2020東京パラリンピックへの道しるべとは。
東京パラリンピックへわたしたちが目指すものは?
11月29日は来る2020東京パラリンピック開催まで1000日。記念式典が都庁、スカイツリーなど各所で行政、運営団体そして協賛企業も支援する記念イベントが開かれました。いよいよというか、ようやくというかパラスポーツへの関心とサポート意識が高まってきました。TVをはじめマスメディアでもパラスポーツを中心にパラアート、障害者支援そして共生社会の話題が常に取り上げられています。
そして今週は国が定めた障害者週間です。平成26年度あたりまでの開催コンテンツと今年度のコンテンツの広がりと深さを比較すれば、熱量の違いがわかります。
2020を目指すことで確実に進化し、プロジェクトとして回り始めました。社会的に目立ってきたのが、障害者を支えようという意識と姿勢の変化。支えるべきは障害者に限らず疾病、メンタル、貧困、文化などそれぞれの人が抱える「困りごと」であること。そこまで考えて、対応することが障害者の支援と活動そして自立を実現できる豊かなダイバーシティ社会を創り出すことができるのです。この実現こそが東京パラリンピックで日本が目指し、世界に手渡せるOMOTENASHIです。日本には世界を驚かせる巧みな技術、精巧なシステムがあります。そしてそれを携えつつ、OMOTENASHIは人がする。人材の育成と成長が期待され、そのプロジェクトが多数、稼働しています。
ダイバーシティはテーマか?
この数年で市民権を得た「ダイバーシティ」という用語。多様さを意味することはご存知でしょう。もう少し説明を加えると多彩な少数者による集団形成を意味します。この用語自体は多様であるという状態を示しているだけですので、その多様さをどうするのか?が問われるのです。遠い昔から社会は多様です。ひとりひとりが違います。ひと時代前はみんなで同じものを使いましたが、今は多様な人に可能な限り対応するものを求めます。
パラリンピック競技を見るとその多彩さに驚きます。さらに障害の違いによる細分化されたクラス分けも。そうすることでルールを共有し、納得して対等に競い合うことができます。これがインクルージョン=一体化であり、ダイバーシティな状態において全員のインクルージョンを目指すことになります。豊かなダイバーシティ社会のために。
キーワードは何か?
キーワードと考えるのは「インクルーシブ」です。ご紹介したインクルージョンを形容動詞にしたワードです。ダイバーシティに散在する課題を包み込むインクルーシブな対応が求められ、今動き始めています。いくつかご紹介しましょう。まずスポーツ。パラリンピック競技は障害者が楽しめるように考案されましたが、一般者も参加してより広くかつ理解と連携を進めようという動きが始まっています。これがインクルーシブ・スポーツです。ブラインドサッカーの競技者には晴眼者が増えてきましたし、車椅子バスケットボールでも体験教室だけでなく、積極的な参加が増えています。そこで聴くのは<障害者アスリートってスゴイ。凄すぎる!>という感想です。これによって一気にファンとなり、敬意をもって応援したくなるのですが、アスリートである障害者は一部であり、その盛り上がりに戸惑う方々からは悲観的な声も漏れてきます。一般者においてもスポーツが不得意な人の方が圧倒的に多いのですが、ここでインクルーシブに考えてスポーツをとらえる動きも展開されています。「苦手」を包み込んだ競技プロジェクトです。
人材を育てる教育でもこの秋ごろからしきりにインクルーシブ教育という掛け声が聴かれるようになりました。特別支援学級だけでなく、生徒たちの特性は様々です。情緒的な変動は予測を超えるものですし、これは個性でもあり特徴かつ特長の原石ともいえるのです。インクルーシブは魔法の言葉ではありません。何をどう包括するかを計画・指導し、運営そして継続する見識と実行力が問われます。
東京都が実践するインクルーシブ教育とインクルーシブ・スポーツのコラボ
東京都教育委員会は昨年度秋期からオリンピック・パラリンピック教育推進支援事業(コーディネート事業)をスタート。都内全公立学校において外部機関・団体から募った「教育支援プログラム」を提供しています。50を超えるプログラムはオリパラのもつ精神、スポーツ、文化、環境の4つを学ぶ、観る、する、支えるの4つの学習と掛け合わせるもの。オリパラ競技のアスリート選手、競技団体から障害者スポーツ団体、オリパラスポンサー企業、国際活動組織、大使館、障害者支援団体など多彩かつ懸命にダイバーシティ&インクルージョン実現の道を切り開いている方々ばかりです。すべてのプログラムが掲載されたプログラム集を各校が検討して依頼。授業スタイルは学校訪問授業、校外学習そして学習資料提供の3方向です。ボランティアマインド、障害者理解、スポーツ志向、日本人としての誇り、豊かな国際感覚を学び取る効果を期待しています。
