令和のグラビア女王・沢口愛華が太宰治に傾倒する理由。いつまでも付かない自信と優等生役での初主演
「ミスマガジン2018」グランプリから数々の雑誌で表紙を飾り、令和のグラビアクイーンと呼ばれる沢口愛華。昨年からは女優業にも乗り出し、初主演となる映画『札束と温泉』が公開される。グラビアでトップに立ちながら自己肯定感は低いと言う彼女は、どんな想いで演技に取り組んでいるのか。
『人間失格』を中2で読みました
――ゴールデンウィークに太宰治文学サロンに行ったとツイートされていました。太宰に惹かれるものがあるんですか?
沢口 昔の文豪たちのエピソードを読むのが好きで、中でも太宰が一番人間味があって、興味を引かれていました。三鷹まで行って、太宰が本当にこの街で生きていた痕跡が残されていて、ちょっと怖さもありましたけど、見てきて良かったです。
――退廃的な人生を送った作家ですが。
沢口 最初に読んだのが『人間失格』で、冒頭から「自分は道化の上手になっていました」と書いてあって。共感もしましたけど「何だ、この人は?」と思いました(笑)。
――『人間失格』をいつ読んだんですか?
沢口 中2の頃です。でも、弟が先に太宰を読んでいて、次に三島由紀夫に行ってました(笑)。私はそれまで、東野圭吾さん、有川浩さんと現代の作家さんの作品ばかり読んでいましたけど、だんだん文豪に詳しくなりました。傍から見たら、なかなかすごい姉弟だったでしょうね(笑)。
学芸会で自分でない人になるのが心地良くて
――女優は小さい頃から夢だったそうですね。
沢口 そういうふうに言ってきましたけど、後から考えて合点がいった感じです。明確なきっかけがあったわけではなく、学芸会が楽しかったのかな。本もそうですけど、フィクションの世界が好きだったんだと思います。
――学芸会には出ていたんですね。
沢口 出てました。だいたい主人公やその近くの役です。『泣いた赤鬼』の赤鬼とか、『魔法をすてたマジョリン』のブツクサスという教育係とか。小学校の低学年の頃はごっこ遊びも好きで、友だちに「まだ好きなんだ」と言われたのが、ショックだったのを覚えています(笑)。みんなは小学生になったら、やらないんだと知りました。
――他の人物になり切るのが好きだったんですね。
沢口 そうです。昔から自己肯定感が高くなかったので、自分でない人になるのが心地良かったんでしょうね。それでグラビアを始めて、芸能生活に道が開けそうに感じたとき、女優を目指す流れが必然的に生まれたのかなと。20歳になった今、振り返るとそう思います。
――本格的に志したのは、グラビアを始めてからだったと。
沢口 それまでも「女優になりたい」と口にはしていても、本当になれるとは考えてなくて。自分で言いながら「夢を語ってるな」と思ってました(笑)。
「あんなふうには絶対なれない」と羨ましくて
――自分で映画やドラマを観てはいたんですか?
沢口 話題になっているドラマを家族で観るくらいでしたね。
――よく高畑充希さんの名前を挙げられていました。
沢口 『問題のあるレストラン』で初めて高畑さんを観て、『過保護のカホコ』や映画の『植物図鑑』もいいなと思いました。でも、理想というより「あんなふうには絶対なれない」という感じで、ただ好きで羨ましかったんです。
――最近は映画を観たりはしてます?
沢口 話題の作品は観に行っていて、『フェイブルマンズ』は面白かったです。スピルバーグが映画監督になるまでの自伝的な作品と聞いて、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』みたいなアクティブな感じかと思っていたら、本当の自叙伝というか。「そうだったんだ」という発見や名言もあって、想像以上に楽しめました。あと、『BLUE GIANT』も良かったです。
自分を卑下しすぎるとよく言われます
――「ミスマガジン2018」メンバーによる「劇団ミスマガジン」の舞台『ソウナンですか?演劇版』では、主演を務めました。あれが女優への意欲を高めるきっかけに?
沢口 あのときは「私、できるかもしれない」と思いました。たぶん何も考えてなかったんです(笑)。演技指導をしてくれる方と競える仲間がいて、楽しさが大きくて。でも、その後オーディションを受けても、何をどうしたらいいのかわからない。まず、どこから手を付けたらいいのか。演技はごっこ遊びとは違うと気づかされました。
――演技はやってみると難しかったと。
沢口 「ミスマガ2018」の1年を終えて、本格的に女優になろうと準備をしていた段階で、壁にぶつかりました。レッスンやオーディションに行っても全然演技ができないし、何が正解なのかもわからない。『札束と温泉』もなぜお話をいただけたのか、ずっと不思議でした。演技経験もない私に、よく主演を任せたなと(笑)。期待していただいているなら、そこを越えてやろうと思っていました。
――それは達成できたと。
沢口 わかりません。ただ、皆さん「良かった」と言ってくださって。私はよく「自分を卑下しすぎる」と言われるんですけど、その通りなのかもしれないと少しだけ気づきました。
――卑下はよくするんですか?
