街の洋菓子店からホールケーキが消える? 若手が来ず人手不足、「甘くない」働き方改革
盛大にオープンした洋菓子店が、数年経つと元の半数以下のスタッフ数で営業しているケースも珍しくなく、仕込みの手が足りないために空白が目立つショーケースもあちこちで見かけるようになった。以前は稼ぎ頭であったホールケーキも、近年は予約制にして、より生産効率のよい焼き菓子に力を入れる店が増えている。「新人が来ない」「続かない」「若手を叱れない」というオーナーの苦悩と、増加する個人洋菓子店の廃業。深刻な人手不足問題の現状と、そこに立ち向かう洋菓子店の姿を追う。
求人を出しても来ない、若手を叱れない……。個人洋菓子店の苦悩
世田谷にある洋菓子店のA店はメディアでも度々紹介される人気店だが、人手が足りているとはいいがたく、現在はオーナーと2番手のパティシエの2人体制で営業している。生菓子20~30品、焼き菓子30品、パン4~5品というアイテム数や店の規模を考えると、最低でもあと1~2人は必要だろう。さらに今年は、全国の専門学校20校に求人を出したものの、連絡がきたのはたった1人だったという。「専門学生の研修も受け入れていますが、最近は企業やホテルが人気だそうで、なかなか就職には結びつかないのが現状です。それでやっと雇ってみても、長く続かない子も多い」(A店オーナー)。
一方、文京区にある人気洋菓子店のB店でも、ここ3年ほど人手不足の問題を深刻に感じているという。「昔から、3~5年サイクルで人が入れ替わる業界ではあるので、そこは変わっていないと思いますが、スタッフの働く目的が変わってきていると感じます。全員が独立志望というわけではなくて、居心地がよければずっと働く、というのが最近の傾向」(B店オーナー)。時を同じくしてB店では、スタッフを叱ることもほとんどしなくなったと明かす。「叱ると辞めてしまう子が多いですし、現状がよくなるわけではありませんから。例えば、コーヒーのお菓子をスタッフが作ったとして、『こういうコーヒーの表現もいいけど、僕はもっと苦いほうが好きだな』と伝えます(笑)」。
長く働きたいからこそ、将来を憂う若者のホンネ
「最近の若者はすぐ辞める」、「何を考えているのかわからない」――。そんな声を年長のパティシエからはよく聞くが、製菓業界を目指す若者のリアルはどうなのか。「料理界の東大」と呼ばれ、「辻調理師専門学校」や「辻製菓専門学校」など5校を運営する日本最大の食の総合教育機関である辻調グループの企画部・メディアプロデューサーの小山伸二氏と、洋菓子教授の喜多村貴光氏に話を伺うことができた。
同グループの「エコール 辻 東京」創立時から学生を指導してきた喜多村氏は、「学生の『お菓子を作るのが好き』という基本的な姿勢は昔も今も変わっていないものの、就職に関しては時代の変化を感じる」と語る。「以前は、独立したい、自分の店をもちたい、という学生が多かったですが、近年は、『大好きなお菓子の業界で長く働きたい』という学生が増えているように思います。個人店よりも企業やホテルを希望する生徒が増えているのも、将来を心配してのことでしょう。『夢はあるけど、不安も大きい』というのが、昨今の学生の特徴かもしれません」(喜多村氏)。
また一方で、現代の若者が孕む弱さにも喜多村氏は言及する。「最近の子は、すごく真面目で、勉強熱心です。その一方で、YouTubeなどネットでいくらでも情報は拾える上に、現場に出てからも、昔は何年かかけてやっと得られた技術や知識を早い段階で与えられてしまうので、知識があるからこそ、心配性な部分が大きい。いろいろな答えを選べるからこそ、悩んでしまうのです。また、『働く』ということに対しては、現実的に考えることが弱い部分があるかもしれません」(喜多村氏)。
人手不足問題を解消する「国際化」「女性の働き方」
一方、小山氏は、少子化という社会的問題もふまえた上で、製菓業界の人手不足問題に対して2つのキーワードを挙げる。
1つめは、「国際化」。「当グループでは、現在計300人ほどの外国人留学生を受け入れており、その数は年々増加傾向にあります。彼らは本場に負けない技術や味に加え、日本ならではのパンやお菓子に魅力を感じ、積極的に学びにきています。日本の子どもの数は激減しており、専門学校はどこも苦労していると思いますし、製菓業界も、外国人が来てくれなかったら成立しない時代になっていると感じます。だからこそ、フェアな条件で外国人を雇う、ということが、人手不足問題に対してはいちばんのカンフル剤になる」(小山氏)。