すでに100校を巡った人気プログラム「パラディスボール」
わたくしがまとめ役をしている会議体「パラディス」(★文末にて解説)では開発した「パラディスボール」の体験授業を提供しています。いつでも、どこでも、だれとでもできるボールゲームとして考案し、運営しています。いつでもやりたい時に場所を選ばずに、様々な特性のある人も一緒に楽しめます。これもインクルーシブ・スポーツの一つのカタチです。ごく簡単に説明すると、目隠しするボールゲームです。ゴールボールを基本にブラインドサッカーを融合させたものです。スポーツにおいて制限することで面白くなっている競技がたくさんあります。ボールゲームの王様サッカーは手を使ってはいけません。でも手を使えないから広い競技場を駆け巡る熱い競技になりました。逆にバスケットボールは足でボールは扱えません。足が使えたら危なくてドリブルもできませんね。パラディスボールの制限は目が見えないことです。一般的に人間は情報の90%を視覚から得るものです。見た目での判断を奪われることに対する不安がやがてスリルに変わり、最後には楽しさに昇華するのがパラディスボールです。ルールの概要は以下の画像データを参照ください。
ゲームは至って簡単です。1つのコートに4チームづつ。2つのチームが互いの守備ラインに対してボールを転がすか、投げるか、蹴りこんで、後ろに抜けたら得点です。守備側は全身を使って止めます。相手に届くまでにボールが床に二回以上着かなければいけません。ダイレクトやワンバウンドの場合はレッドカード退場。実にシンプルです。
しかし目隠しをしています。ボールが相手に止められても、得点しても、サイドに外れてもそしてレッドカードになろうと見えない、わからないのです。これではゲームにならない見えないボールゲームですから4チームの残る2チームが必要です。この2チームがサイドラインに立ち、ゲームの目となり、支える「お世話」で成立するゲームなのです。サイドラインに並んで人間の壁となり、外れてしまったボールを止めます。出してしまった逆のチームにボールを渡します。でも相手は見えませんから届けに行って手渡します。手渡すにも工夫が必要です。
基本はまず「ボールだよ」と声をかけます。
それだけでは特定できないので、渡したい相手の肩をトントン。
相手が両手を出したら、その上に優しく置く。
しっかり伝わらないと、ボールを取り落としたり、お腹にボールが当たって涙がこぼれることに。
次にやるべきことは目となって状況を声で教えること。得点したら、「はいった~」と大きな声と拍手で教えます。止めた場合も「止めた」または「止められた」。横に外れたら「横に出た」と。ボールの行方を「ケンちゃんの右足の下」とか「ユキちゃんの方に行くよ」などと具体的に教えます。これはスイカ割りや福笑いに近いですね。でもふつうは喜ばれるサポートも厳禁なのです。それは応援。「がんばれ~」「行け~」「カッコイイ」と応援すると、大事な言葉が聞こえません。ボールの転がる音が掻き消えてしまいます。応援はできないというこれもあり得ない初体験です。
ボールの音を聞き取るのは大変です。ここでしゃべるボールの登場です。使用するのはブラインドサッカー公式球である音の出るボールです。フットサルボールの内側にビーズの詰まったコーナーが貼られており、シャラシャラと音がします。目隠しをして集中すると聴覚で空間を感じる実感を体験できます。でもこの音も無駄な音を立てると聴こえなくなるのです。
さあ、始まるとシンプルなゲームにすぐに夢中に。お世話役のチームも大活躍。1年生は自分のことで精いっぱいと思われますが、あっという間に自分の動作にしてしまいます。一度の授業ではほぼ全員で2ゲーム程度の実施となりますが、全員が面白さに興奮。お世話の面白さも多くの生徒が声にしてくれます。支えられる安心さと支える喜び。これは講演や現場実習でもなかなか伝えにくいものです。それを自分のものとして気づき、楽しんで身に着けてくれる…それがパラディスボールの他に類を見ない長所です。昨年9月後半から開始して平成29年12月時点で100校を超えました。1校1学年から全校実施まで。ニホンカモシカが校庭に現れる奥多摩から、神津島まで、小学校から定時制高校にも。実施は1時間に満たない出張授業です。その短時間での心理変容「気づきのきっかけ」を実現するのは責任重大ですが、かなりの成果をあげられているのではないかと自負しております。
