「障害者をもっと“当たり前”の存在に」 寝たきり芸人あそどっぐさんが「やまゆり園事件」で考えたこと
相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者ら45人が殺傷された事件で、殺人などの罪に問われた元職員の裁判員裁判が横浜地方裁判所で始まった。意思疎通のできない入居者を狙ったとされる元職員の行動や思想は、多様性のある社会を否定しているとも受け取れる。「事件直後はあまりのショックに芸人を辞めようかと悩んだ」。脊髄性筋萎縮症の障害を持ち「寝たきり芸人」としてテレビ番組やYouTubeで活躍する「あそどっぐ」さん(41)=熊本県合志市=は、こう打ち明ける。一方で、事件によって自らの役割に気づくことができたといい、「二度と悲劇を繰り返さぬよう、お笑いを通して障害者の存在を“当たり前”にしたい」と決意をにじませる。
「住む場所が違ったら自分だったかも」
「住む場所が違ったら自分が殺されていたかもしれない」
あそどっぐさんは事件の一報を聞いて、胸が張り裂けそうな思いがした。インターネットの掲示板やTwitterを開いてみると、元職員を非難するコメントが大半。しかし、中には元職員の思想を肯定するような書き込みも見られた。
恐怖。あそどっぐさんは当時の心境をこう言い表す。いつか自分も誰かに襲われるのではないかという思いが、頭から離れなくなった。
事件の直後には、お笑いライブへの出演が控えていた。こんな時にお笑いをやっていていいのか。悩みながらも、恐る恐る登壇。自信作のコントの数々を披露すると、会場はいつもと変わらぬ笑いに包まれた。心底ほっとした。
ファンからは「今まで通りにやってくださいね」との声をもらった。これまで以上にネタをやっていこう、と誓った。
事件で考えが変わった
あそどっぐさんのコントのキーワードは、「障害者」と「社会風刺」だ。とはいえ、「世の中に何かを訴えたいというわけではない」という。自身が面白いと思うものがたまたま障害者や社会風刺のネタだったといい、「自分のネタで笑ってくれる人がいれば幸せ。ただ、それだけ」と語る。
しかし、事件で考えが変わった。これまで以上にメディアに露出することで、障害のある人が社会にいることが「普通」の状態とできるのではないか。そうすれば多様性のある社会に一歩でも近づくのではないか。つまり、お笑いで前に出ることで社会にどう還元できるか、という思いも芽生えたのだ。
子供のころから同じ空間で生活するべき
日本で「障害者」と言えば、ネガティブなイメージが先行しがちだ。「かわいそう」。あそどっぐさん自身、そうした視線を感じたこともある。
世の中にはいろんな人がいる。それが当たり前のはずだ。しかし、日本では例えば外で車いすを目にする機会はそれほど多くはない。
あそどっぐさんは、多様性のある社会を実現するためにも「インクルーシブ教育」が大切であると訴える。障害者も健常者も同じ場所で教育を受けるというものだ。
現状、日本では障害者と健常者がそれぞれ「別の世界」で生活している。子供のころから同じ空間でいる時間を増やすことで、社会が受け入れやすくなるのではないか。あそどっぐさんはそう考えている。
日本はよい方向へと進んでいる
2017年、あそどっぐさんは自身が被写体となってネタを紹介する写真集を出版した。2019年初頭からは、YouTubeへの動画投稿を本格的に開始。顔芸や体を張ったコントが話題を呼び、年末にはチャンネル登録者数が1万人を突破した。
日本はよい方向へと進んでいる。そう思えることが最近、少しずつ増えてきた。東京パラリンピックに向けて、障害を持った人がメディア出演する機会が多くなった。障害者のユーチューバーも増えている。障害者自らが発信する機会がもっと増えれば、世の中はもっとよい方向へ進むはずだ。
「僕はこれからもお笑いを続けます。お笑いで障害者の存在を“当たり前”にしたい。それが僕の役目です。もう決して、悲劇を繰り返してはならない」