2019年4月に改正出入国管理法が施行され、新たな在留資格「特定技能」には、「飲食料品製造」や「外食」も含まれ、外国人を雇い入れるための受け皿ができはじめた。先の留学生の中にも、日本に残る、という選択肢をする人も出てくるだろう。日々の労働力としてだけでなく、日本で働く彼らのキャリア形成を、企業や店がしっかりと考えていくことが、今後はより重要になってくる。「とくに地方は人手不足が深刻なので、インターンシップなどをやって、地域も交えて日本のファンになってもらう、といった取り組みがますます重要になると思います。ともに学んだ学生たちが、卒業後も一緒に働く仲間として就職できるようになれば、仲間意識も続くし、お互いにいい刺激をうけておもしろい化学変化が起こるかもしれない」と小山氏は期待を寄せる。
2つ目のキーワードとして小山氏が挙げるのが、「女性の働き方を考えること」だ。実際に辻調グループでも、製菓の学生は、3対1で女性が多く、製菓業界で働くことを望む女性は多い。「実際には、シェフパティシエは男性というお店が大半ですが、その陰でお店の運営を支えているのは女性です。個人店でも、再雇用や短時間勤務など、働き方のスタイルはまだまだたくさんある。お店にとっても、新しい人を一から雇うよりメリットは大きいと思います」(小山氏)。
休日確保、残業1~2時間 個人洋菓子店の働き方改革
こうした業界の現状に対して、きちんと対策を講じ、新たなやり方を見出す洋菓子店もある。先に紹介したB店では、働き方改革の取り組みとして、年間106日の休日を確保。1日の労働時間は8時間、残業は1~2時間とした上で、毎月1回、10人ほどいるスタッフ全員とオーナーパティシエとの個人面談を実施している。「面談で挙がってくるのは、だいたいが人間関係の悩みです。スタッフ個々の伸び悩みに対して、『もっと頑張れ』とは簡単に言えない時代になっているのは難しいと感じますね。イコール『もっと働け』という意味に取られかねませんから」。加えて、近年は福利厚生の一環として、スタッフに寮を用意するほか、まかないも提供。「店のある文京区は家賃が高いので、みんな少し離れた場所に住んで、電車で通うことになる。たとえ片道30分でも、毎日だと負担になりますし、寮を用意してからスタッフの定着率は上がりました」。その一方で、限られた労働時間内で仕事をまわすために、新卒の採用は行なっていないのだという。「すべての菓子を1人できちんと作れるパティシエを、個人店で一から育てるのは、非常に難しい時代だと感じています。シューを作る人、焼き菓子でも、マドレーヌ担当、フィナンシェ担当…といったように作業を細分化し、それぞれをパート・アルバイトの専属スタッフが担うような店づくりに、今後は業界全体がなっていくかもしれません」。
少人数でも利益を上げられる仕組み、信頼が呼ぶ「新人」
一方、A店では、少人数でも利益を上げられる仕組みを徐々に整えている。その一例が、卸販売の強化だ。「現在は、生菓子と焼き菓子の卸を行なっています。手間のかかるパイ生地などは、製造設備をもたないお店も多いので、重宝されています」。
厨房にはその他、大型のデッキオーブンとコンベクションオーブン、ミキサー2台、大型のショックフリーザーなどが完備され、ある程度の量をまとめて仕込める体制が整っている。
「パティスリーではオーブンを使う仕事が多いので、焼ける容量が少ないと“オーブンが終わらないから帰れない”ということがおこってしまいます。仕込みを効率化するために、ある程度機械を導入することも、今後は重要だと考えています」
A店ではさらに、外国人スタッフの採用も行なっている。「以前はドイツ人、現在は中国人のスタッフが1人います。洗い物などをしてもらったり、タルトをつくったりと製造補助もしてもらっています」。
取材を通して印象に残ったのは、「選択肢があるからこそ迷う」という現代の若者の姿だ。将来に夢がないわけではない。むしろ、昔よりも多様な働き方、選択肢があり、それぞれのリスクもきちんと理解できるからこそ、決めきれない、一歩を踏み出せないという若者も多いのだろう。長年、学生と接してきた喜多村氏も、「将来に対して、漠然とした不安を抱いている子は多い。そういう場合は、何が不安の種になっているのかをきちんと理解して、その解決のために今何ができるのかを導いてあげることが大事です」と指摘する。技術が足りないのなら練習するべきだし、知識が不足しているなら勉強すればいい。働き方が不安なら、将来の設計を勤務先としっかりと話し合う。職場でのコミュニケーションによる信頼の積み重ねが、どんな時代も結局は最も必要なのではないだろうか。
【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】