勝者S・シェフラーの「感動の」4パット・ダブルボギーはマスターズ史に残る名場面
第86回マスターズを制し、前年覇者の松山英樹からグリーンジャケットを着せられたのは、25歳の米国人、スコッティ・シェフラーだった。
今季すでに3勝を挙げ、世界ランキング1位の立場でマスターズを迎えたシェフラーは、開幕前から優勝候補の筆頭に挙げられており、彼が2位に3打差の単独首位で最終日を迎えたことは、ある意味、大方の予想通りの展開だった。
だが、そんなシェフラーが1番の第1打を大きく左に曲げ、いきなりトラブルに陥ったとき、米国のTV中継のアナリストを務めるマスターズ・チャンプのニック・ファルドは「マスターズ最終日を首位で迎え、最終組でスタートするときの感覚は、世界ナンバー1の彼にとっても、ブランニュー(初めて)のフィーリングのはずだ」と、ちょっぴり、したり顔で言った。
シェフラーの相棒キャディのテッド・スコットは、「確かに、出だしのスコッティは、少しだけ震えていたようだった」と試合後に明かした。
とはいえ、シェフラーの震えは、1番をパーで切り抜けたことで、すぐに収まり、そこから先の彼は終始、冷静だった。
同じ最終組で回っていたキャメロン・スミスが連続バーディ―で発進し、2人の差は一気に1打差へ。そしてシェフラーは3番でティショットを大きく左に曲げ、もはや形勢逆転かと思われた。が、それでも彼は冷静さを失わず、2打目でグリーン左手前まで持っていき、そこからチップイン・バーディーを決めて、魔法のようにピンチをチャンスに変えた。
どんなときも表情を変えることなく、淡々とプレーするシェフラーのゴルフは、名づけるなら「静のゴルフ」だった。
シェフラーの傍らで彼に追撃をかけようと必死だったスミスは、シェフラーとは正反対に、感情の起伏を露わにしながら戦っていた。1番と2番の連続バーディーでシェフラーににじり寄ると、すぐさま3番、4番で連続ボギーを喫した。11番のバーディーで大歓声を浴びると、続く12番(パー3)では池に落として痛恨のトリプルボギー。そうやって、スコアを伸ばしては落とし、落としては奪い返し、一喜一憂しながらプレーしていたスミスの出入りの激しいゴルフは、シェフラーのそれとは真逆の「動のゴルフ」だった。
最終日に8つスコアを伸ばす猛チャージを見せたローリー・マキロイ、5つ伸ばしたコリン・モリカワのゴルフは、実にエキサイティングだった。とりわけ72ホール目で2人が次々にバンカーからのチップイン・バーディーを奪い、互いに讃え合った姿は、世界中のゴルフファンを狂喜させたことだろう。
そんな彼らのゴルフも、やはり「動のゴルフ」だった。残念ながら優勝には手が届かず、オーガスタ・ナショナルのサンデー・アフタヌーンを盛り上げるスパイス役に留まった。
「静かなるゴルフ」と「動きの激しいゴルフ」。もちろん、どちらかが正解とか不正解とか、そういう話ではないのだが、今年のマスターズでは、静かに戦い続けたシェフラーの「静のゴルフ」が勝利した。
それは、静かに戦ったから勝てたというわけではなく、彼が終始、「目の前のこと、自分がやるべきことだけに集中した」からこそ、自ずと静かなゴルフが可能になり、その結果、初めてのグリーンジャケットを手に入れることができたのだと私は思う。
とはいえ、シェフラーのゴルフも、最後には大きく動くことになった。
あれほどクールだったシェフラーの集中力が、ついに失われたのは、彼が18番グリーンに向かって歩き始めたころだった。すでに彼はグリーンを捉え、カップまで12メートルほどの地点にボールを乗せていた。しかし、彼の脳内では「優勝」の二文字が見え隠れし始め、そんな心の動きが、手元の動きもボールの動きも乱すことになり、4パットを喫してダブルボギー・フィニッシュになった。
心が動いたことは、いけないことだったのか?動揺が招いた4パット・ダブルボギーの締め括りは、カッコ悪いものだったのか?
優勝会見でシェフラー自身は「あれは、しゃっくりみたいなもの。あれのせいで、ちょっと感動が薄れた感があり、そのおかげで、こうしてインタビューにも応えられる」と照れ笑いをしていた。
だが、想像以上に感極まり、次々に短いパットを外していった背景に、彼が味わってきたどれほどの労苦が隠されているのかを、オーガスタ・ナショナルの大観衆は、みな想像し、それを讃えた。だからこそ、あのとき大観衆は総立ちになってシェフラーに拍手を贈ったのだ。
あの場面は、何にも代えがたい美しいものだった。勝者シェフラーと大観衆が共鳴し合った、あの4パットのダブルボギー・フィニッシュは、マスターズ・ヒストリーに残る名場面だった。