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人権無視を美談で語る中国のコロナ対策

宮崎紀秀ジャーナリスト
中国全土でコロナのリバウンドが収まらない(2021年11月3日四川省成都)(写真:ロイター/アフロ)

 中国では10月半ばに始まった新型コロナウイルス感染のリバウンドが収束していない。北京冬季五輪も迫る中で、当局は抑え込みに必死だが、度々、住民の生活にも不便が生じている。

コロナ感染は900人超え

 国家衛生健康委員会によれば、今回の感染拡大が始まった10月17日以来、11月5日までに感染は20省の44市に亘った。感染者は累計で918人に達したという。

 全国的に広がった今回の感染だが、来年2月に冬季五輪を迎える首都北京も例外ではなく、強力な抑え込み策が進められている。

 北京市内にある天通苑北二区という団地は、感染者が出たため封鎖された。これは中国式のコロナ対策で、人の出入りを禁じ、いわば団地ごと隔離してしまう方法だ。

 団地の封鎖が始まったのは、ある配達員の女性が、ちょうど荷物を引き取りに来ていた時だった。つまり女性は、団地の中に閉じ込められてしまったのだ。

 北京の新聞「新京報」は、この女性のストーリーを取り上げた。

たまたま訪れた団地が封鎖され...

「外に出ようとした時に、すでに門には防護服の人が立っていました。誰かが『団地が封鎖された』と叫んでいるのが聞こえました」

 団地には改築中の空き部屋があったので、持ち主の許可を得て、女性がその夜、他の数人とそこに泊まった。PCR検査を受け、翌日に出た結果は陰性だったが、団地は封鎖されているために家に帰ることはできない。

 彼女は、封鎖が続く間、その団地でボランティアをすることを決意した。

 団地が封鎖されると、住民がネットで食糧や生活用品を買っても、品物は団地の門までしか届かない。配達員が団地の中に入られないからだ。そのように門で止まってしまう品物を各家庭に届けるのが、彼女のボランティアとしての役目だった。

感染への恐怖

「怖くないと言えばウソになります。封鎖された最初の日は、とても不安でした。後からはだいぶ良くなりましたし、特にボランティアで忙しくなってからは、他のことを心配している余裕がなくなりました」

 彼女はもともと北京で一人暮らしをしていた。家族に心配をかけないため、今、団地で隔離されていることを伝えていないそうだ。

 封鎖が解かれたら、何を一番したいか?という質問に対し、彼女はこう答えている。

「自分を助けてくれるたくさんの人に出会いました。この何日かを過ごしているうちに、皆友達になったし、その誰にとっても特別な忘れ難い経験になりました。封鎖が解かれた後は、私を助けてくれた人たちとご飯を食べに行ってご馳走したいです」

彼女の個人としての人権は...

 日本の感覚なら、彼女が巻き込まれたのは、不当な移動の制限を受けた上、感染のリスクが高い環境に晒されるという、個人の人権が全く軽視された状況だ。だが中国ではこれが美談として伝えられる。もちろん、予想外の逆境に見舞われながらも、住民のためのボランティアに精を出す彼女の心掛けと行動に賞賛を惜しむものではない。

 中国はあくまでもゼロコロナ方針をとり、強権的な手段も辞さないが、しばしばそのしわ寄せを受けるのは個人だ。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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