Yahoo!ニュース

ヤングなでしこを“圧倒”した北朝鮮女子サッカー「なぜこんなにも強いのか?」ドラマ制作や小説も!?

金明昱スポーツライター
北朝鮮の女子サッカーには伝統的な強さがある(写真:ロイター/アフロ)

「なぜ北朝鮮の女子サッカーは強いのか」――。そう思った人も少なくないだろう。

 U-20女子ワールドカップ(W杯)の決勝で“ヤングなでしこ”の日本代表を1-0で下した朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)代表のことだ。2006、16年大会に続いて、8年ぶり3度目の優勝。これで優勝回数はドイツとアメリカに並んだことになる。

 それにしても日本との決勝戦は1点を争う好ゲームだったが、試合内容では北朝鮮が圧倒していたと言っても過言ではないだろう。90分間、走り抜ける体力とフィジカルを前面に押し出し、前線からの猛プレスで相手のパスミスを誘い、ボールを奪えばタテに素早いカウンターを仕掛ける。

 さらにサイドから攻撃を徹底し、サイドからのクロスでチャンスを作り出し、前線へのロングフィードで相手守備陣を疲弊させていた。止めて、蹴るという基本的な足元の技術、走らせてつなげる技術も高かった。フォーメーションは4-4-2のオーソドックスなシステムだが、選手の戦術意識はしっかりと統一されていた。

 グループリーグではアルゼンチン(6-2)、コスタリカ(9-0)、オランダ(2-0)に全勝して1位通過。決勝トーナメントではオーストリアに5-2、準々決勝で南米の強豪・ブラジルに1-0で勝利。準々決勝では優勝候補のアメリカを1-0で撃破して決勝まで進んだ。

 また、今回は選手の能力の高さにも驚かされた。特に日本戦で決勝点を決めた15番の17歳FWチェ・イルソン。前半15分に右サイドからカットインして利き足の左足で決めたゴールは、レベルの高い個人技から生まれたものだった。チェは大会6ゴールでゴールデンボール(MVP)とゴールデンブーツ(得点王)を受賞。また、主将のMFチェ・ウンヨンもセットプレーではキッカーを務め、右サイドから何度もチャンスを作り出しチームを牽引した。今年のU-20アジアカップで日本を下して優勝した時は、MVPに選ばれている。

女子W杯には4度出場、最高位はベスト8

 国際サッカー連盟(FIFA)のサイトの記事によると「大会前、朝鮮民主主義人民共和国が南米(コロンビア)でタイトルを獲得する可能性を語る人はほとんどいなかった」という。

 そもそも北朝鮮女子のアンダーカテゴリーの強さは、“伝統的なもの”と言っていいだろう。パワー、フィジカル、体力など女子選手とは思えないハードワークはすでに世界トップにあると言えるが、「なぜ強いのか」という問いの答えはいくつかある。

 大きくは、女子サッカーが国を挙げて力を注いでいる分野であることが大きい。

 北朝鮮の女子W杯初出場は1999年。その後2003、07、11年大会に4度出場している。カナダで行われた15年大会は、11年大会で5選手のドーピング発覚を理由に出場資格をはく奪された。19年大会から復帰したが、予選敗退で本戦出場権を逃し、23年大会は辞退。W杯での最高位は07年大会のベスト8だ。

エリートが集まる「平壌国際サッカー学校」

 W杯ではまだ8強止まりだが、アジアではトップレベルを保ち続けている分野。現在もジュニア、ユース世代の選手の育成と成長は途切れていない。

 特に2013年に設立された「平壌国際サッカー学校(アカデミー)」の影響が大きい。地方から選手を定期的に選抜し、ここに入った選手たちは、寄宿舎生活をしながら学業とサッカーに専念する。し烈な競争を勝ち抜いたサッカーエリートが、「4・25体育団」、「鴨緑江」、「機関車」などの体育団に入り、選手生活を送っている。

 さらにクラブから選出された代表選手たちは、FIFAも金銭面で支援して整備されたナショナルトレーニングセンターで「一つのチーム」として、数カ月を過ごすのが通例。これは男子代表も同じシステムだ。

 即席で集められた各国の代表チームと比べると、北朝鮮は組織力の強化においてはアドバンテージがある。特殊な環境での強化が結果につながっている。

北朝鮮チームをモデルにしたドラマや小説も盛ん

 話は変わるが、北朝鮮は2006年にロシアで開催されたU-20女子W杯で、アジア勢として初優勝した。当時としてはセンセーショナルで、国内外でかなり注目されていたと記憶している。

