Yahoo!ニュース

見た目の悪いニンジンを収益性高く売る方法は?オハイオ州立大学1,300人調査と世界の食品ロス削減事例

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
(写真:イメージマート)

*本記事は『SDGs世界レポート』(1)〜(87)の連載が終了するにあたって、2022年1月4日に配信した『日本の小売が学ぶべき世界の小売の食品ロス対策と販売戦略、経営思想とは?SDGs世界レポート(74)』を、当時の内容に追記して編集したものです。

「経済をまわすためには、小売は閉店まぎわまで商品をたくさんそろえておく必要がある。そうしないと来店したお客さんが商品を選ぶことができない。食品ロスは必要悪だ」

「食品ロスを減らす必要はない。減らすと経済が縮む。家庭で食品がたくさん捨てられればまたそれだけ買ってもらえる。経済はそうやってまわっているんです」

食品ロス問題に取り組む者として対談や討論をしていて、そんな言葉を何度投げかけられたことか。いまだに「大量生産・大量消費・大量廃棄」という、昭和の時代のモノづくりから抜け出せない人は少なくない。

世界の小売業の中には、食品ロス問題に熱心に取り組んでいるところもある。そんな事例をひとつひとつ調べていくうちに、見えてくるものもあるかもしれない。

泥付きの野菜を店頭に並べる

英国の小売最大手テスコは2021年、約2,650ある同社のスーパーのうち、まず262店舗で、ジャガイモを泥付きのまま販売することにした。泥のついたジャガイモを売ることで、英国の家庭でもっとも無駄になっている食品といわれるジャガイモの食品ロス削減に取り組もうというのだ(1)。

泥付きのジャガイモ
泥付きのジャガイモ写真:イメージマート

1970年代まで英国では、スーパーでも八百屋でも、ジャガイモは泥付きのまま売られていた。泥が保護膜となって、ジャガイモが緑色になったり、水分が蒸発してしなびてしまうのを防いでいたのだ。実際にテスコがジャガイモ供給業者のブランストンと共同で行った実験では、泥付きのジャガイモは洗ったものに比べて2倍日持ちがよかったという。

見た目の悪い農産物をブランド化

また、同社は2016年に「完全に不完全(Perfectly Imperfect)」というブランドを立ち上げている。これはほんの少し見た目が悪かったり、サイズが規格に合わなかったりして、農場からの出荷時にはじかれてしまう果物や野菜を食品ロス削減の一環として低価格で提供しようというもの。

現在、イチゴ、リンゴ、ジャガイモ、ネギ、ニンジン、レタス、カリフラワーなど12種類の青果を取り扱っている。発売から5年間で5,000万パックが販売され、4.4万トンもの農産物が農場で食品ロスになるのを防いだ。同社では、この取り組みによって、「多少見た目が悪くてもテスコになら買ってもらえる」という安心感を農家や供給業者に与えることができたのではないかと見ている(2)。

英国だけではない。米国、ドイツ、イタリア、ニュージーランド、オーストラリアの小売も同じように見た目の悪い農産物や規格外の農産物を割引価格で販売している。

規格外農産物のさまざまなブランド(各社公式サイトより)
規格外農産物のさまざまなブランド(各社公式サイトより)

デンマークのコペンハーゲン大学の研究者は、農産物の見た目が食品ロスに与える影響に着目し、「見た目が消費行動において大きな役割を果たしている」と主張している(3)。

たとえば、店頭に黄色と茶色のバナナがあったら、多くの人は黄色の新鮮そうなバナナを選ぶだろう。しかし、この茶色の斑点(シュガースポット)は、バナナの腐敗ではなく、熟した印なのである。実際には、茶色の斑点のあるバナナの方が、香りもよく甘みも増していておいしいのだ。

見た目の悪い農産物は売れ残ると食品ロスになるが、そのほとんどは規格外ということで農場から出荷すらされない。これは経済にとっても環境にとっても大きな問題である。世界自然保護基金(WWF)と英小売テスコが2021年7月に発表した報告書「Driven to Waste」によると、全世界では25億トンの食品ロスが発生しており、そのうちの12億トンは農場で発生しているというのだ。

