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テニス下部大会で顕在化する新ランキングシステムの功罪。不正防止、若手支援のはずの改革で何が起きたか?

内田暁フリーランスライター
BNPパリバOP優勝者のアンドレスク。去年は日本のITF25000に出場していた(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 毎年3月の声を聞くと、テニスファンや関係者たちの目は、一斉に北米へと向けられる。

 いずれも“第5のグランドスラム”を自負するBNPパリバ・オープンとマイアミ・オープンの2大会が、計4週間かけて、インディアンウェルズとマイアミの2都市で開催されるからだ。両大会ともに、青を基調とするコートに光と影のコントラストを描く、まばゆい陽光がシンボル。ゆえにこの2大会を制する快挙は、『サンシャイン・ダブル』と呼称される。

 

 その陽の光が当たる場所の裏で、複数の下部大会が世界各地で開催されているのは、あまり知られていない事実かもしれない。日本国内に限っても、この4週間で横浜、西多摩、そして甲府の3都市で、ITF(国際テニス協会)主催の賞金総額25,000ドル女子大会が、4大会開催された。

 

 今年、それらのITF主催大会で、ある異変が起きている。

 出場可能な選手の最低ランキング(カットオフ)が、大幅に上がっているのだ。

 カットオフの数字は流動的ではあるが、ITF25,000ドル大会なら、昨年までなら300位台~500位程度が一般的。それが今年は、250位前後である。さらにもっと顕著なのは、予選ドローのカットオフ。昨年までなら、1000位あたりや、場合によってはランキングのない選手も出られたが、今年3月に日本で開催された大会のそれは、400位台後半だった。

 この変化の理由は明確で、今年からITFが導入した新ランキングシステム、及び、厳格化された大会スケジュールの規定にある。

 ITFの構造改革プランが広く公になったのは、2017年春のこと。当初は「プロ選手は男女各750名になる」というフレーズが衝撃的に報じられたが、その主眼は、ATPおよびWTAランキングを持つ選手の人数を制限し、代わりに、その下部に異なるランキングシステムを設けることにある。

 

 ITFは、このような構造改革に着手した主たる理由を、「ギャンブルを巡る不正取引が下部大会で氾濫したから」だと説明した。賞金では食べていけない選手たちは、八百長の誘惑に心が揺れやすい。そこで世界ランキングを持つ選手の人数を規制し、「プロ」を名乗る選手は、賞金等で“食べていける者”に限るようにしようというのが、構造改革の勘所である。

 

 では、具体的にどう変わったのか? これがまた複雑なことに、男女ではシステムが多少異なるので、ここでは女子大会に限って触れていく。

 まずは、従来はITF大会ではどのグレードでも成績に応じてWTAポイントが手に入ったが、今年からは、最もグレードの低い賞金総額15,000ドル大会では、WTAポイントは入手不可。15,000ドル大会は“トランジッションツアー”と通称され、ここでは“ITFワールドテニスランキングポイント”という、WTAポイントとは基本的に互換性のない得点が手に入る。

 そしてこのポイントを貯めて、トランジッションツアー内での順位を上げていくことで初めて、WTAランキングポイント獲得可能な、25,000ドル大会への出場権が得られるというシステムだ。なお15,000ドル大会では、32名の出場枠のうち5枠が、トップジュニアに充てられている。そうして25,000ドル大会では、5枠がトランジッションツアー上位者用だ。

 

 もう一つの今年からの大きな変更点が、大会開催期間を、予選も含め月曜から日曜日に限るようになったこと。このため、昨年までは予選のドローが32枠の大会も多かったが、これではスケジュールが消化できないとして、今年は24枠に規定された。前述したように、予選のカットオフが大幅に上がったのは、これが主な原因である。

 その結果、最も煽りを受けることになったのが、従来なら上位大会に出ていたであろう選手が上から流入し、下からはトランジッションツアー用に5枠を削られた25,000ドル大会だ。この変化は、昨年までのフォーマットを参照にランキングを上げてきた選手が思い描く、今季の青写真に大きな影響を及ぼしている。例えば、プロ2年目で現在19歳の本玉真唯は、25,000ドル大会の本戦を主戦場とすべく、300位台到達を昨シーズンの目標としていた。そうして狙い通り367位で今季を迎えるも、待っていたのは、本戦どころか予選出場すら怪しいという現実。

「いや~、ちょっと計算外でした」と、若手の旗手は苦笑いをこぼした。

 

 恐らくは、ITFの想定以上に上位選手への影響も大きいこの新システムには、選手間から多くの反対の声が上がっている。Facebookなどでは、従来に戻すよう訴える署名活動が活発化。また、ラファエル・ナダルの叔父でテニスコーチのトニー・ナダルも、SNSを通じて「このシステムでは、裕福な若い選手でないとスタートすら切れない。ジュニア大会を転戦するお金のない子どもはどうすれば良いのか? あるいは、まずは学業に専念し、そこからプロになろうとする人はどうすれば良いのか? 元のシステムに戻すべきだ」と訴えている。

 確かに、プロやツアーへの順路を整備することは、そこから外れる者を弾き出したり、上位への道の多様性を封じかねない。現在世界1位の大坂なおみも、ジュニア大会にはほぼ出ずに、14歳からプロ大会で戦いながら、頂点への道を独力で切り開いた一人だ。

 実際にはITFとしてもまだ、構造改革に関しては手探りの中にある。予選ドローを32に増やす変更を加えたのは、その証左。現時点では、反対派とITFの対立構図が顕在化しているが、誰もが最終的に目指すのは、向上心と潜在能力に満ちた選手たちが、多くのチャンスを得られる世界のはずだ。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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