 この時の話をベースに北朝鮮国内で制作されたのが、「われらの女子サッカーチーム」(2011年放送、全5話)というドラマ。実際に筆者もYouTube「elufatv」で見たのだが、内容を簡単に説明するとこうだ。

 10年間、チームを率いてきたベテラン監督が斬新なアイデアを持つ若きコーチにバトンを渡し、これまで肉体を鍛えることを重要視されていたものを、「サッカーも科学である」というのを軸に新たな練習を取り入れていく。そして、新たな監督の指導のもと、選手や家族、上部との葛藤や問題を乗り越えながらチームを勝利に導いていくという話だ。

 新人起用に反対するトッププレーヤーがいたり、“個人プレー中心主義”に走る選手には「集団主義を無視している」と批判するシーンもあり、北朝鮮らしさが随所に取り入れられているのも興味深い。サッカーにおいて個人の能力は大きな武器になるが、やはり組織力の強化も大事。そのあたりは、今回優勝した北朝鮮のチーム力を見るとよくわかる。

 北朝鮮女子サッカー事情を知ることができる貴重なドラマだけにハングルの読み書きができるなら一度、見るのをオススメしたい。

“北朝鮮の澤穂希”はAFC年間最優秀選手のレジェンド

 ちなみにドラマの主人公の女子選手のモデルとなったのは、1988年生まれのFWラ・ウンシムと言われている。現在は現役引退しているが、06年U-20W杯優勝に貢献し、08年の東アジア選手権でA代表にデビューし、12年ロンドン五輪にも出場した。

 さらに北朝鮮の女子サッカー選手でレジェンドと言われているのが、FWリ・クムスク。“北朝鮮の澤穂希”と言えば分かりやすいだろうか。代表では123試合に出場して40得点を決めている。07年にAFC年間最優秀選手賞にも選ばれているが、元なでしこジャパンの澤穂希をおさえての受賞だった。08年の北京五輪を最後に引退した。

 また、同時期に北朝鮮国内では「サッカー少女」という女子サッカー選手の成長を描いた小説も出版されるなど、スター選手の登場、国内での盛り上がりも、北朝鮮国内の女子サッカー人口増の要因にもなっている。

2007年のAFC年間最優秀選手に選出された北朝鮮のリ・クムスク(右)
2007年のAFC年間最優秀選手に選出された北朝鮮のリ・クムスク(右)写真:ロイター/アフロ

北朝鮮主将「サルサを踊る機会があり楽しかった」

 そんな影響を受けて育ったのが、現在の若き北朝鮮女子選手たち。主将のチェ・ウンヨンは日本との決勝戦の前のFIFAのインタビューでこんなことを語っている。

「ラ・ウンシムさんやリ・クムスクさんのような選手を尊敬していました。2人とも偉大な選手です。そしていつか自分もそんな1人になりたい。いつか代表チームでプレーして、W杯に出場できるかもしれないという夢があります」

 また彼女は北朝鮮で流行りのポップソングがお気に入りでたくさん聞くという。音楽にもたくさん関心があるようだが、記事の中に彼女の素顔が見えたコメントがある。

「(コロンビアの)カリに滞在したとき、サルサを踊る機会がありましたが、とても楽しかったです。決勝で勝てば、またサルサを踊るかもしれません!」

北朝鮮女子選手の欧州でのプレーはいつになる?

 いずれにしても今回のU-20女子W杯での北朝鮮の選手たちの活躍で、国内女子サッカーは一層の盛り上がりを見せるのだろう。

 国内リーグなどの強化だけで、優勝メンバーの選手たちが今後、どれだけ成長するのか、世界と戦えるのかは気になるところ。一方で、彼女たちがなでしこジャパンの選手たちのように欧州の強豪クラブで活躍する日が来るのだろうか。

 異国でサッカーを楽しみ、異文化に触れられるのが国際大会の醍醐味である。チェ・ウンヨンは「将来的には海外でプレーする機会があればうれしい」とも語っていたそうだが、現状では選手たちが海外に出られる状況にない。

 ただ、男子代表のFWハン・グァンソンがセリエAなどでプレーした実績があり、絶対にないとも言えない。いずれ海外に羽ばたける環境が整備されれば、北朝鮮女子代表のW杯初制覇も夢ではないかもしれない。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

金明昱の最近の記事