金正恩の罠にかかった若手エリート「夫婦生活」の天国と地獄
自国通貨が信用を失い、国民の日常生活や企業活動で外貨での支払いが当たり前のように行われている北朝鮮。国内で流通する外貨の総額は、北朝鮮当局から見ても非常に魅力的な規模に達していると考えらえる。
深刻な外貨不足に悩まされている当局は、様々な手を使って国内市場で流通する外貨を吸収しようとしている。贅沢品が並ぶ外貨ショップや、コーヒー、ハンバーガー、ピザなどファストフードレストランの経営といったソフトな手法もあれば、強引に外貨を奪うようなハードな手法を動員することもある。
今回紹介するのは、当局が金正恩氏の指示に基づき、高級住宅をネタにして、若手の特権層から外貨を騙し取ったというものだ。その舞台となったのは、平壌市内の牡丹峰(モランボン)区域の興富洞(フンブドン)という地域にある高級集合ヴィラだ。
(参考記事:女性少尉に「性上納」を強い続けた、金正恩「赤い貴族」の非道ぶり)
この住宅の半分以上が空室となっているのを知った金正恩氏は2017年、国主導の競売にかけることにした。もちろん表立ったものではない。
この住宅、築年数はかなり古くとも、最高学府の金日成総合大学と、外国人観光客も訪れるメーデースタジアムに囲まれ交通も至便、また、風水でいうところの「背山臨水」(山を背にして川に臨む)の超一等地にあり、「まるでヨーロッパの森の中の別荘のようだ」と評されていた。元々は功労のあったスポーツ選手、芸術家、科学者に最高指導者からの「贈り物」として与えられたものだった。
そんな超の付く高級物件が競売にかけられたという噂は、平壌市民の中でも最上級クラスの1%の人々の間でのみ広がった。価格は2017年当時で20万ドル、当時のレートで約2300万円という一般庶民には天文学的な額で、平壌中心部の中区域の高級マンションの1.5倍から2倍の価格だった。
噂を聞きつけて動き出したのは、不動産業界で「クンソン」(大物)と呼ばれる人々だった。とは言ってもヤクザの類ではなく、中央党(朝鮮労働党中央委員会)で核、ミサイル開発に必要な部品を海外から調達し、研究・分析する11局で働くエリート官僚たちで、留学経験を持つ30歳そこそこの若い夫婦たちだった。
競売に際しては当局内で「カネの出所も落札者の素性も一切、不問にせよ」という内部指示が出ていた。大金を投じても、不正蓄財などを追及される心配がないということだ。そのため彼らは心理的な負担なく競売に入札し、次々と落札した。結局、物件の9割が彼らのものとなった。
それから2年後の2019年末。とんでもない話が降って湧いた。金正恩氏が、功労のあった11局の幹部らに、高級マンションを「贈り物」として与えるというのだ。一般職員には中区域のマンションが、室長、所長クラスには万景台(マンギョンデ)区域の新築マンションが与えられた。それも、秘密保持のための特別管理区域にあり、入口に歩哨の兵士が立つ、警備が厳重なエリアだ。
ここに移るに当たっては、20万ドルも出して購入した興富洞の高級住宅の居住権を、返上しなければならない。金正恩氏からの贈り物とあって、新しい住宅への入居を拒否することもできなければ、売却することもできない。そんなことをすれば政治犯と見なされかねないからだ。
人もうらやむ高級ヴィラで甘い生活を送っていた若手エリート夫婦は、突然その暮らしを奪われ、同時に大金を巻き上げられる形となった。
金正恩氏は、彼らに築年数が古くとも質が保証されている高級住宅を捨てさせ、質に問題のあるかもしれない新築マンションを押し付け、その差額を国庫に納めるという詐欺的な手法を使ったのだが、実は同じやり方を3回も繰り返しているとのことだ。
その日暮らしの一般庶民も、贅沢三昧のエリート官僚も、結局のところ何の権利も保証されないというのが、北朝鮮の現実だ。