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床上浸水なら罹災証明書がなくても仮設住宅へ 入居要件の緩和を法律家が提言

岡本正銀座パートナーズ法律事務所・弁護士・気象予報士・博士(法学)
日弁連「応急仮設住宅の供与要件の見直しを求める意見書」

豪雨による床上浸水被害

豪雨や台風の被害でよく耳にする「床上浸水」とは、住家の床より上に浸水した場合や、土砂が流入して一時的に居住できなくなった場合等のことをいいます。建物の構造自体に大きな影響はなくても、お風呂やトイレなどの水回りが機能不全になり、住めなくなってしまうことも少なくありません。また、壁の内側への浸水により断熱材の総取り換えを余儀なくされる場合には、数百万円から一千万円という多額の修理費用が掛かってしまうこともあります。さらに、住宅を修理できないまま無理に居住を続けることで、汚泥やカビの繁殖で深刻な健康被害に陥ることもあるのです。

このように、床上浸水の場合は、いったん避難所生活を余儀なくされ、その後も長期間戻ることができないので、本来は一刻も早く、仮設住宅への入居が認められなければならないはずです。

被災者支援や災害救助は罹災証明書と紐づいている

被災者が交付を受けることができる「罹災証明書」(り災証明書)には、全壊(損壊割合50%以上)、大規模半壊(同40%以上)、中規模半壊(同30%以上)、半壊(同20%以上)、準半壊(同10%以上)、一部損壊・準半壊に至らない(同10%未満)という住家被害が記載されます。このほか厳密な区分を必要としない場合等に、とりあえず「床上浸水」または「床下浸水」の区分で罹災証明書が交付されるケースもあります。

被災者に対する公的支援の多くは、住家被害の程度に応じて区別されています。このため、罹災証明書の被害認定と、被災者支援のための各種制度の利用は、法律上は要求されていない場合でも、便宜上紐づいています。罹災証明書の交付が先で、それを受けて各種制度を利用するという運用になるのです。

仮設住宅(建設型応急住宅、または賃貸型応急住宅=いわゆる「みなし仮設」)への入居ができるのは、「災害救助法による救助の程度、方法及び機関並びに実費弁償の基準」という国の告示(いわゆる一般基準)によれば、「全壊」や「流出」といった場合に限られています。ただ、これだと条件が厳しすぎるので、これまでの多くの災害では、少なくとも「半壊」以上であれば、ある程度は柔軟に仮設住宅への入居を認める運用をしています(いわゆる特別基準の策定)。

床上浸水でも仮設住宅に入居できないケースが多い

ところが、床上浸水の場合、地震や津波と異なり建物が外力の大きな影響を受けないケースが多く、床上浸水がそれほど深くない場合、なかなか「半壊」以上の被害認定を受けることができないのです。多くは「一部損壊」や「準半壊」程度にとどまります。

筆者もそうですが、被災者支援にかかわる弁護士たちは、「電気も水道も使えず、土砂も残っていて、悪臭もひどい。とても住める状態ではないのに、罹災証明では一部損壊認定となり納得がいかない。仮設住宅へ入居できないのか」という声を各地の豪雨や台風の被災地で何度となく聴いてきたのです。

罹災証明書の交付までには時間がかかる

いっぽう、床上浸水となったのち、住家被害認定の結果、罹災証明書で「半壊」以上になれば、運用によっては仮設住宅入居の余地が出てきます。ところが、この罹災証明書の発行には、精緻な住宅の被害調査を経なければならない場合があり、交付まで時間がかかります。

2023年7月14日からの大雨により甚大な被害が発生した秋田市では、「罹災証明書について、市は7月18日から申請の受け付けを開始。8月8日までに計6693件の申請があり、うち5割超の3750件が窓口での申請だった。ところが、これまでに発行したのは、いずれも床下浸水で同7日の8件、同10日の42件の計50件にとどまる」(朝日新聞2023年8月11日朝刊秋田版)など、発行までの期間が深刻な課題になっていました。

このように、入居基準を満たす被災者であっても、罹災証明書の交付の遅れが、仮設住宅への入居手続きの遅れとなる事態に陥ります。その間は避難所生活や車中泊などを余儀なくされる被災者も多いのです。過酷な避難生活は「災害関連死」の最大の要因であり、一刻も早い居住環境の整備が必要なはずです。

