地球をデジタル化する。地球観測衛星「だいち」が生んだ全世界3D地図
写真右:株式会社NTTデータ 社会基盤ソリューション事業本部 ソーシャルイノベーション事業部課長 筒井 健さん
写真左:一般財団法人リモート・センシング技術センター AW3D事業推進室 室長若松 健司さん
JAXAの陸域観測技術衛星「だいち(ALOS)」と、世界最高性能を持つ米マクサー社(旧デジタルグローブ社)の衛星画像を活用し、全世界を再現した3D地図データ「AW3D」。第2回宇宙開発利用大賞(平成27年度)において内閣総理大臣賞を受賞した本サービスは、国内外での広範囲な業績を収めており、発売から6年、全世界で防災などの公共事業から都市計画、自動運転の精細な地図まで1300件を超えるプロジェクトに活用されています。開発初期から関わるリモート・センシング技術センター(RESTEC)の若松健司さん、NTTデータの筒井健さんのお二人に、高精細な3D地図の持つ技術とインパクト、そして将来についてうかがいました。
――「AW3D」とはどのような3D地図でしょうか。地図全体に衛星画像が使われているのですか?
若松:AW3Dは、NTTデータとRESTECの共同実施による、全世界の地形データを衛星画像から再現するプロジェクトです。私たちはこれを「地球そのものをデジタル化」、つまり現実世界の地球をサイバー空間の中にデジタルとして再現するプロジェクトだと思っています。2014年に製品をリリースして、2016年からは地形だけでなく都市部のビルなども再現した3D地図にシフトしてきています。最近売れる製品というのは、どちらかと言うと地形よりも、より細かいものになってきていますね。
画像ではドローンの映像みたいに見えますが、そういう情報は全く使っていなくて地上数百キロメートルのところを周回している衛星からの情報だけで再現した3Dのモデリングデータになっています。たとえば築地旧市場の辺りや浜離宮、東京タワーの周辺などを見ていただけるとわかりますが、非常にリアルな3DモデルをビックデータやAIといった最近の技術も活用して作成しています。
JAXAの衛星「だいち1号」(現在は運用終了)のデータを活用したAW3D地図は5メートル、2.5メートルのメッシュサイズで、全世界を既に作成済みです。また、マクサーの衛星画像を使って、50センチメートルのメッシュサイズの3Dデータも作っています。こちらは基本的には注文ベースで作るのですが、日本全国に関してはすでに50センチメッシュサイズで整備してあるので注文を受けてすぐにお出しできます。そのほか、日本であっても「最新のデータが欲しい」と言わればそれ応じて作ることができますし、「地震の前が見たい」といった要望があれば、古いデータを使って地震前のデータを作るといったこともできます。
AW3Dの特徴は、マルチビューステレオという衛星画像から3D地図を再現する方法にあります。通常の三次元の作り方とは違って、AIを使って自動的に建物の矩形情報を抽出するということもやっていて、この方法だとビル影などがなくて、しっかりとビルが際だってソリッドにみえるようになります。作る過程で非常に大きなデータを使いますので、大量の衛星画像を蓄積してあるクラウド上にAW3Dアルゴリズムを載せて作業しています。
世界130国、1300プロジェクトで使っていただいており、携帯電話の5G、また自動運転にも活用されています。地震後の復興計画や、災害前後でどの程度崩れたか、土砂がどのぐらいで流出したか、などのシミュレーションにも使われています。世界中のお客さまに利用いただき、一部は私たちにフィードバックして貰うことによって、様々な利用方法として紹介させていただいています。
たとえば、精細なデータで都市域のビルが一棟一棟建っているようなものですと、風の流れのシミュレーションができます。また、モバイル通信の5Gでは、第四世代の4Gに比べて、より細かく電波がどこまで届くかのシミュレーションを行い、アンテナを置く場所によって電波の届く範囲に穴がないようにする必要があります。そのため、建物の屋上に例えば貯水層がある、といったものも全部再現し、さらには樹木もしっかりと表現する細かいシミュレーションができるようにしています。
衛星は必ずしも真上から地上を撮るわけではないので、通常の衛星画像だと建物に「倒れ込み」という死角ができます。AW3Dではマルチビューステレオというたくさんの角度から撮って3Dモデル化する技術を使うので、真上から見たような画像が再現できるのです。これはビルがよく再現されて全く倒れ込んでないですし、ビル陰もできるだけ除去しています。この図は東京都心部の衛星画像を加工したもので、本当は道路上に車が写っているのですが、たくさんの画像を組み合わせることによって、車を除去しています。これによって、1つ1つの車線を自動的に抽出できるので、自動運転向けにも役に立つデータが素早く供給できるのです。
私たちは無料の3D地図ではできない、シミュレーションができる、お客さんに使ってもらえる3D地図の制作を目指しています。そのため、政府の言う「ソサエティ5.0」というキーワードに合う、フィジカルとサイバーの間をきっちりと橋渡しするデータとしてさまざまなニーズに答えるため、いろいろなアプリケーションを提供していかなくてはなりません。私達がデータを提供して、パートナーのアプリケーションでさまざまに使い方を広げていくということが、我々が実施しているAW3Dの事業展開になります。
――AW3Dのキーになる「マルチビューステレオ」とはどのような技術でしょうか?
