イチロー「打率.080でも開幕戦登録」で考える公式戦の尊厳
20日からのMLB東京開幕戦シリーズにマリナーズのイチローが出場選手登録される。オープン戦打率.080の45歳を興行上の事情優先で登録・起用するのは、真剣勝負である公式戦の尊厳に関わる行為だと思う。
登録枠は勝ち取ってこそ
MLB2019年開幕シリーズを戦うアスレチックスとマリナーズ一行が来日した。まずは17日からのプレシーズンマッチをこなし、公式戦2連戦に臨む。マリナーズのイチローは予定通り出場選手登録される。スタメン出場もあり得るようだ。
このことには、多くのファンが熱狂しているのだけれど、ぼくは真剣勝負の公式戦で彼が特別扱いされることに、少なからず違和感を持っている。
本来、開幕戦の登録枠は、これまでの実績から戦力的にチームに貢献できると判断される選手、当初は構想には入っていなかったがオープン戦で目覚ましい活躍を見せ首脳陣に十分アピールできた者、本来登録されるべき選手が故障などで離脱したため繰り上げされる代替プレーヤー、などに与えられるべきものだ。ところが、イチローの場合はそのどれとも異なる。
彼は、昨年5月に戦力的にもう苦しくなり「会長付け特別補佐」に祭り上げられた。その後1年近くのブランクがあり、年齢は45歳になった。その間、真摯にトレーニングに取り組んだようだが、マイナー契約で復帰を目指したオープン戦の打率は.080だった。
登録枠は通常の25ではなく、遠隔地の東京で開催されるため28に拡大されるが、それは故障者発生の場合などに備えるためで興行用枠ではない。結果的にイチローがその枠の1つを掴んでも良いと思うが、それはオープン戦を通じてあくまで重要な戦力であると証明した場合だろう。少なくとも、今年1月の段階で、マリナーズのジェリー・ディポートGMが登録枠をコミットする発言をしているのはおかしい。イチロー登録の影で涙を呑んだ選手はやりきれない思いだろう。
「マリナーズは再建期に入り今季優勝の可能性は低いのだから、この程度は許されてしかるべき」との考えもあるかもしれない。しかし、シーズン終盤に何の希望もなくなった段階ならまだしも、それが開幕戦で行われて良いものだろうか。これは、ペナントレースの尊厳に関わる問題だと思う。
プロレス化?するNPBのよう
日本の多くのファンは、この件に関し寛容というか鈍感だと思う。なぜなら、NPBでは毎年シーズン終盤には引退予定選手が急遽登録され、出場機会を与えられることが一般的になっているからだ。しかも、スター選手のみならずレギュラー半程度の選手にまでそのような舞台が用意され、最後は涙を流しながらフィールドを一周し、マイクスタンドが用意される。もはやプロレスである。
このような真剣勝負とはかけ離れた起用や過剰な演出が公式戦で、時にはペナントレースの行方を左右しかねない試合で行われることにぼくは当惑しているのだが、興行的には成果を挙げているようだし、ファンもメディアもこの安っぽい感動を共有している。しかし、そこには長い歴史を誇るこの競技へのリスペクトはない。
「最低50まで現役」は公平な競争環境にあってこその価値
また、イチロー自身はこの特別待遇をどう捉えているのだろうという疑問もぼくにはある。彼が東京開幕戦を引退公演とは捉えておらず、その後も長く現役にこだわるのかもしれない。それはとても立派で尊敬に値することなのだけれど、それはあくまで他の選手との公平な競争の前提があった場合の話だ。
残念ながら力の衰えは否定できない。それでも、マイナー契約も受け入れ親子ほども年の違う選手たちと真剣勝負する。その結果、時にはマイナーに降格し、解雇され(メジャーでは良くある)、独立リーグで機会を窺わねばならないことも辞さず、というなら心の底から応援したい。しかし、現実は異なる。今回のオープン戦での成績はとっくにカットされても全く不思議ではないのに、特別枠で守られている。自身の実力よりも興行的価値で求められている。このような状況を人一倍プライドが高い(当然だ)イチローが受け入れていられるのだろうか。
この核心部分にメディアは全く触れようとしないが、ぜひイチロー自身の考え、思いをその声で聞いてみたいものだ。