世界の食品ロス量25億トンの内訳(WWFの報告書に基づき株式会社office3.11制作)
世界の食品ロス量25億トンの内訳(WWFの報告書に基づき株式会社office3.11制作)

世界の食品ロスの半分が農場で発生しているとすれば、当然その対策が必要となってくる。国連食糧農業機関(FAO)は、欧州では農産物の食品ロスの21%が農場で発生していると報告している(4)。

また、経済の持続可能性を高める活動を行っている英国のエレン・マッカーサー財団は、欧州の大手の小売業者や消費者企業10社が、欧州の小麦、乳製品、ジャガイモの生産量の約40%に直接影響を与えていると指摘している(5)。

つまり、ひと握りの大手小売業者が決めた農産物の規格が、欧州中の農場の食品ロスに大きな影響を与えているということだ。そして、これは欧州に限らず、多かれ少なかれ世界中で言えることではないだろうか。

しかし、農場の食品ロスの責任を小売だけに背負わせることはできない。なんといっても消費者が見た目の悪い農産物を毛嫌いしていることがいちばんの要因なのだから。

ニュージーランドのオタゴ大学の調査では、子どもは形のそろったものより、ちょっといびつな野菜や果物を好む傾向があるという。子どもの頃にはいびつな形をおもしろがる心を持っていたのに、大人はいつその無邪気さを失ってしまったのだろう。多少見てくれが悪くても、味や鮮度に違いはないのに。

オハイオ州立大学の研究者は、小売による規格外農産物の販売について、食品ロスの削減や、そうした農産物を購入する消費者が一定数いることがわかったことは評価するとしつつも、そうした農産物を安易に低価格で販売することは、「外観の不完全な農産物は粗悪品であると価値観を固定してしまうことになる」と警鐘を鳴らしている(6)。

規格外や見た目の悪い農産物を扱うにしても、「見た目の悪い農産物だから価格を下げなくては」とか「見た目の悪い農産物は粗悪品である」という固定観念をいったん白紙に戻して、小売は販売戦略を練り直した方がいいのかもしれない。

ファーマーズマーケットの売り方にヒントがある

そのオハイオ州立大学研究チームによる1,300人を対象にした調査では、見た目の悪いニンジンに対する消費者の支払い意欲の転換点が分析されている。

調査からわかったことは以下の通り。

•消費者は見た目の悪いニンジンが少しでも含まれた束を嫌がり、そうしたニンジンが束に含まれている場合、支払ってもいいとする金額は常に定価よりも安くなる。

•見た目の悪いニンジンには「十分に栄養があり」、そして、それを買うことで「食品ロスの削減もできる」ことを提示すると、消費者は見た目の悪いニンジンが含まれた束でも、ある程度許容できるようになる

•しかし、「十分に栄養がある」と「食品ロスの削減もできる」の二つのメッセージのどちらか片方だけだと、消費行動に変化は見られない

•見た目の悪いニンジンのもっとも収益性の高い販売方法は、緑の葉っぱを残した見た目の悪いニンジンと普通のニンジンを4:6の比率で束にして、ファーマーズマーケットで販売することである

fresh carrots bunch on wood. Bunch of fresh carrots with green leaves. Raw food ingredients
fresh carrots bunch on wood. Bunch of fresh carrots with green leaves. Raw food ingredients写真:イメージマート

ファーマーズマーケットに来る客は、農産物に対して見た目の完璧さを求めていない。彼らは、農家から直接手渡されたものが見た目の悪いニンジンの混ざった束でも、緑の葉付きであれば、それが逆に収穫したてのようなリアルさを感じさせ、値引きされていなくても満足して買っていくのだという。

ファーマーズマーケットに消費者が求めるものに、規格外の農産物を活かすヒントがありそうだ。

ミールキット、規格外の野菜や未利用魚の活用

ミールキットとは、ある特定のレシピを作るために必要な食材や調味料を適量で提供できるように袋詰めされたもの。特にあまり使わないのに少量だと入手しにくい食材や調味料の無駄をなくすことができるのが長所である。また、ミールキットの多くは冷凍してあるので長期間の保存も可能だ。場合によっては、すでに味付けまでしてあり、消費者は解凍してフライパンで温めるだけというお手軽なものまである。

