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清潔だとアレルギーになりやすい?「インハンド」に登場の「衛生仮説」とは

堀向健太医学博士。大学講師。アレルギー学会・小児科学会指導医。
(写真:アフロ)

「インハンド」というドラマでは、「衛生仮説」をテーマに話が展開されていました。

山下智久さんが主演された「インハンド」というドラマをみていて、微生物学のエキスパートの役柄である山下さんが「衛生仮説を知っておられるんですね」と発言している場面がありました。

そしてその後、このドラマの主軸に「衛生仮説」が据えられ、重要なテーマのひとつとして展開されていきました。

この『衛生仮説』ってなんだろう?

という方もいらっしゃるのではないでしょうか?

衛生仮説って?

出典:イラストAC
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「衛生仮説」は、もともとは1989年に英国の疫学者ストラカンが提唱した概念です。

ストラカンは、1958年のある週に出生した英国の小児17414人を23年間観察していった結果を報告し、生まれたときの上のきょうだいの数が多いほど花粉症や湿疹が少ないことを示しました。

そしてその理由として、「きょうだいからの感染症が多くなる環境だとアレルギーが少ないのではないか」と推測したのです(※1)。

(※1)Strachan DP. Hay fever, hygiene, and household size. Bmj 1989; 299:1259-60.

この元論文は、表も含めても1ページ足らずの極めて短いものでしたが、「衛生的な環境になるほどアレルギーが増えるかもしれない」という「衛生仮説」の最初の報告となったのです。

感染症が増えると、アレルギーが減る?

出典:イラストAC
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これまで「衛生仮説」は、感染症がへることでTh2(アレルギーに関与する細胞群)に傾きやすくなるという、『Th1/Th2バランス説』で説明されていました。

Th1/Th2バランス説はやや古典的な考え方ではありますが、現在でもある程度通用する概念です。

しかしその後、Th1(感染症を繰り返すと上がると考えられている細胞群)に関連する疾患であるクローン病なども増加していることを説明できないため、矛盾もあることがわかっています(※2)。

(※2)松田 明生. 基礎から見た衛生仮説の再考. アレルギー 2019; 68:29-34.

しかし、この衛生仮説に関しては誤解が多く、一般向けの記事などでも「え?ほんと?」と言いたくなるような言説を耳にします。

衛生仮説をそのまま現実的な医療に適応することは難しいのです。

「衛生仮説」に関わる様々な質問

出典:写真AC
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例えば、「動物園にいったほうが、アレルギーになりにくいんですよね?」という質問を受けることがあります。

しかし、たまに動物園に行った程度では有効性はまずないと考えられます。

そしてまた、「不衛生な環境ではアレルギーの発症を減らすなら、”掃除をしない”ほうがアレルギーにはいいですか?」という質問をうけることもあります。

しかし「掃除をしない」はアレルギーを減らすとは言えないと考えられます。

こんがらがってきますよね。

そう、「きれいにしたらアレルギーが増える」という一文で衛生仮説を理解しようとすると、うまくいかないのです。

最近のいくつかの報告を御紹介しましょう。

動物はアレルギーにいい?悪い?

出典:写真AC
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米国国民健康栄養調査調査(National Health and Nutrition Examination Survey)に参加した数千万人のデータを確認すると、イヌにアレルギーのある喘息患者において喘息発作の44.2%がイヌアレルゲンへ強くさらされて起こり、ネコにアレルギーのある患者の喘息発作の30.3%は、ネコアレルゲンへ強くさらされて起こっていると推定されています(※3)。

(※3)Gergen PJ, et al. Sensitization and exposure to pets: the effect on asthma morbidity in the US population. J Allergy Clin Immunol Pract. 2018; 6(1): 101-7. e2.

一方で、酪農家で育った子どもは、喘息を発症するリスクが減ることが報告されています。

たとえば、スウェーデンの前向きコホート試験に参加した4777人に対する検討では、4歳時に家畜と農場で生活するとアレルギー性鼻炎の発症するリスクがおよそ半分になっていました。

そして特に、4歳から12歳まで継続的に農場で生活すると、その関連はさらに強くなったのです(※4)。

(※4)Vasileiadou S, et al. Eating fish and farm life reduce allergic rhinitis at the age of twelve. Pediatr Allergy Immunol. 2018; 29:283-9.

