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「多くが横流しされる」流通過程で消滅する北朝鮮の化学肥料

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

北朝鮮は、農繁期に入るこの時期、化学肥料の取り引きを厳しく規制してきた。ただでさえ不足している肥料が、個人の畑に使われ、本来届くべき協同農場に行き渡らない事態を防ぐためだ。

今年は例年以上に取り締まりが厳しくなっているという。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

両江道(リャンガンド)の情報筋は、今年は化学肥料の取り引きへの取り締まりが非常に厳しく、路地裏の違法な市場で例年なら見かける肥料を売る人を見かけないほどだという。

田植えが始まる4月初旬までは、路上で肥料を売る人がいた。これは昨年使ったものの余剰分で、中国製の複合肥料が1キロ3元(約64円)、窒素肥料は2.7元(約58円)で売られていた。

ところが、国を上げての化学肥料の供給が始まった先月からは、肥料の取り引きの取り締まりが強化された。かつて、肥料を売っていて摘発されれば、30万北朝鮮ウォンの罰金を取られるだけで済んだが、今では労働鍛錬刑(懲役刑)3カ月以上の処分を受けることになる。

先月5日には、恵山市の春洞(チュンドン)高級中学校と劔山(コムサン)高級中学校の校庭で、化学肥料の取り引きで摘発された9人に対する住民総会(人民裁判)が行われ、労働鍛錬刑3カ月から6カ月の判決が言い渡された。

その場で当局の関係者は、「違法肥料取り引きは最後まで追い詰めて処罰する」と強く警告した。それ以降、肥料を売る人が姿を消したとのことだ。

自宅の庭や山に持っている畑で耕作をしている人たちは、肥料が手に入らなくなり、大騒ぎしている。

両江道の農業部門の情報筋は、化学肥料の横流しの問題を取り上げた。

「肥料は主に列車から降ろしてトラックに乗せて農場に運ぶが、その過程で多くが横流しされてしまう」

肥料の荷下ろしをするのは、両江道農村供給所の労働者で、農村まで運ぶのは、農場の農民だ。彼らが横流ししているものと見られる。

国が供給するものの横流しは肥料に限ったものではなく、ありとあらゆるもので行われる。

(参考記事:飢えが極まった北朝鮮で「血液の横流し」が横行

今年は、荷下ろしを労働鍛錬隊の受刑者に、運搬は武装した文駐所(派出所)の安全員(警察官)が行うという物々しさだ。

これによって横流しが防がれているが、「個人の営む農業がダメになってしまう。食糧供給にも問題が生じうる」と情報筋は指摘した。

「国家的に緊急な食糧問題を円満に解決するには、個人の農業もうまくいかなければならない。そのためには糧穀販売所(国営米屋)で住民に食糧を販売するように、国は個人で農業をしている人に合理的価格で肥料を売らなければならない」

上述の通り、市場では肥料1キロが3元ほどで取引されているが、これは異様な安さで、その理由は無料で「仕入れて」いるからだと、幹部たちは指摘している。そして、国が合法的に肥料を販売すれば、儲かると同時に個人の農業もうまくいき、食糧供給が安定するとも指摘した。

ただ、肥料の生産が需要を満たしていない状況で、それが可能なのかは不明だ。

そもそもなぜ皆が皆、肥料を横流しするのか。それは、生活が苦しいために他ならない。なんとかして現金収入を得て、生活を成り立たせるためには、国のものに手を付けるしか方法がないのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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