ミールキットの調理例(筆者撮影)
ミールキットの調理例(筆者撮影)

通常だと市場に出まわらない規格外の農産物や、水揚げされても大きさや魚種、数量が需要に合わないため流通させにくい未利用魚もミールキットの食材になら活用しやすい。

生産者と消費者をつなぐ日本のネット通販サイト「ポケットマルシェ」によると、同社のサイトで「未利用魚」を含むキーワードの検索回数は、2021年には前年比13倍となり過去最高を記録し、「未利用魚」の売上げも前年比24倍と過去最高になったという(7)。

イリノイ大学の研究者によると、ミールキットの廃棄率は1桁台程度だという。製造段階での廃棄はほとんどなく、廃棄されるとしたら、腐敗や賞味期限切れなど製品の品質に関するものが原因だという(8)。

店舗で売れ残った生鮮食品をお惣菜にして販売する小売は多い。しかし、ミールキットに活用している小売はそれほど多くないのではないか。衛生面でハードルが高いのかもしれないが、消費者にとっては、さまざまな食材を買い集める必要もなく、調理もお手軽なミールキットはありがたいものだ。

ミールキットではないが、米国の小売ホールフーズやアルバートソンズでは、見た目の悪い農産物をパック入りの角切りフルーツやサラダなどに活用している。売れ残った完熟のアボカドはワカモレにする。魚を切り身にすると残ってしまう尾や腹の部分はシーフードスープにする。オーストラリアのウールワースでは、熟しすぎたバナナを利用して、2種類のバナナブレッドを焼き、店内で販売している。また、ドイツでは見た目の悪い野菜を使ったスープが売られているという。

ひと手間かけるだけで、食材は捨てずに活用できるのだ。

卵のばら売りで食品ロスを削減

仏小売大手のカルフールでは、これまで輸送中にパックの中の卵がひとつでも割れてしまうと、そのパックの中の卵はすべて廃棄していた。このような食品ロスを減らすため、同社では割れずに残った卵をバラ売りすることにした(9)。

カルフールでばら売りされている卵(出典:Carrefour公式サイトより)
カルフールでばら売りされている卵(出典:Carrefour公式サイトより)

ばら売りする卵は、飼育方法別にオーガニック、屋外飼育、放し飼いなど4種類に分けられて提供される。買い物客はわずか0.5ユーロ(約61円)で6個の卵を選ぶことができる。卵を入れる容器は棚に用意されている。

注)三菱UFJ銀行の2020年の年間平均為替相場(TTM)EUR1=JPY121.81で計算

この方法をまず30店舗に導入したところ、消費者にも好評で、わずか数週間で13,000パックが販売できたという。つまり、それまでは廃棄されていた卵が、6,500ユーロ(約80万円)で売れたことになる。

カルフールでは、この方法を全店舗に拡大し、今後は年間350万個の卵を捨てずに販売したいと考えている。金額にすると、約29万ユーロ(約3,500万円)の節約になる。食品ロスを防ぎ、おまけに結構な節約にもなるのだから、卵をきれいに洗浄するくらいの人件費ならどうとでもなるのだろう。

ダイナミックプライシングの導入

「ダイナミックプライシング」とは、商品やサービスの売れ行きに合わせて、価格を変動させる仕組みで、ハイシーズンとオフシーズンで価格の異なる航空運賃やホテル料金でおなじみである。価格は販売実績や足もとの需要をデータ化して変動させる。ただし、その場合、誰もが納得できる価格にすることが絶対条件となる。

イスラエルのスタートアップ企業ウェイストレスは、小売業者にAIを活用したダイナミックプライシングの導入を提案している。ダイナミックプライシングを採用することで、小売や外食産業は食品ロスを減らすことができる。価格を動かし、需要をコントロールすることで、在庫を最適化できるからだ(10)。

同社がスペインの小売業者と行った実証実験では、食品ロスを3分の1(33%)に減らし、収益も6.3%増加させることができた。現在、同社の技術はイタリアやスペインなどの3つの小売チェーンに導入されている。

