデートがなされたのだ。
エンジンはCX-60に搭載した新世代のSKYACTIV-Dに採用された2段エッグ燃焼室を導入し、ポンピングロスの低減を図り、ピストントップには断熱コーティングを施すことで耐久性を高め、量産車への導入効果を検証することにしたのだった。
もっとも、この情報もシーズンが終わる頃になって、明らかにされたことだ。2023年の最終戦、マツダはラウンドテーブルを開催し、チーム関係者が1年の闘いぶりを我々マスコミに説明してくれた。そこで語られたのは、如何にバイオ燃料に対応し、速さと強さを鍛え上げたかの記録であった。
特に富士24時間レースではハブボルト折損によるホイール脱落まで起こし、なんとかピットに辿り着いたことは知っていたが、トランスミッションもダメージを負っていたらしい。
あのレースの舞台裏では、こんな過酷な試練に見舞われドライバーもメカニックもスタッフも懸命に対応していたのだ。
その後さらにトランスミッションは強化され、ケース剛性や冷却性能なども向上させることで、激しい走りにも音を上げることのない、300ps対応(それもディーゼルの530Nmもの高トルク対応)のFF用MTを完成させたのだった。
そしてモビリティリゾートもてぎで開催された第5戦では、様々なエリアでMAZDA3の力走ぶりを目の当たりにした。
決勝でも長丁場にもかかわらずS字コーナーをリヤタイヤを滑らせるほど攻め込んでいたのはMAZDA3くらいであったし、トランスミッションを労わりながらも速さを追求する姿勢に、見ている我々も熱くなるほどであった。
最終戦の富士スピードウェイではST-Qの参加車両全てが安定したペースで完走を果たした。これがシーズンを通じた熟成ぶりを証明していると言っていいだろう。
今年もマシンの熟成を進め、速さと靭さを高めていくことだろう。自動車メーカーチームの戦いぶりに目が離せそうにない(スーパー耐久選手権の魅力についてはこちらも参照)。