床上浸水では罹災証明書を待たずに、直ちに仮設住宅入居を

床上浸水かどうか、土砂流入によって居住に支障があるかどうか等は、直接の外観目視や、被災者自ら撮影した写真の確認などにより、自治体としても短時間で容易に判定できます。また床上浸水は、半壊以上かどうかという認定を待たずとも、冒頭で述べたように、そもそも居住を継続するにふさわしくない被害であることが明白です。そこで、罹災証明書による被害認定調査を経ることなく、直ちに仮設住宅への入居を認めるべきだと言えます。

この点につき日弁連は、2023年12月14日付「応急仮設住宅の供与要件の見直しを求める意見書」を公表し、内閣府特命担当大臣(防災)、国土交通大臣、衆・参議院議長、衆・参議院災害対策特別委員長、各政党代表者らへ提出したところです。災害法制に詳しく東日本大震災以来各地の被災者支援に関わってきた小口幸人弁護士は次のように述べます。

現在の制度は、【り災証明書一本足打法】になっています。仮設住宅の提供も、最大300万円の被災者生活再建支援金も、公費解体も、災害救助法の応急修理制度も、全てり災証明書一本に依存しています。そのため、り災証明書には、一方で慎重に精緻な認定が求められ、一方では迅速認定が求められています(避難所生活が過酷なことはいうまでもありません)。

この相反する要素の両立が、多くの豪雨災害で、被災者、そして被災地の自治体職員を苦しめています。さらに、全てを罹災証明書という一つの物差しで全部やろうとするあまり、床上浸水で生活できない状態に陥っているのに仮設住宅に入れないという被害が生まれています。

今回の提言は、迅速認定の理由となっている【仮設住宅の提供】をり災証明書から分離することで、り災証明書の負担を減らすとともに、床上浸水で住めなくなったら仮設住宅に入れる制度に改めることを求めています。

当然、そんなにたくさんの仮設住宅を提供できるのかという疑問が浮かぶと思いますが、東日本大震災以降、賃貸物件の空き室を短期間借り上げ、仮設住宅として提供する運用が広がっています。平時から自治体と不動産業界が連携し、災害発生時に空き室情報を速やかに共有し、被災者とマッチングする準備をしておけば、賃貸物件が一定以上ある地域では対応可能です。

確かに、賃貸物件自体がほとんどない地域もありますが、実は近年、借り上げでも建設でもないトレーラーハウス等を活用した仮設住宅が増えており、こういう地域ではトレーラーハウスを置く空き地の確保は比較的容易ですので、備えさえしておけば十分対応可能です。

近年増加傾向にある豪雨被害。被災者の声を聴き続けてきた法律家の提言に、是非自分事として耳を傾けていただきたいと思います。

(参考文献)

日弁連「応急仮設住宅の供与要件の見直しを求める意見書」2023年

内閣府「災害に係る住家の被害認定基準運用指針」2021年3月版

岡本正「災害復興法学Ⅱ」慶應義塾大学出版会 2018年

岡本正「災害復興法学Ⅲ」慶應義塾大学出版会 2023年

中村健人・岡本正「自治体職員のための災害救援法務ハンドブック改訂版」第一法規 2021年

銀座パートナーズ法律事務所・弁護士・気象予報士・博士(法学)

「災害復興法学」創設者。鎌倉市出身。慶應義塾大学卒業。銀座パートナーズ法律事務所。弁護士。博士(法学)。気象予報士。岩手大学地域防災研究センター客員教授。北海道大学公共政策学研究センター上席研究員。医療経営士・マンション管理士・ファイナンシャルプランナー(AFP)・防災士。内閣府上席政策調査員等の国家公務員出向経験。東日本大震災後に国や日弁連で復興政策に関与。中央大学大学院客員教授(2013-2017)、慶應義塾大学、青山学院大学、長岡技術科学大学、日本福祉大学講師。企業防災研修や教育活動に注力。主著『災害復興法学』『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』『図書館のための災害復興法学入門』。

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