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アメリカ映画として作られたオウム真理教のドキュメンタリーが改めての衝撃を…【サンダンス映画祭】

斉藤博昭映画ジャーナリスト
courtesy of Sundance Institute

アメリカ、ユタ州のスキーリゾート、パークシティで毎年1月に開催されるサンダンス映画祭。始めたのはロバート・レッドフォードで、サンダンスの名前は『明日に向って撃て!』の役名から取られている。

インディペンデント系映画の祭典として、1978年から続いているサンダンス映画祭。なぜ注目されるかというと、ここでお披露目された映画がその後、一般公開時に大ブームを起こしたり、アカデミー賞に結びついたりするから。昨年、アカデミー賞作品賞に輝いた『コーダ あいのうた』も前年のサンダンスでグランプリと観客賞のW受賞。そこがすべての始まりだった。その1年前の『ミナリ』も同様の流れ。古くは、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』や『ソウ』、近年は『セッション』など、サンダンス発の話題作は数限りない。

そのサンダンス映画祭で今年、オウム真理教のドキュメンタリーが上映された。アメリカのドキュメンタリー・コンペティション部門。つまりアメリカ作品である。

監督はアメリカ人のベン・ブラウン。これが初めての長編。そしてプロデューサーと監督を兼任したのが、LA在住の柳本千晶。これまで『カンパイ!世界が愛する日本酒』(2016年日本公開)などを製作している。地下鉄サリン事件へと至るオウムの実態を、時を経て見つめたのが『AUM:The Cult at the End of the World』だ(筆者はサンダンス映画祭にオンラインで参加)。

「海外の視点」ということで、2人の英国人ジャーナリスト、アンドリュー・マーシャルとデヴィッド・E・カプランが登場(映画のタイトルも2人の本から取られている)。彼らは地下鉄サリン事件当時、およびそれ以前から「Tokyo Journal」などで記事を書いており、オウム真理教と日本社会の関係を解き明かしていく。ただ、そのパートもひとつの側面。作品は、オウム真理教の全体像を改めてうまくまとめており、いま振り返れば、信じがたい事件が日本に起こっていたことに慄然とさせられる。日本の歴史ドキュメンタリーとしても貴重な一作になっているかと。

坂本弁護士一家の殺害事件や、松本サリン事件などの衝撃はもちろんだが、真理党としての衆議院議員選挙出馬など、マスコミが面白おかしく取り上げ、われわれ国民もエンタテインメントとしてオウムを見て、躍らされていた状況もつぶさに網羅。「朝まで生テレビ!」や、麻原彰晃とビートたけしの対談番組のクリップなどには、ちょっと呆然となってしまう。

監督の一人、柳本千晶が日本人ということで、日本のメディア、関係者へのアプローチもうまくいったように感じられ、証言者たちのバランスも良い。ジャーナリストの江川紹子氏、坂本弁護士の友人である滝本太郎弁護士、松本サリン事件の被害者・河野義行氏、オウム真理教家族会の永岡夫妻、上九一色村の住民らを、時系列の流れとともに的確に配置。中でも時間が割かれるのは、あの上祐史浩氏で、オウムの元スポークスマンの立場から、麻原彰晃の素顔から現在に至るまでを、今もどこか自信がみなぎった口調で解説していく。アメリカ映画ということで、彼はすべて英語で受け答えする。

麻原彰晃がなぜオウム真理教の教祖になったのかというプロセスも、コンパクトながらわかりやすい。特に大事件を起こすまでの流れは、怒涛の勢いで映画としてのテンションやインパクトも強い。

映画祭での本作への反応は「センセーショナルな作りではなく、理路整然とカルト宗教の暴走を追っている」(Playlistのクリス・バーサンティ氏)、「未解決のミステリーを語り尽くすうえで十分な情報を提供している。客観性も高い」(THE WRAPのリナ・ウィルソン氏)というものから、一方で「警察など法の執行側の視点がなく、説得力に欠けている。明らかに上祐への突っ込みは足りない」(Hollywood Reporterのダニエル・フィエンバーグ氏)という批評も。

たしかに全体的には、きれいにまとまり過ぎているかもしれない。ただし出てくるネタは、ことごとくショッキングであり、あの時代を生きた日本人であれば改めて追体験して震えるのは間違いない。海外でも「カルト」自体への注目度は高いうえ、その中でもオウムはやはり異色であることの認識が、今回の映画祭の記事からも伝わってきた。特にオウムとロシアの関係に興味を抱く論調が目につく。

日本での公開は現在、未定だが、おそらく何かのかたちで観られるはず。宗教と政治の関係もクローズアップされる今だからこそ、公開が熱望される。その際は、たけしや、とんねるずのシーンも、どうかそのままになっていることを……。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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