小売は昔ながらの方法で、賞味期限の切れる4日前には20%の値下げ、2日前には40%の値下げというような価格設定をしているが、ウェイストレスのAIなら、売上のほか、賞味期限、日時、コスト、在庫、プロモーション、特別なイベント、競合他社など42に及ぶ指標に応じて、1日に2〜4回、店頭商品の価格を変更できる。

たとえば同社のダイナミックプライシングは、まず2%ずつくらいゆっくりと価格を下げ、その後、賞味期限が切れるまでの1週間で割引率をだんだんと30%程度に上げていくようなきめ細かな価格設定が可能だ。賞味期限の迫った商品を一律40%に値引きして販売するよりも、ダイナミックプライシングでゆっくりと価格を変動させる方が当然収益性は高くなる。

ウェイストレスのAIを活用したダイナミックプライシングを導入した店舗では、商品の値札を付け替えたり、商品を移動させたりする必要はない。その代わり、電子棚札には、異なる賞味期限に対応する複数の価格が表示される。たとえば牛乳の食品棚の電子棚札には、賞味期限が1週間に迫っているものは220円、2週間以上残っているものは280円とふたつの価格を表示させることが可能だ。

賞味期限の長さによって二種類の価格が表示された電子棚札(写真提供:wasteless)
賞味期限の長さによって二種類の価格が表示された電子棚札(写真提供:wasteless)

これまでは、消費者が賞味期限が迫って値引きされた食品を買うことは、どうしてもネガティブにとられがちだった。しかし、ダイナミックプライシングを導入することで、逆に鮮度や賞味期限の長いことを「プレミアム」として認識してもらい、それに見合った対価を支払ってもらうことも可能になる。

つまり、鮮度の高いものを定価より高く売るのだ。実際、2021年1月から2月にかけて行われた日本の経済産業省による電子タグ(RFID)とダイナミックプライシングを組み合わせた実証実験では、鮮度に応じて「値上げ→定価→値引き」と価格を変化させたところ、たとえ価格は高くても、とにかく鮮度優先で購入する人もいたという。消費者にとって、鮮度の高さは食料品を購入する際の重要な選択肢であり、価格の違うことの理由さえ理解してもらえれば、定価より高くても購入につながるということである。

しかもウェイストレスのシステムの場合、小売側は、これらの複数の価格を手入力する必要がない。AIが食品ロスを最小化し、収益を最大化するために最適価格を決定し、1日に何度でも自動的に電子棚札の価格を更新してくれるからだ。

青果の日持ちをのばす天然コーティング

米国のスタートアップ企業アピール・サイエンシズは、果物や野菜を保存するための食用コーティング剤を作っている。アピール・コーティングを施した青果は、現在、ウォルマート、コストコ、クローガーなどの大手小売を含む欧米の40以上の小売チェーンで取り扱われている(11)。

ブドウの種などの植物抽出物から作られたアピール社の無味、無臭、無色の食用コーティングは、水分の蒸発を防ぎ、呼吸速度を効果的に低下させ、酸素と二酸化炭素の透過率を調整することで、野菜や果物の保存期間を2倍(冷蔵と組み合わせれば4倍)にのばすことができるという(12)。

アピールコーティングされたものとそうでないレモンの1ヶ月後の様子(Apeel Sciences YouTubeチャンネル)

https://www.youtube.com/watch?v=c1GYpoBJd4A

これまで食品サプライチェーンでは、青果は輸送中に傷まないように熟す前に収穫され、航空便などを使用して極力鮮度の高いうちに届けることに主眼がおかれてきた。しかし、同社の技術を利用すれば、完熟まで待って収穫することも、輸送に船便を使用することもでき、完熟しているので味はさらに良くなるという。

現在のように、旬でなくとも一年を通して青果を取り扱う必要のある小売では、北半球が冬の間は南半球から取り寄せるなど、輸送距離が長くなり、その結果カーボンフットプリントが問題となってきた。しかし、同社の技術を活用すれば、地場の青果の賞味期限をかなり伸ばすことができるので、旬でなくても地場の青果を店頭に並べることができ、世界各地から輸入する必要はなくなり、カーボンフットプリントの問題も緩和できる。