筒井:基になるのは「ステレオ画像解析」という、左目側の画像と右目側の画像から立体視する技術です。2つの目で地上を見て地図を作るには、目からの線が地上のどこに当たるかということを解析します。「焦点をあわせる」ということに近いです。地上から約500キロメートル以上離れた宇宙空間の衛星から撮られた画像を使うと、従来は10メートルくらいの誤差がありました。それをAW3Dでは誤差3メートル程度まで、一気に縮めることができました。そうすると、国土地理院の二万五千分の一という国の基盤地図に匹敵するようになります。国土の基盤地図レベルですね。
さらに1メートル以下まで誤差を縮めたい。このレベルですと、道路や鉄道など都市の設計ができるようになります。しかしながら、2枚の画像では、都市部では見えない箇所があるという技術的な壁に当たります。ビルの裏は見えない課題がありますし、2枚の画像では1~2メートルの誤差が生じてしまいます。たとえば、サンフランシスコやニューヨークといった大都市の高層建物の多いところでは見えない箇所が多いため、更に誤差が大きくなります。そこで数十枚以上の画像を使って「これとこれは見える、これとあれならば見える」という組み合わせを自動的にコンピュータで判定する仕組みをつくりました。それが「マルチビューステレオ」の技術です。
宇宙から「マルチビューステレオ」を実現しようとする場合、「数十枚の画像をどのように用意するか?」という課題があります。実はもとになったJAXAの地球観測衛星「だいち1号」はこの点でとても優れていて、1機の衛星が3つの目を持っていたのです。3つの目があると死角が少なく、側面の画像も撮れる。複数の視点を使うことで、精度を上げられる。さらに、「マルチビューステレオ」では、だいち1号以外のさまざまな異なる衛星画像を使って解析できるようにしました。さまざまな衛星が撮りためたデータを同時に解析して、変化も抽出できる。ビックデータ解析ですね。この技術でサンフランシスコのビル群の精度を検証したのですが、「30センチメートル」という高さ精度の結果を得まして、とても驚きました。地上400キロメートルからの画像で「この精度で計測できるのか!」と。
――衛星写真を使ったAW3Dプロジェクトはどのように生まれたのでしょうか?
筒井: 2013年当時、「衛星画像から3D地図を作る」という技術自体がとても新しかったのですが、「自然災害対策や新興国のインフラ整備といった社会課題に対してこのような技術を使えないか」というニーズが出てきました。そこで、官民連携の枠組みの中で、NTTデータ、RESTEC、JAXAの研究者・技術者が協力して、技術開発と社会実装が両立した取り組みとしてAW3Dの初期のプロジェクトが立ち上がりました。
「だいち1号」の運用は2011年にすでに終わっていましたが、撮りためた画像は1ペタバイトくらいありました。当時は、まだオンプレミスといって自社内のサーバシステムを使っていました。このプロジェクトの中で、必要なアルゴリズムやサービスの土台も生まれてきて、技術面とサービス面の両方で「こういった商品を作れば、このマーケットに響くのでは」といった見通しが立つようになりました。
若松:本当はもう少し早くスタートしたかったのですが、2013年スタートになったお陰でコンピューティングパワーが追いついてきたというところもありました。これが一年早かったら、パワーが足りなかったかもしれないです。ちょうどいいタイミングだったわけですね。
筒井:1ペタバイトというのは地球約8個分。だいち1号が地球を約8回撮った画像、合計約300万枚ありました。最近では、クラウド上で100台以上のサーバを使って画像データを解析していますが、当時は数十台のサーバを使って2年間かけて解析しました。われわれにとって大変勉強になり、そのとき積み上げたものが現在のサービスの礎になっていますから、2年間使えたことはよかったですね。そうして、2014年に世界最高精度の5m解像度の3D地図をリリースしたところ、反響はとても大きく、世界中のメディアに取り上げられました。
若松:メキシコの国営テレビのニュースで紹介されて、その週からスペイン語の問い合わせがいっぱい来て。「南米まつり」と言われましたよね(笑)。
――最初に大きく利用されたプロジェクトは?
筒井:最初の頃のプロジェクトの一つにインドネシアの地図プロジェクトがありました。その当時、インドネシアの地理機関は、スマトラ大地震もあったことから津波対策にも使える高い精度の地図を求めていた。そこで、5メートル解像度の3D地図が画期的ということでお話がきました。
若松:相当早い時期に、だいぶ大きく活用していただきましたね。
筒井:AW3Dのはじめは数人の少人数のチームでした。そのような時期に光を当てていただいて、とても感謝しています。
――そこから現在の約130カ国1300プロジェクト利用になるまで、どのように伸びてきたのでしょうか?
