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感動の実話映画の裏にあった衝撃の話。サンドラ・ブロックが演じた女性の本当の顔は?

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「しあわせの隠れ場所」でオスカー主演女優賞を受賞したサンドラ・ブロック(写真:ロイター/アフロ)

 2009年に公開された映画「しあわせの隠れ場所」は、どこから見てもハリウッドのサクセスストーリーだった。

 2,900万ドルという、ハリウッドでは中くらいのレベルの予算で製作されたこの映画は、公開初週末に北米で3,450万ドルを売り上げ、主演のサンドラ・ブロックのキャリアで最高のデビュー記録を打ち立てる。最終的な全世界興収は3億ドル。予算が少ないためにギャラを下げ、その代わりに売り上げのパーセンテージをもらう契約に承諾したブロックは、結果的に普段よりずっと多い額を手にしたと言われる。そればかりか、ブロックは、この映画でキャリア初のオスカー候補入りを果たし、見事、受賞までしてみせた。作品自体も候補入りしている。

 だが、今になって、この実話映画の裏には、感動とはほど遠い、酷い事実があった疑惑が出てきた。この物語の主人公で、元NFL選手マイケル・オアーによれば、彼は彼を救ってくれた夫妻に搾取されていたというのだ。

 物語の舞台はテネシー州。ドラッグ依存症の母のもとに生まれ、養護施設を転々として育ったマイケル・オアー(クィントン・アーロン)は、体格と運動能力でフットボールのコーチの目を引き、学力が足りないにもかかわらずクリスチャンスクールに入学を認められる。住むところがない彼は、学校の体育館やコインランドリーなどに寝泊まりをしていたが、友達もおらず、そんなことを気にかけてくれる人はいない。しかし、同じ学校に通う娘(リリー・コリンズ)と息子(ジェイ・ヘッド)を持ち、マイケルを見たことがあった裕福な女性リー・アン・テューイ(サンドラ・ブロック)は、ある寒い夜、家族と車を運転中にとぼとぼと道を歩く彼を見かけ、車に乗せて家に連れ帰る。一晩だけかと思っていたが、リー・アンはその後もマイケルを泊まらせてくれて、服やベッド、しまいには車まで買ってくれた。彼がフットボールの才能を見せ始めると、スポーツ奨学生に必要な成績を得られるよう、家庭教師までつけてくれる。リー・アンの夫ショーン(ティム・マッグロウ)も、夫妻の娘、息子も、マイケルを常にサポートしてくれた。

ドラフト指名を受けて、リー・アンと抱き合うマイケル
ドラフト指名を受けて、リー・アンと抱き合うマイケル写真:ロイター/アフロ

 マイケルは無事に成績を満たして、リー・アンとショーンの母校であるミシシッピ大学に入学。息子と呼ぶマイケルが家を出て行くことは、リー・アンにとって誇らしかったが、寂しくもあった。映画の最後でふたりはお互いを強くハグする。その後には、実在のマイケル・オアーがボルチモア・レイヴェンズからドラフト指名を受けた映像が見せられ、続いて実在のマイケルとテューイ一家の仲良さそうな写真が何枚も見せられる。まさに愛に満ちたハッピーエンドだ。

マイケルは映画から1ドルも受け取らなかった

 映画の中で、まもなく18歳になろうとしていたマイケルはテューイ夫妻と養子縁組をしたのではなく、テューイ夫妻に法定後見人になってもらったのだということは、言及される。それでも、リー・アンはマイケルを「私の息子」と何度も呼ぶし、数多くあったオファーの中からミシシッピ大学を選んだ理由について、マイケルが「僕の家族が行った学校だから」と言うシーンもあり、観客は彼らが本当の意味で家族になったような印象を受ける。家族として愛し合っていることが何より大事なのだし、そのふたつの違いに観客はほとんど注意を払わない。

 しかし、彼らはマイケルを家族のように愛してはいなかったようなのである。ESPNが報じるところによると、現在37歳のマイケル・オアーは、今週、テューイ夫妻に騙されていたとする訴状をテネシー州の裁判所に提出した。訴えによれば、マイケルが18歳になるやいなや、テューイ夫妻は法定後見人になると言ってきたとのこと。養子縁組でないのはマイケルの年齢が理由だという夫妻は、「これは養子縁組と何も変わらないから」と主張し、マイケルは説得に応じた。

 実際のところ、このふたつには大きな違いがある。養子縁組は正式に家族になるし、大人になれば、ほかの大人と同じように、自分のお金は自分で管理する。一方で、後見人は家族ではない。そして後見人がつくと、何歳になっても自分のお金は後見人に管理され、医療上の決断なども後見人によってなされることになる。成年被後見人の問題については、近年、ブリトニー・スピアーズの件でも注目されたばかりだ。

 マイケルの話が映画化されるにあたり、テューイ夫妻は、自分たちと実の娘、息子の4人に、それぞれ22万5,000ドルと、収益の2.5%が支払われるようスタジオと契約を結んだ。そんな話し合いがなされていることすら知らなかったマイケルは、大ヒットしたあの映画から1ドルも受け取っていないという。また、リー・アンは、マイケルを養子に取ったと人々が受け止めていることを利用して、著者、講演者の活動をしているとも、マイケルは指摘する。マイケルは、テューイ夫妻が今後、自分の名前、肖像を使わないこと、これまでに得た利益から自分にもフェアな支払いをすること、損害賠償を払うことを要求している。

テューイ夫妻は訴えを「ばかげている」と一蹴

 テューイ夫妻の弁護士マーティ・シンガーは、マイケルの訴えを「ばかげている」と一蹴。「テューイ夫妻はマイケルを家に招き入れ、サポートしてあげて、無償の愛を提供してあげました。夫妻は彼を息子として扱ってきました」と強調し、映画の契約においても、収益はマイケルを含む家族全員で均等に分けると決め、それを守ってきたと主張する声明を発表した。さらに、声明は、マイケルの回顧録が出版されたばかりであることを挙げ、宣伝を狙っているのではとも示唆する。

「しあわせの隠れ場所」は全世界で3億ドルを売り上げた(amazon.com)
「しあわせの隠れ場所」は全世界で3億ドルを売り上げた(amazon.com)

 真実の隠れ場所は、果たしてどこなのか。その答は、そのうちわかってくるはずだ。それにしても、この訴訟で突然にして久々に話題に上がった「しあわせの隠れ場所」を再び見直してみると、14年前に作られた映画だというのがありありと感じ取れた。まぎれもない「白人の救世主(white savior)」もので、白人にとっての“フィール・グッド・ムービー”なのである。

 映画の中でIQが低いとされたり、テューイ夫妻に出会うまでフットボールをしたことがなかったように描かれたりしたことに対してもマイケルは不満を述べているが、それらは“救ってあげる”上で効果的な見せ方だったのではないか。映画化されるのが今だったなら、黒人の監督と脚本家が雇われるはずで、そんな描き方が選ばれることはなかっただろう。名作とされる映画のすべてが永遠にそう呼ばれるとは限らない。この一件は、そんな事実をあらためて思い出させてくれた。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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