つまり、小売にとってアピール社と提携するということは、食品ロスの削減、航空便ではなく船便の選択、カーボンフットプリントの大きな輸入品ではなく地産地消、ビニール袋が不要になるなど、食料システム全体の環境負荷を軽減させることにつながるのだ。

余剰食品の寄付、課題

気候変動と食品ロス削減に取り組む英国の非営利団体WRAP(ラップ)によると、英国の小売業における食品ロスは依然として増加している。英国の商業誌「グロッサー」は、英国の小売は2021年に24億ポンド(約3,290億円)以上の食品ロスを出し、そのうち43%は寄付か廃棄されたと推定している(13)。

注)三菱UFJ銀行の2020年の年間平均為替相場(TTM)GBP1=JPY137.08で計算(以下、同様)

多くの小売は余剰食品をフードバンクへの寄付やリサイクルにまわすことで、埋立処分される食品ロスの削減に力を入れている。しかし、生鮮食品の場合、冷蔵・冷凍設備が整ったフードバンクでなければ受け入れられないなど制約がある。つまり、小売は余剰食品をリユース(再使用)しきれない場合、リサイクルにまわすか廃棄せざるを得ないのだ。

小売の期限切れ間近の商品を無料提供

英国ウェールズの小売アイスランドでは、賞味期限切れの食品をネット通販の顧客に無料で提供している(14)。

顧客に配送前に賞味期限切れ(注)の商品が同梱されていることを知らせ、その分の料金は請求金額から差し引いている。顧客は追加で何もする必要はない。同社によると1回の注文あたり約1.58ポンド(約217円)分の商品が無償になっているという。

賞味期限と消費期限の違い(消費者庁の資料をもとにoffice 3.11にて作成)
賞味期限と消費期限の違い(消費者庁の資料をもとにoffice 3.11にて作成)

(注)「賞味期限」は日持ちする食品につけられるおいしさの目安である。期限が過ぎたら、味は多少落ちるかもしれないが、食べられなくなるわけではない。「消費期限」は日持ちしない食品につけられる安全に食べられる期限である。「消費期限」のついた食品は傷みやすいので、期限が過ぎたら食べない方がいい。アイスランド社が無料で提供することにしたのは「賞味期限」切れの食品。

アイスランド社では、賞味期限切れ食品を無料配布することで、年間130万点以上、50万ポンド(約6,850万円)相当の食品ロスを削減するだけでなく、顧客の買い物代を節約し、顧客満足度の向上につなげたい考えだ。

無料とはいえ賞味期限切れの食品を受け取って、顧客がよろこぶものなのかどうかは不明だが、廃棄される食品が削減でき、「賞味期限」と「消費期限」の違いの啓発につながるのであれば意義はある。

同社は2020年のコロナ下には、余剰食品を従業員に持ち帰らせ、自分で食べても、地域で必要とする人に寄付してもいいとした。小回りが利き、しかも、なかなか個性的な取り組みをする企業である。

アプリの活用

スーパーなどで賞味期限の迫っている、肉、青果、魚介類、デリなどの生鮮食品を最大50%値引きして購入できるアプリも浸透しつつある。カナダのトロントで開発された「フラッシュフード」アプリは、2019年にカナダの大手小売チェーン・ロブローズに導入されたのを皮切りに、米小売大手のマイヤー、アホールド・デレーズ傘下のジャイアントなどに採用され、すでに北米の1,000店舗以上に導入されている(15)。

「お金を節約して、食品ロスと戦おう」と書かれたフラッシュフードの冷蔵庫(出典:フラッシュフード公式サイト)
「お金を節約して、食品ロスと戦おう」と書かれたフラッシュフードの冷蔵庫(出典:フラッシュフード公式サイト)

消費者はスマホのアプリで最寄りの提携店を探し、値引きされている商品を選び、キャッシュレス決済した後で、購入した食品をピックアップしに行く仕組みだ。

テスコの余剰食品の分配方法は少し違う。同社は食品共有アプリの「オリオ」と提携し、英国全土の店舗の余剰食品を、地域コミュニティで必要とする人々に無料で提供している(16)。

