平穏な浜が突然牙をむく水難事故 古賀の浜 水難事故調レポート
3年前の8月11日、福岡県古賀市にある古賀の浜から「子供2人が流され、その他に父親と救助に向かった男性が行方不明」との119番通報が古賀市消防本部に入りました。懸命の救助活動にもかかわらず、結果として4人全員が溺れて命を落としました。水難学会事故調査委員会が現地調査を行った結果、ポケットビーチで発生する沖向きの強烈な流れによって4人が深い場所に流され、溺れたとの結論に至りました。
事故の概要
3年前の平成29年8月11日、福岡県古賀市にある古賀の浜では、夏休みの思い出作りのために家族連れをはじめ、幾人もの人たちの海を楽しむ姿が見られました。災害が起きる雰囲気が感じられない平穏な浜から「子供2人が流され、その他に父親と救助に向かった男性が行方不明」との119番通報が古賀市消防本部に突如入りました。懸命の救助活動にもかかわらず、結果として4人全員が溺れて命を落としました。
図1に示すように古賀の浜は弓なりの砂浜で長さが400 mほど、両端には、川幅20~30 m、河口でも100 mにも満たない中川と花鶴川の2本が海に注いでいます。ポケットビーチと呼ばれる典型的な構造です。災害点は図2に示す現場見取り図の「ビート板」と書かれたあたりです。図中の左の突堤は花鶴川河口に当たります。
現場で集めた目撃情報を基にすると、事故の発生は13時50分頃。災害点にてビート板で遊んでいた子供2人が急に突堤の先端方向に流され、父が砂浜から海に入り追いかけ、さらに突堤途中から別の男性が海に飛び込み、それぞれが子供の救助を試みました。間もなく、子供も大人も海中に沈んでしまいました。
その日のうちにA, B地点において成人男性と男児を救助隊が発見、翌日C, D地点にて父と子供を救助隊が相次いで発見しました。
水難事故調の観点
突然発生した沖向きの流れ 現場にて同じように流されて助かった方の証言によれば、「突如、5秒くらいで20 mほど沖に流された。」
ポケットビーチの構造 この浜がポケットビーチ構造であることに着目、波や流れのシミュレーションを行うために、測量データを集めた。
当日の気象・海象データ 特に13時50分頃の現場に影響を与えるような気象・海象の変化があったか、解析した。
突然発生した沖向きの流れ
実は、この日の午前にも同様に激しい流れがポケットビーチ中央付近で観測されていたそうです。その後すぐに収まり、13時50分頃、再び激しい流れが発生しました。証言を集めると、その速さは秒速4 m前後です。日本の急流と言われる河川でも流れはせいぜい秒速3 mです。大きな傾斜のある河川の流れよりも速い流れが、砂浜で発生するとはにわかに信じられません。でも、現場にいた多くの証言が秒速4 mくらいで一致していたのです。
その流れは突堤の根本付近から、突堤に沿って沖に向かいました。ただ、4人とも突堤先端からそれほど遠くには流されていないので、流れは突堤先端から先で急速に弱まったと考えられました。
ポケットビーチの形状
測量の結果、ポケットビーチ内はすべて砂質の底でした。沖合に人工リーフが設置されていて、砂の沖合への流出を防いでいます。砂底の傾斜はなだらかで、ポケットビーチ中央付近では汀線から水深1 mに達するまでの距離は、おおよそ30 mです。花鶴川に沿う突堤では突堤先端で水深が1.5 mほど、つまり大人だったら足が立つほどの深さです。ところが、この先で急に深くなり、水深3 mから4 mに達します。4人が溺れたのもこの水深のあたりです。
当日の気象・海象データの収集
図3をご覧ください。現場周辺の拡張図を示します。現場から20 kmほど離れたNOWPHAS玄界灘波浪観測所のデータを解析した結果、事故の70分くらい前に波向が北北東から北北西に急に変わりました。実は8月のこの付近の波向は多くが北北東です。北北東の波向では、観測所から古賀の浜の間に半島があって、波はこれに邪魔されてしまいます。そのため、8月の古賀の浜は比較的平穏なのです。
ところが、波向が北北西にかわると突如大きな波が古賀の浜に入ることになります。水難学会事故調査委員で、長岡技術科学大学 犬飼直之准教授(海岸工学)は、ここに着目し、ポケットビーチ内における波浪入射時の流速分布を計算しました。その結果を図4に示します。花鶴川側突堤の根本付近において、秒速3 mに達する流れが発生する可能性を突き止めました。その流れは突堤先端に向かって急流となって進んでいきます。
定性的に説明すると、突然ポケットビーチ内に入ってきた北北西の波は逃げ場を失い、突堤根本に集中します。そのためここにおける海水の水面上昇が瞬間的に起きて、それが強烈な水の流れに姿を変えて、突堤先端に向かいます。最初に流された子供2人はこの流れに突然襲われたと推測できます。
なお、波向の急激な変化の原因は、当時日本海を進んでいた低気圧の影響だと考えています。
こんなこと、わかっていたのか
4人の方が同時に亡くなったこの時、水難学会が第七管区海上保安本部、古賀市消防本部の協力を得て現場検証し、多くの証言や専門家の知見を得て、このような結論に至りました。
そもそもわが国で本格的な水難事故調をはじめてまだ5年です。専門家でも「こういうことがおこるのか」とやっとわかってきたところです。従って、海で海水浴を楽しむ皆様も含めて、われわれはまだ海の水難事故の何たるかなど、すべてがわかっているわけではありません。
水難学会としましては、このような事故調レポートを出しながら、皆様がより安全に海で楽しく遊べるようにお役に立ちたいと思っております。
※事故調レポートは様々な観点が矛盾なく説明できるところで結論としておりますが、水難事故の真実については、当事者以外にはわからないものです。
※さらに専門的に詳細を知りたい方への参考文献
犬飼直之、高橋直紀、斎藤秀俊、安倍淳、木村隆彦、新西道浩、油布健太郎、"半島陰影部に位置する福岡県古賀海岸での波浪挙動の把握",土木学会,土木学会論文集B2(海岸工学),Vol. 75,No.2,I_151-I_156,2019.