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「はやぶさ2」再突入カプセル火球撮影にスペースXのスターリンク衛星が映り込み

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
1回で60機の衛星を打ち上げるスターリンク衛星。Credit : SpaceX

2020年12月6日未明、JAXAの小惑星探査機はやぶさ2から切り離された試料コンテナの入ったカプセルが大気圏に再突入した。カプセルは6日未明に明るく輝く「火球」となってオーストラリア南部から観測された。JAXAのカプセル回収班は、カプセル着陸予定地点のウーメラ立入制限区域に比較的近いクーバーペディの町から、火球が光跡を描いて降下する画像を撮影し6日に公開した。

オーストラリア南部のクーバーペディから観測した「はやぶさ2」再突入カプセルの火球(右上から中央を横切る線)。その左上に伸びる短い光跡は、スペースXスターリンク衛星の1機と考えられるクレジット:JAXA
オーストラリア南部のクーバーペディから観測した「はやぶさ2」再突入カプセルの火球(右上から中央を横切る線)。その左上に伸びる短い光跡は、スペースXスターリンク衛星の1機と考えられるクレジット:JAXA

再突入カプセルの火球は、南十字星を背景に美しく尾を引いている。そして火球の横に、もう一筋の短い光跡が見える。12月6日当日、JAXA宇宙科学研究所のプレスルームでは再突入カプセルと、はやぶさ2の探査機本体が共に映っているのでは?と色めき立つ声もあった。だが、すぐにそうではないことがわかった。

はやぶさ2の重要ミッションで共に映っている光跡は、イーロン・マスク率いるスペースXが2019年から打ち上げを続けている世界規模の低軌道通信衛星網「スターリンク」の衛星の1機だと考えられるのだ。

カプセルが大気圏に再突入し、高度80~40キロメートルまで降下しながら火球となって見えていた「火球フェーズ」は、オーストラリア現地時間で12月6日午前3時58分49秒から3時59分25秒までとなる。また、クーバーペディの町から見てウーメラ立入制限区域は南東にある。人工衛星の軌道情報ツール「Heavens Above」などで調べてみると、時刻と方角が一致するスターリンク衛星は2020年7月打ち上げのSTARLINK-16922020年1月打ち上げのSTARLINK-1190であるようだ。

※JAXAより、衛星はSTARLINK-1190と推定されるとのご指摘をいただきましたため、訂正いたします。(2020年12月23日)

スターリンク衛星は、打ち上げから間もない時期は太陽の光を反射しやすく、日没後や夜明け前の夜空で明るく輝いて見えることが世界各地で何度も報告されている。はやぶさ2の再突入カプセル観測に映り込んだSTARLINK-16921190は、打ち上げから10カ月近くかけて見えにくくなる調整が行われてだんだんと暗くなってきており、クーバーペディから最大で4.3等級で見えていたと予測されている。肉眼では見えにくいが、夜空の撮影のために露出を調節していたカメラには映る程度の明るさだったようだ。

はやぶさ2の再突入カプセル撮影に、意図しないスターリンク衛星が映り込むことで観測の妨げになるといった懸念はあるのだろうか? 国立天文台 天文情報センター特任研究員で石垣島天文台勤務の堀内貴史さんは、取材に対し「カプセルが大気圏に入れば、増光し通常の人工衛星よりずっと明るくなるので、多少スターリンクなどの衛星が映り込んでいても、再突入カプセルの観測を妨げることにはならないと思います」と回答した。はやぶさ2プロジェクトチームが事前に予測した再突入カプセルの火球の明るさは、マイナス7等級から9等級程度だ。金星が最大に明るいときよりもさらに明るくなると考えられていたため、スターリンク衛星が明るすぎてカプセルを撮影できないといったことは考えにくい。また高度550キロメートルを周回しているスターリンク衛星よりも、高度80キロメートル以下を飛行している再突入カプセルのほうがはるかに地上との距離は近い。

衛星インターネットと天文学、共存の道はあるのか

スターリンク衛星の映り込みが火球観測の妨げとはいえないにしても、多くの人が見守ったはやぶさ2ミッションの山場に意図しない人工衛星が見えていることに対して疑問が残る。スペースXのスターリンクを初め、OneWeb、ジェフ・ベゾスのAmazon衛星網「Project Kuiper」など世界でいくつも計画されている1千機、1万機といった多数の衛星を打ち上げる「メガコンステレーション」型の巨大衛星通信網は、光害や電波天文台への干渉など天文学への影響が懸念されている。