8,000人以上が登録している地域ボランティア「食品ロス・ヒーロー」たちがテスコの店舗に足を運び、賞味期限の迫った余剰食品を自宅に持ち帰り、アプリに食品情報を登録し、地域で必要とする人々に無料で再配布する仕組みだ。

余剰食品は出ないに越したことはないが、それでもどうしても出てしまった場合は、廃棄や資源化されるよりは必要とする人に食べてもらう方がいい。それが値引きされるか、無料になるかは、提供する小売の事情、必要とする人の経済事情にもよるので、さまざまな選択肢があっていい。

ただし、前提として法の整備は欠かせない。たとえば善意の食品寄付者が、その食品がもとで食中毒などの被害が起きたとしても、民事や刑事上の法的責任を問われないというものだ。この通称「善きサマリア人(びと)の法」という法律が日本ではまだ整備されていない。

「誰ひとり取り残さない」 SDGsの理念を体現

長野県の小売ナナーズは高原野菜の栽培で有名な川上村にある店舗で、2021年9月からベトナムの食品の取り扱いをはじめた。川上村にはスーパーがナナーズしかなく、ベトナム人の実習生たちも買い物に利用している。商品に印刷された日本語がわからず困っている実習生たちを見かねて、同店はベトナムの食材や日用品の陳列棚を設けることにしたという(17)。

都市部であれば、中国、ベトナム、韓国、フィリピン、タイ、ハラル食品などのエスニック食材店があるが、地方には実習生として外国人がたくさん暮らしていても、そうした食材店はほとんどない。川上村のナナーズは、ベトナム食材を仕入れることで地域に暮らすベトナム人実習生たちの食を支えようとしている。外国人の実習生というと、過酷な労働やハラスメントなどネガティブなニュースばかりが耳に入ってくるが、これは本当に心が温まるニュースだ。

そこまでできなくとも、食品表示を英語で書いて食品棚に貼ってあげるだけでも、日本語のわからない外国人にとっては助かるはずだ。この事例のように、ちょっとした工夫で国連の持続可能な開発目標(SDGs)のターゲットどころか、「誰ひとり取り残さない」というSDGsの理念を達成できることもある。

まとめ

小売も企業であるからには自社の利益を追求しなくてはならない。しかし、今回事例として取り上げた小売はどこも自社の利益だけを考えているようには思えなかった。

たとえばテスコが、小売にとって不利になるかもしれない食品ロスの調査をWWFと共同で行ったのはなぜなのか? また、同社が契約農家と「全量購入契約」をするのはなぜなのか? 「全量購入契約」とは、小売が農産物を必要な量だけ発注するのではなく、規格を満たしていないものも含め、農場で生産されたものすべてを購入するという契約だ。生産者は過剰生産から解放され生産量を適正化できるが、テスコ側は規格外の農産物もすべて購入しなくてはならない。自社の利益や経済をまわすことだけを考えたらあり得ないことだ。

そこには「自社さえよければ」という思想はない。あるのは「共存」の思想だ。農家、供給業者や消費者、そして社会の縁からこぼれ落ちてしまいそうな生活困窮者とも共存していこうという思想だ。それはテスコだけでなく、今回取り上げた小売には多かれ少なかれ共通するものではないだろうか。

・前年の年末・年間平均2020(三菱UFJ銀行・外国為替相場情報)

http://www.murc-kawasesouba.jp/fx/year_average.php

参考資料

1)Tesco to sell unwashed potatoes in order to cut down on UK’s number one most wasted food(Tesco、2021/3/8)

https://www.tescoplc.com/news/2021/tesco-to-sell-unwashed-potatoes-to-cut-down-on-food-waste/

2)Perfectly Imperfect initiative saves 50m packs of fruit and veg at risk of going to waste(TESCO, 2021/10/27)

https://www.tescoplc.com/news/2021/wonky-veg-5th-anniversary/

3)Bad apples? Emotions play “oversized” role in shopping decisions, says Danish food waste researcher(foodingredientsfirst、2021/2/9)

https://www.foodingredientsfirst.com/news/bad-apples-emotions-play-oversized-role-in-shopping-decisions-says-danish-food-waste-researcher.html

