ファンタジーの世界をリアルで体験?!「本気のクレージー」を追求する兵庫・匠工芸の挑戦
「すごいものをつくってしまったなあ」
兵庫県高砂市のプラスチック加工会社、匠工芸には「武器屋」がある。ハードボイルド系ではなく、ファンタジー系のゲームやアニメでおなじみの武器屋だ。やや重めの扉を押して中に入ると、壁にかけられたさまざまなサイズの剣やオノ、杖などが目に飛び込んできた。床には光る魔法陣がある。ガチだ。
「武器はこれまでに40種類以上はつくったかな」と匠工芸代表、折井匠さん(43)。ゲームやアニメに出てくる武器さながらの質感に精巧なデザインだが、これらはなんとプラスチック製。プラスチックを扱うプロである折井さんの技術が詰まっている。
子どもの頃からアニメ「機動戦士ガンダム」や「ドラゴンクエスト」(ドラクエ)などのゲームが大好きだった折井さん。ガンダムのプラモデルで“ものづくり”にはまり、高校卒業後はプラスチック加工会社で技術を身につけた。2008年に独立して匠工芸を設立。借金をして精密加工機械を購入し、企業のショーケースや看板などを手がけたが、利益を出そうと必死に働くほど、心は荒んでいった。
そんな折井さんに、「ものづくりを通して人とつながり、笑顔にする」という創業時の気持ちを思い出させたのが、剣づくりだ。約10年前、姫路市で行われたコスプレイベントで出会った参加者のために、軽くて細部の意匠にまでこだわった剣を制作。約4か月後のコスプレイベントに持っていくと、参加者は目を輝かせて喜んでくれた。
それからは、看板製作などと並行して武器を作り、武器造形ブランド「TAKUMI ARMORY(タクミアーマリー)」を立ち上げてコスプレイベントやゲームショウなどに出展。武器を手にした人たちの喜ぶ姿を見て、折井さんもうれしくなった。「なんで大人に剣が必要なんだ」と言われることもあったが、徐々に折井さんの思いを理解し、助けてくれる仲間も増えていった。
魔法陣バージョンにRPGバージョン……「くすっと笑えるものを」と手がけた飛沫防止パーティション
2016年には、「外国人に本気のクレージーを伝えたい」と、デザイナーや兵庫県三木市の鍛冶職人と、刃に3つのハートが付いた「ロリータ包丁」やチョウの羽根をかたどった「ゴスロリ包丁」を製作。遊び心を忘れない、本気のものづくりは次第に受け入れられ、老舗劇団や大手テーマパークから舞台装置や大道具、装飾などの制作で声がかかるようになった。今や、売上の約4割を舞台美術、約1割を武器が占めるという。
そして2020年、会社の一角で「武器屋」を開業した。コロナ禍で看板などの受注が減ったが、病院や飲食店、企業向けの飛沫防止パーティションの需要が高まり乗り切った。ここでも、一般の製品に加えて「コロナ禍でもくすっと笑えるものを」と集中線や魔法陣、ロールプレイングゲーム(RPG)のコマンドをモチーフにしたパーティションを販売。受け入れられるかどきどきしたが、これまでに計約550枚が売れたという。
今夏、虫好きにはたまらないサングラスを発売
さらに2021年7月、満を持して世に送り出したのが、カブトムシやクワガタムシ好きのためのサングラス「ON THE BEETLE(オンザビートル)」だ。
折井さんが眼鏡店「メガネのたかはし」(本店・加古川市)の高橋圭介代表取締役から「この世にない眼鏡を作ってくれませんか」と依頼されてから4年。子ども時代からの“わくわく”を詰め込み、サングラスのフレームをカブトムシとクワガタムシにしてしまったのだ。
スタイリッシュに人間味を抑えるミラー加工を施したレンズから、「KABUTO(カブト)」は角が1本、「KUWAGATA(クワガタ)」は2本の角がそびえる。色はカブトがゴールド、クワガタはシルバーだ。見た目はかなりいかつく重そうだが、フレームはベータチタン素材を使っているため意外と軽い。かけると強くなったようで、テンションが上がる……!
価格はそれぞれ24万円(税込)。眼鏡フレームやサングラスの企画・デザインなどを手がける「オンビート」(福井市)の協力を得て、メガネの産地である福井・鯖江の職人の技術を結集した。お値段は気になるが、見た目の格好よさやサングラスとしての機能、耐久性は折り紙付きだ。過ぎゆく夏を愛おしむアイテムとして、購入する猛者が現れることを期待したい。
自作の剣で巨大モンスターと戦えるアトラクションをつくりたい!
そして折井さんが、新たな夢としてチャレンジするのが、「巨大モンスターと剣でバトルできるアトラクション」づくりだ。会社の2階に専用スペースをつくり、縦2.2メートル、横2.4メートルのLED画面に映し出された「黒騎士」と、武器を手に戦えるという。
折井さんが剣を作り始めて約10年。3年目ごろに「この剣とこの剣、どっちが強いのかな?」と疑問がわいた。「実際に戦って試してみたい!」とアトラクションづくりを実現できる会社や個人を探したが、なかなか見つからなかった。
ところが2020年に出展していたエンターテインメント系の展示会で、遊園地などでモンスターと戦えるシステムを作っている会社を見つけた。アトラクションについて相談したところ、「できるかもしれない」との返答。対象物までの距離や位置などを感知するセンサーを活用し、プレーヤーが持つ剣の動きに合わせてLED画面に映ったモンスターに切りつけられるシステムが作れるというのだ。あきらめかけていた夢が動き出した。
現在、構想中のアトラクションの流れはこうだ。プレーヤーは町工場にある武器屋で冒険者証を提出し、「魔法の剣」を受け取る。匠工芸の剣であれば、持ち込みも可能だ。そこから物語のヒロイン、モンスターに国を侵略され、囚われの身となってしまったハーフエルフの案内で、工場の奥に潜んだモンスターのところへ向かうと、バトルが始まる。
特筆すべきは、VRゴーグルなどの特別なデバイスを使わずに、ファンタジーの世界にどっぷりつかれることだ。「ファンタジーの世界をリアルに創造する」べく、セットも徹底的につくりこむ。こだわりの衣装に身を包み、剣を手にして戦えるだけでなく、同行者とも体験を共有できる。SNSなどでも雄姿を伝えられる。
そんなアトラクションの費用は見積もって2000万円。自分の夢を形にするため、借金する覚悟は決めたが、「ひょっとしたら、同じように『モンスターと戦いたい』と思っている人がいるのでは」と9月12日までクラウドファンディングで支援を募る。
「剣を作ってコスプレーヤーさんたちに撮影の楽しみを提供できるのもうれしいけど、僕の夢もかなえたい。剣を振って、本当に異世界に行った気になれるような体験を僕もしたいし、たくさんの方にして、喜んでもらいたい。大変やけど、僕のやりたいことやし夢やから、全力で走るのも間違っていないんじゃないか」
現在、2022年春のオープンを目指してプロジェクトを進める。折井さんは「ゆくゆくは、弱い、強い、ラスボスとたくさんのモンスターと戦える宿泊型テーマパークを作りたい。一緒にファンタジーの世界をリアルで作りましょう」と協力を呼び掛ける。
まったく折井さんの「クレージー」な情熱は底知れない。だけど、大人が本気のものづくりをする姿は格好いい。ファミリーコンピュータに夢中になった子どもたちが大人になり、ゲームやアニメ、コスプレの世界は広がり続ける。昔も今もファンタジーの世界にあこがれ続ける1人として、筆者も折井さんを応援したい。
写真=筆者撮影、匠工芸提供