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犯罪被害者遺族から受刑者まで 『命の尊さ』訴える展示会、横浜で開催

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
『生命のメッセージ展 in 横浜』の会場に並ぶ幼い子供たちのパネル(筆者撮影)

 連日のように、受け入れがたい事件や事故の報道が相次いでいます。

 命の重みに思いを馳せようとせず、身勝手な行為で他人の人生を奪い去る、そんな許しがたい犯罪が後を絶ちません。

 突然、理不尽に命を絶たれた被害者の無念は言うまでもありませんが、その日を境に、残された家族がどんな思いを抱きながらその後の人生を生きなければならないか……。

『生命のメッセージ展』の会場に足を運ぶと、ひとつの生命がどれほど重く、かけがえのないものであるかが、無言のメッセージとともに胸に迫ってきます。

『つながれ、つながれ、いのち』が合言葉のメッセージ展(筆者撮影)
『つながれ、つながれ、いのち』が合言葉のメッセージ展(筆者撮影)

 昨日(6月14日)、神奈川県民ホールギャラリーで開催されている『生命のメッセージ展in 横浜』へ足を運びました。 

 吹き抜けの広い会場には、飲酒や薬物運転による交通事件やひき逃げ、殺人、労災事故、アルコールの一気飲ませ、医療過誤などで亡くなった160人の被害者が「メッセンジャー」と呼ばれる等身大の白いパネルとして並べられ、その足元には生前に愛用していた靴が展示されています。

広いギャラリーに160人のメッセンジャーが並び、メッセージを投げかけます(筆者撮影)
広いギャラリーに160人のメッセンジャーが並び、メッセージを投げかけます(筆者撮影)

 パネルの胸元には生前の写真とともに、事件や事故の概要や遺族からのメッセージを掲示。メッセンジャーの心臓の位置では、秒針だけの時計がカチカチ……と小さな音で時を刻みながら、「命の鼓動」を表現しています。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

 この展示会を主催しているのは、神奈川県座間市在住の造形作家・鈴木共子さん(69)です。

 鈴木さんは18年前、大学に入学したばかりの一人息子零さん(当時19)を交通事故で失いました。加害者は、飲酒、無免許の極めて悪質なドライバーでした。

 当時の刑罰は軽く、業務上過失致死罪などに問われた加害者に科せられたのは懲役5年6月の実刑判決のみ。あまりに命を軽んじた判決が受け入れられなかった鈴木さんは、同様の思いを抱く他の遺族らと署名活動を開始し、37万人超の署名を集めて国に提出し、2001年、危険運転致死傷罪の成立につながったのです。

折り鶴のオブジェと主催者の鈴木共子さん(筆者撮影)
折り鶴のオブジェと主催者の鈴木共子さん(筆者撮影)
このオブジェは、メッセージ展のコンセプトに共鳴した少年院の受刑者たちから送られてきた折り鶴で作られました(筆者撮影)
このオブジェは、メッセージ展のコンセプトに共鳴した少年院の受刑者たちから送られてきた折り鶴で作られました(筆者撮影)

 法改正と時を同じくして、アーティストとしての彼女が取り組んだのが、『生命のメッセージ展』でした。

 2001年から始まったこの展示は、当初16人のメッセンジャーからスタートし、全国を巡回。一般向けの会場では約140回、そのほか、刑務所や少年院などの矯正施設で、受刑者を対象に約120回開催してきました。

 そして、いつしかメッセンジャーは160人の大所帯となり、今回の横浜で141回目を迎えたのです。

全国各地から駆け付け、命の大切さを訴えるメッセンジャーの家族たち

 会場には、メッセンジャーの家族たちも全国各地から駆け付けます。

 1999年12月、反対車線にはみ出した飲酒運転の車に衝突され、20歳で命を奪われた江角真理子さん。彼女のお母様も遠く島根県から会場に足を運ばれていました

島根県から来場された江角由利子さん。「元気だったら、娘は今年39歳になっていました……」(筆者撮影)
島根県から来場された江角由利子さん。「元気だったら、娘は今年39歳になっていました……」(筆者撮影)
大学生活を謳歌していた江角さんの次女・真理子さん(筆者撮影)
大学生活を謳歌していた江角さんの次女・真理子さん(筆者撮影)

 ダンプによる左折巻き込み事故で小5の息子・元喜くんを奪われた父・長谷智喜さんは、歩行者と車が交差点で交差する信号システムを改善するよう『歩車分離信号』の必要性を提唱し続けています。

 

(筆者撮影)
(筆者撮影)

 過去最大規模となった今回の企画展のコンセプトは、「生命・愛・平和」。

 犯罪被害者からのメッセージだけでなく、犯罪を犯した受刑者から公募で集まった300点近くの作品や彼らが負ったという折り鶴のオブジェも展示されています。

 また隣接する別室では、子どもたちの絵画作品や書道作品、アンネフランクのパネル展示、フォトジャーナリスト・安田菜津紀さんの写真展、戦災孤児や障害者などを題材にしたショートムービー約20本を上映するコーナーも特設されています。

小学生の書による大人への訴えが、心に迫ります(筆者撮影)
小学生の書による大人への訴えが、心に迫ります(筆者撮影)

 鈴木さんは語ります。

「今回のメッセージ展は、私の伝えたかった思いの、集大成のアート展です。被害者遺族だけの思いに特化するのではなく、命に関するさまざまなアプローチで表現された作品から、生きていることの尊さに思いをはせ、ぜひ命の尊さを感じていただければと思います」

(筆者撮影)
(筆者撮影)

●会場/神奈川県民ホールギャラリー・全室(山下公園前)

    (横浜市中区山下町3-1 TEL 045-662-5901 )

●日時/2018年6月12日(火)~17日(日)

    午前10:00~18:00(最終日15:00)

●入場無料

医療事故で亡くなった筆者の実父もメッセンジャーの一人として医療安全を呼び掛けています。父のパネルを見てくださった来場者は、目に涙をためて語られました。「母の弟も28歳の若さで事故に遭い、亡くなりました。落胆した祖母は、間もなく亡くなってしまいました。家族の苦しみ……、消えることはありません」(筆者撮影)
医療事故で亡くなった筆者の実父もメッセンジャーの一人として医療安全を呼び掛けています。父のパネルを見てくださった来場者は、目に涙をためて語られました。「母の弟も28歳の若さで事故に遭い、亡くなりました。落胆した祖母は、間もなく亡くなってしまいました。家族の苦しみ……、消えることはありません」(筆者撮影)
ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「真冬の虹 コロナ禍の交通事故被害者たち」「開成をつくった男、佐野鼎」「コレラを防いだ男 関寛斉」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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