沢口 はい。父からは「そんなふうに考えなくていい」と言われます。自信のなさゆえ、自分を卑下しないと怖くなってしまうんです。
肩書きが先走りして負のループが続いて
――それにしても、令和のグラビアクイーンが「自信がない」なんてことがありますか?
沢口 肩書きだけが先走りして、どうやって自信を持ったらいいのか、わからなくなりました。コロナ禍に入ると、どんどん閉塞的になって、自分の中で負のループが始まって。それが長く続きましたけど、主演映画を撮り終わって公開を待つ中で、ようやくグラビアを始めた頃の感覚が戻りつつあります。技術的に「こうしたらカメラ映えが良くなる」「こうしたほうが伝わる」と知恵も付いてきました。
――グラビアを始めた頃は、どんな感覚だったんですか?
沢口 生きていくのが楽しいかもと、ちょっと思うようになりました。大きなことを言ってますけど(笑)。
――それまでの人生は楽しくなかったと?
沢口 面白くなかったです(笑)。太宰治を読みすぎた影響もあるかもしれません。私が太宰の世界に入っていけたのは、自分の心情と合っていたからだと思います。逃げ込めるところが、そこしかなかった。「人前でお道化ている」と言っているのを何より素直に感じて、全集を買って読んだりしました。太宰から離れられなくなっていたんです。
――華族の没落を描いた『斜陽』にも感銘を受けました?
沢口 私、『斜陽』の「人間は恋と革命のために生まれてきたのだ」という台詞が大好きすぎて、一時、携帯のホーム画面にタテで書いていました(笑)。それで頑張って、高校に通っていた時期もあるくらいです。
なぜ私を応援してくれるのか聞いて回りたい
――愛華さんはたまに意味深なツイートもしますよね。「自分の常識は他人の非常識なのではないかと怯えている」とか。
沢口 人に理解されたいとは多少なりとも思いますけど、人に理解されない自分だけの感情も欲しくて、ヘンなことをつぶやいています(笑)。自分の素直な感情を出したとき、もしかしたら理解してくれる人もいるのかなと、期待も込めていて。
――自信がないとのことでしたが、グラビアや神ボディには自信ありますよね?
沢口 これだけ出させてもらったので、やっと少しずつ自分を認められるようになりました。
――自分が表紙の雑誌が並んでいると「私すごいじゃん」となります?
沢口 ならないです(笑)。「ああ、このカットが使われたのか」と思います。自分を俯瞰して見られなくて、すぐ卑下する方向に走ってしまって。周りに良いと言ってもらえると、かえって怖いんです。自分では自分の何が良いのか、見つけられないから。「なぜ私を応援してくれるんですか?」とインタビュー会を開きたいくらい(笑)。本当の自信はいつまで経っても付かないですね。
自分にない闘う強さを模索しました
『人狼ゲーム』シリーズの原作・脚本を手掛けた川上亮の監督デビュー作となる『札束と温泉』。修学旅行で訪れた温泉宿で女子高生の高梨リサ(沢口)たちは、ヤクザの愛人が持ち逃げした札束の詰まったバッグを発見。金を取り戻すために現れた殺し屋から友だちを守るため、リサは持ち去られたバッグを探して奮闘する。
――『札束と温泉』で演じた高梨リサについて、「自分と似ている」とコメントされています。
沢口 真面目なところや、切羽詰まったときに正義を武器にしてしまうところは、私もそういう行動を取るなと思いました。面倒見のいい人柄も、私はどちらかというとそっち側ではあるので、リサの感情はわからなくはなくて。でも、リサが私と決定的に違うのは、闘う強さがあること。ちゃんと問題に向き合っていくから、すごいなと。私にはないもので、演じるのは辛かったし難しかったです。その強さをどう出せばいいのか。自分の知らない感情だったので、監督に見てもらいながら模索していきました。
――「正義を武器にしてしまう」というのは、肯定的な捉え方ではなくて?
沢口 正論は人を傷つけると、身をもって経験したことがあります。たとえば弟を正そうとして言ったこととか、短期的には正解でも長期的にはそうでなくなるかもしれない。自分の中で正義を育てるのはいいけど、人に押し付けたらいけない。それを私は切羽詰まったときにやってしまいそうなので、気を付けようと思っています。
――「こういうことをしたらいけない」みたいなことを言うとか?
