Yahoo!ニュース

拉致問題解決の切り札「モンゴル・カード」が消滅、次は?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

注目されていたモンゴル会社「アバール・リミテッド・ライアビリティ・カンパニー」の朝鮮総連本部(建物と土地)の落札は東京地裁の審査結果、不許可となった。これにより拉致問題絡みの「モンゴル・カード」は消滅した。

不許可になった理由は、落札したこの会社が実体のないペーパーカンパニーと判断されたか、あるいは資金調達が確保されていないと判定されたか幾つか考えられるが、どれもこれもモンゴル政府がバックアップしていれば、クリアされていただろう。結局のところ、モンゴル政府がこの会社の背後にいなかったということに尽きる。

宗教法人「最福寺」の池口恵観法王が一回目の入札(3月26日)で落札した時は、3日後の29日には許可されていたのに 二回目の入札(10月17日)で「アバール・リミテッド・ライアビリティ・カンパニー」が落札し、頭金を納めたにもかかわらず、東京地裁が売却決定の延期を発表し、審査に3か月以上もかけたことは、基準価格26億6千万円に対して倍に近い50億円1千万円もの値をつけたこの会社が資本金6万円の経営実態がないペーパーカンパニーの疑いが浮上したことにある。

そもそも昨年1月に設立されたばかりの、営業実績も、活動実体もない、名ばかりの会社が、異国の、それもいわくつきの、リスクの高い、さらに50億円という高額物件に手を出すこと自体が不自然とみられていた。

会社社長は、元横綱朝青龍と縁戚関係(社長の兄の妻が朝青龍の妹)にあることを明らかにしていたが、朝青龍は「ASAグループ」という投資・観光グループの最高責任者である。2010年4月に実業家として初訪朝し、以降、朝鮮総連ともイベントに顔を出すなどそれなりのパイプがあることから朝鮮総連(北朝鮮)―朝青龍(モンゴル)のラインが浮かび上がっていた。

そうしたコネクションから仮に落札が許可されていれば、朝鮮総連がこの会社と賃貸契約を結べば、本部を継続して使用できることになっていた。それが東京地裁の不許可で不可能となった。

今回の不許可で日本政府がこの会社の落札に関与していないこともわかった。

安部政権になって日本政府がモンゴル政府に拉致問題への協力を要請していたことは周知の事実だ。

昨年3月に安倍首相がモンゴル訪問したのをはじめ、同年7月には古屋拉致担当相を特使としてモンゴルに派遣し、親書を伝達している。

モンゴル側からも2か月後の9月21日にアルタンホヤグ首相が来日し、安部首相と会談したほか、一週間後の29日にはエルベグドルジ・モンゴル大統領も来日し、総理の私邸で約1時間会談を行っている。古屋拉致担当大臣によると、この安部・エルベグドルジ会談では拉致問題解決が話し合われ、日本政府が協力を改めて強く要請していた。

そして、直後の10月初旬に行われた二回目の入札で「アバール・リミテッド・ライアビリティ・カンパニー」が入札し、落札したことがわかり、日本政府の「関与説」が囁かれ始めるに至った。

一方、北朝鮮も10月28日、安部総理から拉致問題への協力を要請されたエルベグドルジ大統領の訪朝を受け入れ「相互関心事となる問題について虚心坦懐に話し合った」ことからモンゴルを「仲介人」として朝鮮総連本部の問題を解決しようとしているのではとみられていた。

再三にわたって「日本政府が朝鮮総連の使用を継続して認めるなら、拉致問題についてそれなりの対応をする」との意思表示をしていたから、仮に東京地裁がモンゴル企業の落札を認めれば、拉致問題で動くのではとみられていた。

もう一つ、日本とモンゴル、北朝鮮とモンゴルが貿易の面で共通の利害関係を有していたことも、モンゴルを介した日本と北朝鮮の「裏取引」の根拠となった。

日本とモンゴルは安部総理がモンゴルを訪問した際にタバントルゴイ炭田開発計画に協力する意向を表明していた。日本はモンゴルの鉄道を整備し、シベリア鉄道に繋げ、日本海ルートでモンゴルから石炭を輸入する計画を持っている。

北朝鮮とモンゴルは「経済貿易関係の拡大」で合意しているが、モンゴルとしては、日本に石炭など鉱物資源を輸出するには日本海に面した北朝鮮の羅先の港の使用が不可欠となっている。

こうした利害関係もあって、今回の落札にはモンゴル政府が全面協力するのではとみられていたが、そうはならなかった。

モンゴル政府が朝鮮総連の物件に関与しなかったのは、エルベグドルジ大統領の訪朝の際に金正恩第一書記と首脳会談ができなかったことへの反発があるのかもしれない。

エルベグドルジ大統領は前回の一泊二日と違って、3泊4日と滞在期間が延長したにもかかわらず金正恩第一書記には会えなかった。北朝鮮側の対応を「非礼」として受け止めていたとすれば、モンゴルが朝鮮総連のためひと肌脱ぐことはないだろう。

東京地裁が1月14日に総連本部落札の審議結果の公示を伝えた三日後の17日、安部総理がエルベグドルジ大統領と電話会談をするまで何の動きもなかったことがその証左かもしれない。

今回の落札不許可で再度入札が行われるが、ちなみにモンゴルの会社と並んで前回入札したのは「A」社である。今回の件で懲りて、どこも入札しないとなると、「A」社が再度入札すれば、確実に落札することになる。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

「辺真一のマル秘レポート」

税込550円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

テレビ、ラジオ、新聞、雑誌ではなかなか語ることのできない日本を取り巻く国際情勢、特に日中、日露、日韓、日朝関係を軸とするアジア情勢、さらには朝鮮半島の動向に関する知られざる情報を提供し、かつ日本の安全、平和の観点から論じます。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

辺真一の最近の記事