国立天文台は2020年4月から6月にかけて石垣島天文台の「むりかぶし望遠鏡」によるスターリンク衛星の観測を行い、衛星の表面を黒く塗装した「ダークサット」は塗装していない衛星に比べて、太陽光の反射率が半分程度に抑えられていることが実証されたと発表した。堀内貴史さんはこの観測を行い、成果は米国の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に12月7日発表された。「位相角(太陽-衛星-観測者のなす角)など諸々の条件がほぼ同様であれば、STARLINK-1130(ダークサット)は通常のスターリンク衛星に比べて、1等以上(光の量でいうと2.5倍以上)暗いことが見込まれます」(堀内さん)という。

再突入カプセルの火球に映り込んだと見られるSTARLINK-16921190はダークサットではない通常の衛星であり、塗装による明るさ低減対策はされていない。それならばスペースXがスターリンク衛星をダークサットタイプに入れ替えて光害対策が進むのかといえば、必ずしもそうではない。スペースXは2020年1月、光害低減を目的としたダークサットの試験衛星を打ち上げたものの、衛星が熱を持ちやすいことから、衛星に太陽光を遮る「ひさし」のようなものを取り付けた「バイザーサット」へと対策を切り替えており、現時点ではダークサットを増やす計画はない。また、「 写真撮影では多少目立ちにくくなる場合があるかもしれませんが、それでも飛跡は残るかと思います」(堀内さん)といい、ここぞという撮影でスターリンク衛星の映り込みが起きるケースは、はやぶさ2のカプセル再突入に限らず今後も起きる可能性が高い。

スペースXは、米国内一部地域ですでにスターリンク衛星通信網のベータテストを開始している。日本でもサービス開始に向けて、電波天文や従来の通信衛星、地球観測衛星への影響を検討する会議が総務省で進められている。全世界規模の衛星インターネット接続サービスという大きな目標を持つ事業であり、地上の通信網が整備されていない地域へ接続手段を届けるという意味でもサービス開始を待ち望む人は多い。そう簡単に、衛星打ち上げを取りやめるといったことはないだろう。そんな中で、日本の国立天文台が観測を行うのはなぜか。

2020年4月10日にむりかぶし望遠鏡で撮影したスペースXによる衛星コンステレーション計画、スターリンク衛星の飛跡(右上から左下に伸びる直線)。クレジット:国立天文台
2020年4月10日にむりかぶし望遠鏡で撮影したスペースXによる衛星コンステレーション計画、スターリンク衛星の飛跡(右上から左下に伸びる直線)。クレジット:国立天文台

石垣島天文台のむりかぶし望遠鏡は、天体の明るさを3つの色(波長帯)で同時に測定することができる『MITSuME(ミツメ)』という装置を持っている。「ひとつの波長帯の測定では全体にどの程度まで影響が出るのかわかりにくいですが、衛星からの太陽光の反射率をひとつだけでなく、多色で、各波長で調べることでより細かく、全体への影響を調べることがができます。三色同時撮像ができる観測装置はそもそもあまり多くなく、三色同時撮像ができる『ミツメ』観測装置は、石垣島天文台を含めて日本に3箇所しかありません。」(堀内さん)といい、スターリンク衛星の影響の度合いを調べるため、国立天文台が装置の特色を活かして積極的に取り組んでいることが伺える。

「石垣島は、国内でもジェット気流の影響が少ない地域にあり、星の像が非常にシャープです。低緯度で位置的にもより多くの天体が見える地域であり、地上の光害が少なく観測しやすいというメリットもあります。星空を観測でも、星空観光という意味でも、衛星の光跡による影響を国立天文台として調査し、公表する意義があります」(堀内さん)と、石垣島天文台という場所にも意味がある。

スターリンク衛星の影響は、天文学という学術への影響だけでなく見る人の感覚という側面もある。はやぶさ2の再突入カプセルと共にスターリンク衛星の光跡が映った画像を見て、「無粋だ、ジャマだ」と考える人もいれば、電線の映る都市の景観を美しいと感じることもあるのと同様に、「人工衛星同士の共演」といった人工の美を見出す人もいるはずだ。

インターネット接続を提供する衛星という生活のインフラのメリットを活かしつつ、学術にも、人の美観の意識にも受け入れられる衛星通信網はできるのか。衛星全廃か、天文学の全面的な譲歩かという0か1かといった議論ではなく、共存の道を模索するために天文学者は観測を続けている。現在、スペースXが打ち出しているバイザーサットの効果はまだ評価が進んでいない。今後、バイザーサットよりもダークサットのほうが望ましい、またはその反対ということが定量的にわかれば、スペースXへより影響の少ない衛星への置き換えを働きかけるといったことも可能になる。どちらかといえば通信衛星のメリットを重視していた筆者だが、どこまで受け入れ、どこから先は譲らないのか、はやぶさ2の記念の日に映った光跡を見ながら考えている。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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