4)Ugly But Tasty: Italy’s Project Against Food Waste(Forbes、2020/6/9)

https://www.forbes.com/sites/rebeccahughes/2020/06/09/ugly-but-tasty-italys-project-against-food-waste/#f030aba2c4a1

5)How Food Samaritans Help Supermarkets Reduce Waste(Bloomberg、2021/11/2)

https://www.bloomberg.com/news/articles/2021-11-02/climate-change-food-waste-apps-olio-too-good-to-go-fight-emissions

6-1)Winning ugly: Profit maximizing marketing strategies for ugly foods(Journal of Retailing and Consumer Services、2021/11/25)

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0969698921004008

6-2)Giving ugly food a chance(News Wise、2021/12/2)

https://www.newswise.com/articles/giving-ugly-food-a-chance

7)ポケットマルシェ、食品ロス削減への取り組みを公開 未利用魚の売上は前年比24倍に(ECのミカタ、2021/12/21)

https://ecnomikata.com/ecnews/33113/

8-1)Do meal kits reduce food waste? An Interview with Dr. Brenna Ellison(Argus Observer、2021/8/17)

https://www.argusobserver.com/breaking_news/do-meal-kits-reduce-food-waste-an-interview-with-dr-brenna-ellison/article_926859aa-fed8-11eb-b23e-c7d836225ad4.html

8-2)Do meal kits reduce food waste? USDA explores potential amid rise in plant-based convenience foods(foodingredientsfirst、2021/7/29)

https://www.foodingredientsfirst.com/news/do-meal-kits-reduce-food-waste-usda-study-spotlighted-plant-based-eating-and-changing-behaviors-amid-covid-19.html

9)Carrefour starts selling eggs loose at affordable prices to help tackle food wastage(Carrefour Press Release、2021/9/29)

https://www.carrefour.com/en/actuality/ventevracoeufscarrefour

10-1)Waste less, sell more - how one startup is using AI to transform food retail(World Economic Forum、2021/6/4)

https://www.weforum.org/agenda/2021/06/wasteless-ai-retail-food-waste/

10-2)The new dynamic duo: Pricing and food waste(GreenBiz、2021/5/11)

https://www.greenbiz.com/article/new-dynamic-duo-pricing-and-food-waste

10-3)Digital Price Tags Auto-Discount Groceries to Avoid Food Waste(freethink、2021/4/19)

https://www.freethink.com/articles/digital-price-tags-dynamic-pricing

11)Impact 20(Fortune、2021/10/25)

https://fortune.com/impact20/2021/apeel/

12)WATCH: Apeel CEO: ‘The way I think about it is that waste is this invisible tax on the entire food system…’(FoodNavigator、2021/12/2)

https://www.foodnavigator-usa.com/Article/2021/12/02/WATCH-Apeel-CEO-The-way-I-think-about-it-is-that-waste-is-this-invisible-tax-on-the-entire-food-system

13)Supermarkets must rethink their approach to food waste in the face of Covid-19(The Grocer、2021/2/23)

https://www.thegrocer.co.uk/food-waste/supermarkets-must-rethink-their-approach-to-food-waste-in-the-face-of-covid-19/653405.article

14)Iceland gives away millions of items of food on the last day of their shelf life for FREE to online customers(Daily Mail、2021/10/21)

https://www.dailymail.co.uk/news/article-10115765/Iceland-away-food-day-shelf-life-online-customers-free.html

15)Meijer Accelerates Food Waste Reduction Effort(Progressive Grocer、2021/2/18)

https://progressivegrocer.com/meijer-accelerates-food-waste-reduction-effort

16)Tesco: How to get FREE food from an app that helps to reduce food waste(The Mail、2020/9/21)

https://www.nwemail.co.uk/news/18735609.tesco-get-free-food-olio-app-helps-cut-food-waste/

17)外国人の支援は「食」から 川上のスーパー ベトナムの食品取り扱いへ(信濃毎日新聞、2021/8/28)

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

井出留美の最近の記事