無念の出場辞退から半年、関東第一の新たな歩み
高校サッカーファンの誰もが心を痛めた出来事から半年、関東第一高校サッカー部は、再び全国大会への出場権を獲得した。
6月、全国切符をかけて東海大高輪高校と対戦した東京都大会の準決勝は、PK戦にもつれ込む接戦になった。一番手のキッカーとして相手に止められてしまったGK遠田凌(3年)が相手2人を止める強心臓の活躍を見せて逆転勝利。
歓喜に沸く選手たちから少し離れた場所で取材に応じ始めた小野貴裕監督は「ちょっと、選手に『おめでとう』だけ言わせてもらえますか?」と言って報道陣の輪から離れると、PKを外した2人の選手を抱きしめて「ありがとう、おめでとう」と声をかけた。絶対にもう一度、全国へ――例年とは少し違う感情を持っている選手たちは、涙を流していた。
小野監督「全国は、どっちを待っている?」
昨年12月から今年1月に行われた第100回全国高校サッカー選手権。東京都代表として出場した関東第一は、準々決勝で優勝候補の一角だった静岡学園高校(静岡)を破って準決勝へ進出した。
開幕戦でもプレーした国立競技場で大津高校(熊本)と準決勝を戦う予定だったが、その前日、チーム内に新型コロナウイルス陽性者が出たことにより、出場辞退か出場チームとは非接触のバックアップメンバーでの出場を選択せざるを得なくなり、無念の辞退を余儀なくされた。
今年度の新しいチームは、その経験からどんな力を得ているのか。小野監督は「本当に難しい」と言った後、試合前に選手にかけた言葉を明かした。
「ちょっと格好つけた言い方になっちゃったんですけど『全国は、オレたちと高輪のどっちを待っていると思う?』って、選手に言いました。やっぱり、昨年のことがあるから。全国に行きたい気持ちは、五分。高輪さんがという意味ではなく、どこの相手とやっても、今回で言うなら(前回の選手権から)直近の大会でうちが全国に出るというのは、すごく意味のあることかなと思います」
新チームは大苦戦のスタートから強化
昨年の出来事から、次年度のチームに期待をかけてくれる人たちの存在は、誰もが感じていた。しかし、今年度のチームは当初、まったく結果が出ずに苦しんでいた。今季は、昨季の東京都1部から昇格してプリンスリーグ関東2部を戦っているが、6試合を終えて最下位に沈んでいる。
3年生は皆、昨年度のチームが道半ばで挑戦を終えた悔しさも、先輩たちが中心となり、全国4強という景色を見せてくれた意味も感じている。しかし、だから、例年以上に、勝利に対する義務感や焦り、プレッシャーが生まれやすい。「全国が待っている」は、そんな状況を察した指揮官が、現実から目を背けることなく、なおかつ選手に楽しむ気持ちを持たせるために発した言葉だった。
昨年から主力で全国大会でもゴールを決めたエースストライカーのFW本間凛(3年)は「あれで、みんな緊張が飛んだと思います。もう全国行くしかないって。誰もが思っていたけど、それがもう一段上がって、今日が始まりだという感じに思えました。監督があんなことを言うのは、ないというか。言い切っちゃうんだ! と思って。監督がそう言うなら信じよう、やるしかねえって。監督が火をつけてくれたというか、背中を押してくれました」と小野監督の表現に驚いたことを思い出し、少し笑った。
エースFW本間「あの場所に戻るために」
半年が経ったが、夢の日本一まであと2勝というところで辞退を余儀なくされ、スッキリと気持ちを切り替えられるわけはない。本間は、昨年度の全国決勝を見ていない。見たい気持ちはあったが、自分たちがいたかもしれないと思うとやり切れず、早く時間が経ってほしいと思い、寝ていたという。
無念の辞退からの歩みは、自分たちが最上級生として迎える代の挑戦というだけでなく、先輩との約束を果たすための道のりでもある。
「最初に辞退と決まったときは、泣くとかじゃなくて、本当かな? やれるんじゃないの? って思っていました。受け止めるしかなかったですけど、どうしても晴れないので、あの気持ちは。(昨年度の3年生で主力だった肥田野)蓮治君や、(池田)健人君と話して『絶対に戻れよ』って言われて、あの場所に戻るために、この6カ月間やって来たので、何とか3年全員でやるしかないと思っていた。やっと恩返しができた」(本間)
昨年の3年生に誓った日本一への再挑戦。その思いが強く、新チームが成績面で苦しむ中、本間は独力で状況を打開しようと焦り、小野監督にたしなめられたという。5月になり、ようやく周囲を生かしながら点を取る昨季と同じスタイルを取り戻した。シーズン序盤は、焦ったり、自信を失ったり。みんなが苦しんできた。だからこそGK遠田は「最初、10チーム以上出ていた大会で最下位。失点も多くて、オレじゃ守れないのかなとも思った。今年のカンイチはダメだと言われていたけど、その印象を全部変えたい」と今季のチームで臨む全国大会に強い意気込みを示した。
我慢比べを制して全国へ、主将・矢端「これが、うちのスタイル」
全国切符を勝ち取った東京都大会の準決勝は、我慢比べだった。押し気味の時間に点が取れず、選手交代で攻撃力を増してきた東海大高輪の流れに傾いた。それでも、関東第一は、チームとして焦れず、やや守勢になってもバランスを崩さず、しっかりと相手の攻撃を受け止めて反撃を狙い続けた。少しずつ相手にペースを握られたため、理想的な試合運びには見えなかったが、主将を務めるDF矢端虎聖(3年)の感覚は、まったく異なった。
「これが、うちのスタイルだと思います。めっちゃ点を取られるでも、取るでもない。継続力という言葉が練習中から出ているけど、攻守のバランスの継続力を東京で一番持ったチームが、うちでありたい。これこそが、うちの勝ち方かなと思います」
昨年の経験があるから焦りが生まれやすい。その状況で、どこよりも我慢強く戦えるようになった。それが、苦しみながら鍛えられた今季のチームの強みだ。彼らは、先輩たちの、無念の辞退に打ちひしがれた姿だけを見てきたわけではない。静岡学園の圧倒的な攻撃に耐えて4強進出を果たした姿も見てきた。矢端は、こうも言った。
「自分たちは、全然勝てなかった世代なので、どの世代より成長したんじゃないかという自信があります。昨年の先輩は、自分たちよりはるかに我慢をして、あの結果に結びついた。見習うというより超えていかないといけない存在」
幻のカードは、決勝で実現するか
関東第一は、大会初日の24日に九州国際大学付属高校(福岡)と対戦する。全国出場を決めたとき、本間は「全国では、今日より苦しい試合が絶対にあると思うけど、僕は絶対に大津とやりたい。何回戦でも良い。大津と関東第一がやるのを、全国の人や、両チームの先輩に見せたい」と話していた。大津は、反対のヤマ。つまり、決勝戦でしか対戦し得ない。苦しみを乗り越えて進む関東第一は、どこまで勝ち進むのか。幻となったカードは、後輩の代で実現するのか。1回戦から決勝戦まで7日間、熱い戦いが始まる。