沢口 「それは人としてあり得ない」と人格を傷つけてしまったり、「普通の人はこうだよ」と都合よく「普通」を持ち出したり。懺悔しないといけないですね。
周りに気を配って人に合わせるのは好きです
――リサが周りに気を配るところも似てますか?
沢口 私も人に合わせるのは好きです。たぶん自分がないから。個性があると言われるのは取って付けたもので、本当は何もなくて。人間観察をして、周りに気を配るようになりました。
――愛華さんもリサのように優等生と言われるタイプでした?
沢口 「ダルい、ダルい」と言いながら、仕事をこなすタイプではあります(笑)。任されたら逃げられないので、リサの優等生ぶりとは色がちょっと違うかもしれませんけど、一緒のところにいるのかなと思います。
――学級委員もやっていたり?
沢口 副委員長はやってました。授業で「起立、礼」と言うくらいの役割でしたが(笑)。あと、先生とはよくコミュニケーションを取っていました。精神的なもので教室に入れなくなった時期があって、そんなときにいろいろ話を聞いてもらったり。人生が首の皮一枚で繋がったこともありました。
教室に入れなかった時期にやさしい大人もいるんだなと
――教室に入れなかった時期というのは……。
沢口 高校2年のとき、私が沢口愛華だと皆さんが知って、コソコソ言われていたんです。初めてそういうことにぶつかって、怖くなってしまって。中学からの同級生も少なくて、どう乗り越えていけばいいのかわからない。仕事はどんどん忙しくなって、久しぶりに学校に行ってコソコソ言われていると、全部がイヤになってしまったんです。
――別に悪口を言われていたわけではなかったんでしょうけど。
沢口 田舎だったので、すぐ情報が広まって、話題にされるのが耐えられなくて。もともと目立ちたがりではなかったんです。それで保健室に行って、養護の先生や1年生の頃の副担任の先生に話を聞いてもらっていました。
――良い先生には恵まれていたんですね。
沢口 大人を信用しない自分がずっといましたけど、やさしい大人もたくさんいるんだと知りました。ずっとお世話になっているグラビアの編集の方もそうですし、私はいろいろな方たちに助けてもらってきたんだと、最近ようやく気づきました。
人に認められてギアが上がりました
――『札束と温泉』では、最初の「なぜ私に?」というところから、だんだん掴めてきた感じですか?
沢口 ずっと不安でした。東京で練習していたときはリサの輪郭が全然定まらなくて、どうしようかと。でも、別府に行ってリハ、本番となったとき、今まで練習してきたものを頭の中で整理して、台本をもう1回読み直してからやったんです。そしたら、プロデューサーさんに「リサ、良くなってるね」と言われて。そのひと言で、めっちゃギアが上がりました。人に認められて、自分としては良いスタートが切れました。
――自覚してなくても、身になっていたものがあったんでしょうね。「一定の距離までは近づけるのに、リサの周りには硬い膜が覆われていて」とのコメントもありました。
沢口 リサは優等生だけど、ちょっとふざけてもいい。そういうところに人間味を出せることは掴めました。
――どこかのシーンで軸ができたとか?
沢口 流れで気づいたらこうなっていた、みたいなことが多かったです。撮っている瞬間に気づけなかったのか、という想いもありますけど、あとで観たら、ちゃんとできていて。自分にちょっと安心しました。
気絶するシーンを20回撮りました
――この映画では疑似ワンカットの長回しが多用されていました。役者としては大変だったのでは?
沢口 大変でしたよ~(笑)。莫大な台詞を覚えないといけないし、終わりのほうまで行ったのに、最後でトチって最初からやり直しになるのは辛すぎて! 精神的に来た部分はありましたね。
――実際、何度もやり直したシーンも?
沢口 特に私が殴られて気絶するシーンは、リアクションがうまくできなくて、20テイクぐらい回してもらいました。背後から殴られることなんて、弟に飛び蹴りを食らったくらいしかなくて(笑)。その前からずーっと撮影をしていて、台詞がどんどん機械っぽくなってしまうので、毎回フラットな頭に切り替えるのが難しかったです。
――何度撮ろうが、不意に殴られたように見せないといけないわけですからね。
沢口 そうです。それは演技の基礎なのに、私はまだ掴めてないと、課題も見えました。
憤りがすごくなって真剣なぶつかり合いに
――旅館の廊下や階段で撮るに当たって、気を配ったこともありました?