若松:高精細版を出したのは2016年で、そこから伸びていますね。
筒井:高精細版のリリース、そして第2回宇宙開発利用大賞で内閣総理大臣賞をいただいたこともあり、サイエンスとコマーシャルの両面から、私たちの想像以上に多くの方に評価をいただきました。第2回宇宙開発利用大賞をいただいたのが2016年3月ですが、そのときが100件以上のプロジェクトでした。それから現在の1300件。受賞の効果はとても大きかったですね。
私たちが思っている以上に宇宙利用はなかなか理解されづらいと感じてきました。AW3Dを始めた当時から、私たちの技術とサービスは世界に通用すると思っていましたが、それを評価する手段がなかったという課題がありました。宇宙開発利用大賞によって「革新的なサービス」ということを客観的に評価していただいたと思います。それ以降、幅広い方に関心をもっていただけるようになり、海外のパートナーも増えました。現在、サービス提供先は半分以上が海外になってきました。
若松:2017年には、世界的な地理的サービスのイベントAsia Geospatial Excellence Awardで「Asia Geospatial Technology Innovation Awards 2017」も受賞しました。
筒井:これらの受賞がなかったらここまでの展開はなかったでしょう。
――先進的な使い方事例にはどういったものがありますか?
筒井:その頃から、日本の防災を牽引し世界で活躍されている先生方との連携に力をいれて来ました。たとえば、土砂災害がご専門の東北学院大学名誉教授の宮城先生から、「今まで海外では航空写真を使っていたが写真が集まらない。AW3Dとドローンがあれば従来よりも格段に効率よくハザードマップの作成ができる!」と言って頂きました。このようなことがとても励みになりました。
若松:防災関係の事例ですが、インドネシアで精密な地すべりの解析にも使われています。
筒井:インドネシアで大きな地震があり、愛媛大学の岡村先生から調査の際に「災害前と災害後を数十センチメートルのレベルで欲しい」という連絡がありました。災害調査には前後の地形が必要ですが、特に災害前の正確な3D地形の復元に手段がないのです。AW3Dで前後の地形を正確に再現してみると、私たちが考えられないような地形がありました。
岡村先生によると、地震による液状化が起きたエリアとのことで、液状化は、普通ならば水が出ても少量です。それが、このエリアでは液状化で街が何百メートルも流れてしまったエリアだったのです。世界的にも例がないそうです。その前後のメカニズムを知るためには、数十センチメートルまでの精度が求められていました。私たちが提供した3D地図を、先生が解析した結果、「おそらく平均的に数十センチメートル規模で動いていて、理論と一致する、良く再現されている」と評価していただきました。私たちも、思ってもみない初めての使い方でした。お客様、協力いただいている方々から多くの支援をいただきながら、サービスが成長していることを日々実感しています。
――これからAW3Dが目指す世界を教えてください
筒井:今では、宇宙から取得されたデータが自動運転にもつながる時代になっています。AW3Dがサービスを開始した2014年当時のコンセプト「見る3Dから使える3Dへ」は、今でも私たちの柱ですが、現在は宇宙データをさらに現実の世界のさまざまなアプリケーションに繋げていくことが目標です。宇宙ビジネスとも地図ビジネスともいえますが、目指すところはそれらを越えたところにあります。世界の課題解決に繋げる、そのためには、さまざまなサービスプロバイダとの連携に力を入れたいですね。
――今後、3D地図を作る上での課題はありますか? 東南アジアなど、雨や雲が多くて、1年を通してどうしても衛星画像が撮れない地域があるということですね。
筒井:現在は、複数の種類の衛星画像を重ね合わせ、つなぎ合わせて使って解析して作っています。ただ、完全に満足させられていない地域もあり、それらを解決するための研究も進めています。特に、よりリアルタイムに近い情報を提供するための技術開発に力を入れています。
また、地上のセンサーとの組み合わせも重要です。地上に近づくほど利用できるセンサーは多くなります。反対に、現地に行かなくても、世界中どこでもサービスができるという点で人工衛星は素晴らしい仕組みです。衛星とローカルなセンサーを組み合わせてどのようにグローバル、ローカルな課題を解決していくかですね。
若松:お客さまにとっては、基本的に宇宙かどうかではなくて、良いデータがほしい、ですからね。
筒井:宇宙の人工衛星のハードウェア・システムと私たちのサービスや地上のアプリケーションをより連携させていくことが次の課題ですね。私たちは直接ハードウェアを作ってはいないですが、サービスの観点から最適なハードやシステムを考えて、繋げていくことが、次に必要なことだと思っています。
そこで、ALOS-3への期待があります。JAXAをはじめとした関連機関とは交流があり、日本の衛星の特性を活かした使い方ができると思います。解像度が80センチメートルになることもあり、AW3Dのグローバルカバレッジを更新できる期待があります。日本の衛星の良さを引き出して、付加価値を上げられるよう挑戦したいですね。
インタビュアー: ライター 秋山 文野
■参考リンク
※本記事は宇宙ビジネス情報ポータルサイト「S-NET『未来を創る 宇宙ビジネスの旗手たち SPECIAL/特集記事』」より、『地球をデジタル化する。地球観測衛星「だいち」が生んだ全世界3D地図 株式会社NTTデータ 筒井 健 /一般財団法人リモート・センシング技術センター 若松 健司』に掲載されたものです。