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アンバー・ハード、控訴に「賠償金全額」は必要なかった。そう述べた判事の胸の内は?

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
アンバー・ハードと弁護士イレーン・ブレデホフト(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 控訴の保証金は、賠償金全額と年6%の利子。ジョニー・デップとアンバー・ハードの名誉毀損裁判の判決を正式に記録するための聴聞の日、ペニー・アズカラテ判事は、ハードの弁護士イレーン・ブレデホフトにそう言った。

 この日は裁判所にテレビカメラが入らず、ライブ中継はされなかったが、中にいたレポーターがそう報道しているし、裁判記録にその会話はしっかりとある。控訴に当たってハードが500ドルだけを裁判所に入れた時も、「どこかの段階で、必要とされる保証金が預け入れられなければならない」と言われていた。

 しかし、ロバート・バーンという弁護士がYouTube動画で説明するところによれば、ヴァージニア州で控訴のために必要なのはこの500ドルだけらしいのだ。賠償金全額と6%の利子は、「控訴する側が望むのであれば」という選択肢にすぎないという。この保証金は、裁判で負けた側が控訴をするに当たり、勝った側が控訴を待たずに賠償金の取り立てをしてくるのを避けるためのもの。負けた側がそのお金を裁判所に預けることで、勝った側は控訴が終わるまで手にすることができないというわけだ。

 今回の場合、ハードはデップに対して1,035万ドルを、デップはハードに対して200万ドルを支払わなければならない。デップは今すぐにでもハードに支払いを要求できるわけで、それが嫌ならばハードはその金額を保証金として預け入れればいい。だが、現実的に、「この裁判はお金目的で起こしたものではない」と主張し続けてきたデップがハードに取り立てをすることは考えづらい。ハードにはそれがわかっているし、そもそも彼女はそんな大金を持っていない。デップにしてみれば、仮にハードが200万ドルの取り立てをしてくれば逆に自分も1,035万ドルを取り立てると言えばいいのであり、双方とも保証金については無視したということだろう。

 しかし、アズカラテ判事は、その部分を説明せず、ただ「賠償金全額と年6%の利子」とだけ言った。単に説明不要と思ったからなのかもしれないが、もしかしたらブレデホフトのプロフェッショナリズムに欠ける行動をさんざん見せつけられてきたアズカラテ判事が、彼女がまだ悪あがきをしていることに辟易したからではないか。

 この裁判にかかるハードの弁護士代は、ハードが加入しているホームオーナーズ保険から出ている。しかし、ブレデホフトらはそのことを陪審員に知られるのを嫌がり、弁護士代の出どころについて裁判で一切触れるなと、裁判所を通じて、事前にデップ側に要求していた。にもかかわらず、ブレデホフトは、裁判で自ら陪審員に向かい、600万ドルにも及ぶ弁護士代を払うことになったせいでハードは約束した寄付ができないと嘘を言ったのである。

 また、敗訴した翌日、ブレデホフトはふたつのテレビ番組に出演し、ソーシャルメディアにまどわされてあんな判決を出したのだと、陪審員の悪口を言った。陪審員の仕事がどんなに大変かを知っているだけに、一般的に判事は陪審員に敬意を持っている。何の根拠もないのに陪審員を否定されて、アズカラテ判事がおもしろかったはずはない。

ブレデホフトのふるまいについて、デップの弁護士は警告を受けていた

 アズカラテ判事は、裁判の準備を通しても、デップとハードの弁護士とかかわってきている。その時から、彼らの人柄を見てきているのだ。アズカラテ判事によって封印を解除された裁判準備記録書類の中にあるメールのやりとりで、デップの弁護士ベン・チュウは、ブレデホフトにこのように不満を述べている。

「書類の作成について私の同僚がミスをしたとあなたは責めましたが、結局それはあなたのミスでしたよね。それについてあなたは謝罪していません。それに、私の別の同僚のことを勝手に女性差別だと責めて調停者に叱責された時も、あなたは謝りませんでした。この裁判でミズ・ハードの3番目の弁護士としてやってきた時(注:ブレデホフトの前に、ハードには別の弁護士がついていた)、私は(ヴァージニア州)フェアファックスで尊敬されている弁護士たちから、あなたのふるまいについて警告の電話をもらっています。にもかかわらず、驚かされましたよ。私たちは、いじめには動じません。裁判所もあなたの言っていることが本当はどうなのかを理解するはずだと、私は自信を持っています」。

 いずれにせよ、控訴を申請したということと、それが受け入れられてまた裁判が始まるということは別。ハード側は、なぜ前の裁判が間違っていたのかについての説得材料をしっかりと用意しなければならない。果たして彼女らはどう出るつもりなのか。裁判で出してきたハードの証拠は、どれも非常に弱かった。その結果が、あの判決だったのだ。ハードがその事実を受け入れなければいけない日は、いつか必ずやってくる。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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