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北朝鮮の父娘3人「骨と皮だけ」でブラック企業行きに

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
北朝鮮の市場(デイリーNK)

きつい、汚い、危険の3K労働の現場に自ら望んで向かう北朝鮮の「嘆願事業」。ぜひ行かせて欲しいと嘆願するという形を取ってはいるものの、実際は地域ごとに人数が割り当てられ、行きたくもない人が無理やり行かされるものだった。

単純に3Kのブラック企業に勤めるという意味に留まらず、戸籍が書き換えられてしまい、農村や炭鉱に縛り付けられ、死ぬまで貧困から抜け出せなくなってしまう。

(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為

一生を棒に振る「嘆願事業」からなんとかして逃れようとしたり、送られたとしても逃げ出そうとしたりするなど、順調に進んでいるとは言い難い状況だった。

ところが、最近は本当に「行きたいと嘆願しても中々行けない」という状況になりつつあるという。一体何が起きているのか、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

両江道(リャンガンド)の情報筋は、恵山(ヘサン)市内の中小炭鉱連合企業所で務めていたパク・キョンスさんの例を挙げて、最近の嘆願事業の状況について説明した。

企業所の技術準備室で溶接工として働いていた彼は、2人の娘の父親だった。薄給の彼に代わり、妻が自動車用タイヤを売る商売をして生計を支えていた。一家は、決して豊かではなくとも飢えることなく生活ができていた。

ところが、2020年から一家の経済状態が悪化し始めた。妻が肺結核を患い、商売ができなくなったのだ。パクさんは妻の看病をする傍ら、商売の種銭を食いつぶしながら娘を育てていた。

手厚い看護の甲斐もなく、妻は昨年冬に亡くなってしまった。彼は家を売り払い、勤め先の警備室に娘とともに引っ越した。寝床は確保できたものの、食べ物を手に入れるのが難しく、一家は餓死寸前に追いやられ、骨と皮だけの状態までやせ細ってしまった。

これを不憫に思った朝鮮労働党の職場内の委員会と、馬山洞(マサンドン)派出所は、パクさんを嘆願のリストに入れて、郊外にある大鳳(テボン)鉱山へと送り出した。娘は孤児院である恵山育児院に預けられた。福祉制度が機能したわけではないが、党員と安全員(警察官)の温情が一家を救ったのだ。

パクさん一家をよく知る別の情報筋は、彼が大鳳鉱山に送られたことを「大きな幸運」だと胸をなでおろした。鉱山の労働環境は劣悪であってもなんとか食べていくことができ、交通事情の悪さから24キロ離れた孤児院にいる娘に再会できるのは祝日などに限られるが、それでも近所であったことが「幸運」だったというのだ。

「志願進出者は、江原道(カンウォンド)の洗浦(セポ)畜産基地や咸鏡南道(咸鏡南道)の光明(クァンミョン)製塩所(塩田)、平安南道(ピョンアンナムド)の安州(アンジュ)炭鉱に送り込まれ、家族と生き別れになるが、パクさんの場合は、周りの助けを得て恵山市の郊外の鉱山に行くことができた」(情報筋)

(参考記事:山に消えた女囚…北朝鮮「陸の孤島」で起きた鬼畜行為

今年に入って両江道で嘆願事業に参加させられたのは47人の若者だが、そのうち20人は孤児院である恵山中等学院の卒業生で、17人は食べ物が手に入れられず、家庭が崩壊した人々だという。

3K労働の現場ではあっても、「送り込まれるのは運のいい人たち」(情報筋)だ。家庭が崩壊するほどの飢えに追い込まれた人々は、栄養失調などでリストに載せてもらえないほど体が弱ってしまっているのだ。そうなる前に鉱山に行けたパクさんは、まだマシな方だったということだろう。

周りの人たちは、パクさんの家庭が崩壊に追い込まれたことを悲しむ一方で、もし彼が男手一つで娘2人を育て続けることになっていれば、餓死を免れなかっただろうとして、まだ恵まれている方だとした。

生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされた人々が多数現れたことで、嘆願事業が順調に回るようになったのは実に皮肉なことだ。言い換えると、金正恩総書記の失策が続けば続くほど、労働力不足に苦しむ3Kの職場が潤うということだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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