農場の近くで長く生活することが喘息やアレルギー性鼻炎をへらすかもしれないとまとめられるでしょう。

動物そのものではなく、周辺の微生物にさらされているから、アレルギーが減るようだ。

出典:写真AC
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これは、ペットがだめで家畜がいいという意味ではなく、農村部で育てられた子どもは家畜の周辺に増える微生物にさらされたためではないかと考えられるようになってきています(※5)。

(※5)Hajar T, Simpson EL. The Rise in Atopic Dermatitis in Young Children: What Is the Explanation? JAMA Netw Open 2018; 1:e184205.

すなわち「動物そのものに強くさらされるからではなく、動物が多い環境には微生物が多く存在するため」、喘息やアレルギー性鼻炎が減るということです。

では、微生物のなにが、アレルギー予防に働いたのでしょうか?

微生物から放出される、「エンドトキシン」がアレルギーを予防するようだ。

出典:写真AC
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酪農業そのものだけではなく、その周辺の微生物が多い環境で、しかもその細菌から放出される「エンドトキシン」という毒素が、喘息を予防するということが明らかになってきています(※6)。

(※6)Stein MM, et al. Innate Immunity and Asthma Risk in Amish and Hutterite Farm Children. N Engl J Med 2016; 375:411-21.

では、エンドトキシンが多い環境だと、なぜ喘息の発症リスクが減るのでしょうか?

その理由として、最近、ユビキチン修飾酵素A20という特殊な酵素の報告がなされています。

そこでは「少量」のエンドトキシンをマウスの気道上皮に「慢性的に」作用させると、ユビキチン修飾酵素A20が出てきて、アレルギー体質になることをブロックし、喘息発症を抑制したという結果になっています(※7)。

(※7)Schuijs MJ, et al. Farm dust and endotoxin protect against allergy through A20 induction in lung epithelial cells. Science 2015; 349:1106-10.

ここで重要なのが、エンドトキシンへさらされた方法が「慢性的に」「少量」だったということです。

ですので、「たまに(慢性的にではない)」農場にいくでは有効とはいえないでしょう。

衛生仮説は日常には取り入れにくい面がある。

出典:写真AC
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しかし、エンドトキシン量が高いということは細菌も多い環境ということです。

すなわち感染症も多くなり、乳児死亡も間違いなく増えるでしょう。

衛生仮説がそのまま日常診療に応用しにくいのはそういった理由です。

そして、掃除をしない不衛生な環境と、衛生仮説でいう不衛生な環境が異なることはもうおわかりでしょう。

掃除をしないというホコリやダニが多い環境と、エンドトキシンが多い環境は「まったく別の不衛生さ」なのです。

最初に挙げた質問へは、どのようにお答えすれば良い?

出典:写真AC
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と言うことで、「動物園にいったほうが、アレルギーになりにくいんですよね?」という質問への答えはこんなふうになります。

「エンドトキシンへさらされて喘息を予防する場合、“慢性的に”“少量”で行う必要なので、“たまに”動物園に行った程度では有効性はまずないでしょう」になるでしょう。

では、「不衛生な環境ではアレルギーの発症を減らすなら、アレルギーを予防する目的で“掃除をしない”ほうがいいですか?」という質問への答えはどうなるでしょう。

その質問には「不衛生な環境とはエンドトキシンが多い環境をいいます。ですので、ホコリやダニが多い環境と同じ意味ではありません。ですので“掃除をしない”がアレルギーを減らすとは言えません」というお答えになるでしょう。

衛生仮説はとても興味深い仮説で、さまざまな研究結果があるのですが、実生活に応用するのはなかなか難しい面があります。

ドラマ「インハンド」は、その難しい衛生仮説を(ちょっと無理な部分も含め)、面白く料理してドラマに仕立てているのが印象的でした。山下智久さんも役柄にあっていましたし、シーズン2が制作されないかなあと私も思っています。

医学博士。大学講師。アレルギー学会・小児科学会指導医。

小児科学会専門医・指導医。大学講師。アレルギー学会専門医・指導医・代議員。1998年 鳥取大学医学部医学科卒業。鳥取大学医学部附属病院・関連病院での勤務を経て、2007年 国立成育医療研究センターアレルギー科、2012年から現職。2014年、米国アレルギー臨床免疫学会雑誌に、世界初のアトピー性皮膚炎発症予防研究を発表。医学専門雑誌に年間10~20本寄稿しつつTwitter(フォロワー12万人)、Instagram(2.4万人)、音声メディアVoicy(5600人)などで情報発信。2020年6月Yahoo!ニュース 個人MVA受賞。※アイコンは青鹿ユウさん(@buruban)。

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