パラディスボールは実施に場所、人数などの制限が少なく経費も交通費のみですのでプログラム授業のお試しとしての役割も果たしています。ここから本格的な取り組みに入っていただければと考えます。もちろんパラディスボールもレベルアップして運営することが可能であり、教員研修、企業研修にも活用開始しています。教室でもお茶の間でも実施できて、参加者も聴覚に不安のある方は目隠しを外したり、身体に不安のある方はパイプ椅子や車椅子さらにベッドで臨むことも自分たちで参加方法を検討します。
プログラムはインクルーシブな体験の数々
スポーツ以外でのインクルーシブ教育とのコラボ事例をいくつかご紹介しましょう。NPO法人日本障害者アイデア協会の提供する「バリアフリーグッズを作ってみよう!」では工作を通して知る障害者の日常とバリアフリー、アイデアの大切さをテーマにしています。スマホやタブレットの操作に便利なタッチペン。でも手に力の入らない人にとってはタッチペンでも重くて持てません。協会で開発した超軽量タッチペン工作キットで実際に工作し、使用の実績や可能性を学びます。
NPO法人日本障害者アイデア協会HPから学習教材 【超軽量タッチペンの工作キット】の報告記事
次はNPO法人両育わーるどの提供する「記号カラダンス」です。自発的にカラダを動かして自分ならではの記号を創り出すというインクルーシブなアクション。その記号をつないでいけば一曲のダンスに。講師にはプロの振付師、障害のあるメンバーも同行し、障害を越えた相互理解を体感してもらうものです。
障害や難病の当事者とともにその家族、支援者をサポートして社会を育てる両育が彼らのテーマです。これ以外にも福祉現場体験など連携団体とのプログラムを実施しています。その一つ一般社団法人プラス・ハンディキャップではパラリンピックに近いテーマ「障害者アスリートが語る、障害者との関わり方、障害者としての生き方」を提供。ウェブマガジン「Plus-handicap」は社会の一員として生きる障害者の生きづらさへの理解を目指すまさにハンディキャップの向こう側であるプラスを一緒に見つける活動をしています。編集長で代表の佐々木一成さんは両足と右手の障害を乗り越えて競技に挑戦。2020にはシッティングバレーでの出場を目指す日本代表候補です。佐々木さんが授業の講演で語るリアルな存在としてのアスリートであり生活者である障害者そして共有する社会価値観は生徒たちに深い感動を与えています。
この夏、新たにコラムサイト「障害者スポーツの未来」を立ち上げています。未来の紐解きに期待しています。
学校を訪問していると保護者の方々や、別の取り組みで訪問される方々とも出会います。先月お会いしたのは東京都の東京教師養成塾の國分重隆教授と帝京大学教職センター石井友行客員准教授。これは豊かな人間性と実践的指導力を兼ね備えた人材を学生の段階から養成しようというもの。意見交換させていただくと、わたくしたちのような教育現場外の参加にも期待し、刺激をいただきたいとのことでした。これもまたインクルーシブ教育の展開だと実感しました。
キーワード「インクルーシブ」で見えてくる2020への道しるべ
紹介したオリパラ教育プログラムは実に多彩で深い貴重な事業です。2020の先にも継続しつつ、社会人向けにもまた全国にも展開してほしいものです。年末に振り返れば、甚大な災害や社会的問題などばかりが目立って辛さ、生きづらさを抱えている人々の嘆きが見えてきます。そういう日本すべてをインクルーシブにデザインする取り組みが求められます。どう方針を定めればいいのか?その道しるべはなにか?わたくしは実行するコンテンツによって参加者が受け取る確かなものが必要だと思います。それは「勇気」。字面が勇ましいのですが、はい・いいえをちゃんと言える…のような小さな勇気から不可能への挑戦を目指す勇気までを、そのコンテンツは届けてくれるか?です。英語の勇気をあらわす単語では courage がフィットします。2020に向けてまだまだ知らなかったことに気づき、きっかけを得て勇気を育てることがたくさんあるはずです。きっと皆さんにもだれかに小さな勇気を届ける種があるはず。一緒に育てていきましょう。
★会議体パラディスについて解説★
株式会社電通社内のダイバーシティ&インクルージョン研究開発組織「電通ダイバーシティ・ラボ」の障害者対応グループが、大日方邦子氏(現日本パラリンピアンズ協会副会長・2018平昌パラリンピック選手団長)ほか多数の方々に支えていただいて2014年に設立した会議体です。豊かなダイバーシティ社会づくりに邁進する、個人から大企業有志チームまで現在100を超える参加メンバー。月2回の会議が現在第92回開催。ダイバーシティ&インクルージョンビジネス研究開発を使命とします。その成果物の一つがパラディスボール。お世話の重要性を社会人に展開したダイバーシティ・アテンダント検定。パラレルに存在する課題や目標を多彩なメンバーのディスカッションによってパラディス=理想郷を実現します。