沢口 廊下は床が軋むんですよね。台詞が音と重なって聞こえなくて、撮り直しになったりもしました。あと、スリッパを履いて逃げたりする場面で、スリッパが脱げて靴下で滑って、撮り直しかと思ったらOKになったりもしました。手を引っ張って逃げるシーンで、カメラに写ってないところでドーンとぶつかっていたり、ワンカットふうに撮っているから流れができて、面白かったです。全部夜に撮っていて、どんどん深夜テンションになって笑っていました(笑)。
――冒頭は温泉に浸かるシーンでした。
沢口 冬で寒くて、雪もちょっとチラつきましたけど、温泉では温かくてリラックスできました。のぼせてきても外に出たら寒くて、サウナみたいにととのって(笑)。あそこは日没前に撮り終わらないといけなかったんですね。ひかる(小浜桃奈)は長台詞があって、湯からも出て大変そうでしたけど、私はずっとゆったり温泉に浸かってました(笑)。撮影以外でも毎日入って、いい気分でした。
――ビンタをするシーンもありました。
沢口 あれは何回も撮り直しました。そのたびに相手の感情が入って語気が強くなって、私は怖くて言い返したいのに言葉が出なかったり、台詞の前に憤りがすごくなってしまったり。最初で最後の真剣すぎるぶつかり合いで、一番リアルだった気がします。
――他に、この映画の撮影で特に覚えていることはありますか?
沢口 撮影が主に夜からで、日中は自由行動で、だいたいみんな旅館の談話室に集まっていました。温かいほうじ茶を入れて、ストーブの周りで談話をして。それで、夜になったら札束を振り回すという(笑)。
最後のあいさつが素っ気なくなってしまって
――リサは終盤で「こういうのが好きなんだって今気づきました」と言ってました。何が好きと気づいたと解釈しましたか?
沢口 人のために何かすることもですけど、人とぶつかることが好きなのかなと。心をむき出しにして自分が傷ついたり、相手をちょっと傷つけたり。そういう感情の動きは私の苦手な分野で、臆病になってましたけど、リサは立ち向かって、友だちを引っ張っていく。そういう性分なんでしょうね。
――クランクアップしたときは、満足感はありました?
沢口 終わった解放感、安堵感はすごくありましたけど、1カットごとにOKが出ても繋がったらどうなるのか、まだ安心しきれてなくて。主演として最後にあいさつしたとき、「ありがとうございました」と素っ気ない感じになってしまいました。まだちょっと取り繕って、優等生っぽく演じようとしていて、少しリサっぽかったかもしれません。
――最後まで役が入っていたと。
沢口 というか、やっぱり役が私に近かったんだと思います。
グラビアは天職で演技は考え抜かないとできません
――グラビアをやってきたことが、演技に役立った部分はありますか?
沢口 体力ですかね(笑)。グラビアって意外と体力を使うんです。太陽と闘ってますから。粘り強さや根気は女優業に活かせると思います。砂浜を歩けば足をすくわれますし、ロケに行けば山も登ります。あと、腰を浮かせた体勢で腕の筋肉を使ったり、気づかれないようなところで体が鍛えられて、忍耐強さは身に付きました。それと、表情はなかなか頑張れたのではないかと。
――まさにグラビアで磨かれたんでしょうね。
沢口 カメラの前で顔の筋肉をちゃんと動かすので、グラビアで慣れていたからこそ、映画で出せた表情もあった気がします。
――昔はポージングの練習もしていたんですか?
沢口 グラビア誌に目を通していたくらいです。グラビアはわりと何も考えずにできる天職だったんです。そこは演技の仕事と一番違うところですね。演技は考えに考えないとできません。体力も精神力も使います。だからこそクランクアップのときに安堵感があって、この仕事はやめられないと思いますね。
――グラビアに続いて、女優業でもトップに立つ意欲もありますか?
沢口 何がトップかわかりませんけど、「私は女優です」と言えるくらいには頑張りたいです。
Profile
沢口愛華(さわぐち・あいか)
2003年2月24日生まれ、愛知県出身。
「ミスマガジン2018」でグランプリ。2021年に「第7回カバーガール大賞」でグランプリ。2022年に『彼女、お借りします』で連ドラ初出演。6月30日公開の映画『札束と温泉』で初主演。ラジオ『アッパレやってま~す!水曜日』(MBSラジオ)に出演中。フォトブック『Tokyo trip』、『GURAVURE A to Z』が発売中。
『札束と温泉』
監督・脚本/川上亮
出演/沢口愛華、小浜桃奈、糸瀬七葉、大熊杏優、佐藤京、星れいら、小越勇輝
6月30日よりシネマート新宿ほか全国公開