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ファーウェイの半導体が苦戦、顧客のAI開発に遅れ 「チップの安定性」や「ソフトウエア」に問題

小久保重信ニューズフロントLLPパートナー
(写真:ロイター/アフロ)

米エヌビディア(NVIDIA)のAI(人工知能)向け半導体に追いつくべく開発された中国・華為技術(ファーウェイ)の半導体「昇騰(Ascend)」が苦戦を強いられているようだ。ファーウェイの顧客企業は、同半導体を使用したAI開発において様々な問題に直面している。

エヌビディアの「CUDA」vs.ファーウェイの「CANN」

英フィナンシャル・タイムズ(FT)が報じた。それによると、昇騰を使用する企業から、ソフトウエアのバグや、エヌビディア製品からの切り替えの難しさといった不満が相次いでいる。

その理由として、①チップの安定性の問題、②チップ間の通信速度の遅さ、③ファーウェイ独自のソフトウエア「CANN(Compute Architecture for Neural Networks)」の性能不足、などが挙げられている。

Huawei’s bug-ridden software hampers China’s efforts to replace Nvidia in AI

https://www.ft.com/content/3dab07d3-3d97-4f3b-941b-cc8a21a901d6

これに対し、エヌビディアのソフトウエアプラットフォーム「CUDA(Compute Unified Device Architecture)」は、開発者にとって使いやすく、データ処理を大幅に高速化できる。エヌビディアの最大の強みの1つとして評価されている。

エヌビディアはAI半導体市場で圧倒的な優位性を持ち、一部の専門家から「堀に囲まれた城」といわれている。GPU(画像処理半導体)とCUDAによって大きく先行しており、代替製品への切り替えが難しい状況だ。CUDAはCPU(中央演算処理装置)からエヌビディアのGPUに超並列処理の命令を送り、実行処理するためのソフトウエア開発環境だ。

こうした中、ファーウェイをはじめとする中国企業は、CUDAに匹敵するソフトウエアを開発することで、エヌビディアが独占するAI半導体市場に挑もうとしている。

だが、ファーウェイのCANNは、AI開発を困難なものにしていると指摘される。FTによれば、従業員からも不満の声が上がっている。

ファーウェイの研究者は、CANNが昇騰の使いやすさを損ね、開発作業を妨げていると指摘する。「ランダムなエラーが発生しても原因を特定することが難しく、問題を解決するには、ソースコードを読み解ける優れた開発者が必要であり、これが開発効率を低下させている。コーディング自体も完璧ではない」と述べている。

関係者によると、ファーウェイはこの問題を解決するため、顧客企業にエンジニアを派遣し、エヌビディアのCUDAで開発されていたAIモデルの学習コードをCANNに移行する支援を行っている。

百度(バイドゥ)や科大訊飛(iFLYTEK、アイフライテック)、騰訊控股(テンセント)などのIT(情報技術)大手が、ファーウェイのエンジニアチームを受け入れているという。

ファーウェイは大規模な労働力を活用して、この問題に取り組んでいる。同社によると、20万7000人の従業員の50%超が研究開発に携わっており、その中には顧客の技術導入を支援するチームもある。

米国の対中輸出規制受け、昇騰を市場投入

ファーウェイのAI半導体を巡っては、米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)や英ロイター通信が、「昇騰910C」と呼ばれる新製品の投入準備を進めていると報じている。中国のAI向け半導体では、現行の「同910B」が最も先進的といわれるが、ファーウェイはそれを上回る性能の次世代品を開発中だ。

ファーウェイの新型AI半導体は、米国の対中輸出規制強化により、エヌビディアが中国に最先端品を供給できなくなったことを受けたものだ。ファーウェイは、国内AI半導体市場の覇権を狙うべく、昇騰シリーズを投入した。FTによれば、この半導体は中国のAI企業の間で推論処理に広く採用されている。

その一方で、エヌビディアは米国の輸出規制の技術基準を下回る製品を開発・投入し、中国市場で事業活動を継続している。同社は24年3月に開いた開発者会議で、次世代GPUシリーズ「Blackwell(ブラックウェル)」を発表した。

そのうちの「B200」は、チャットボットのようなタスクにおいて、前モデルに比べて30倍の高速性を実現する。エヌビディアはB200の中国向けモデル「B20」も準備中とされる。

ファーウェイ製AI半導体への需要旺盛

FTによれば、ファーウェイ(華為技術)は、米政府が23年10月に行った輸出規制強化を受け、昇騰910Bの価格を20〜30%引き上げた。同社の顧客からは、昇騰の供給が不足しているという声も上がっている。これは、中国企業が最先端の半導体製造装置をオランダASMLから購入できないという制約が要因とみられる。

ただ、ファーウェイ製AI半導体に対する需要は依然として強いようだ。同社は24年8月29日、1〜6月期の売上高が前年同期比34%増の4175億元(約8兆5000億円)だったと発表した。

Huawei Announces 2024 H1 Business Results

https://www.huawei.com/en/news/2024/8/h1-business-result

ファーウェイ常務取締役兼ファーウェイクラウドCEO(最高経営責任者)である張平安(ジャン・ピンアン)氏は24年7月に上海で開催された「世界人工知能大会(WAIC2024)」で、「50種類以上の基盤モデルが昇騰で学習されている」と自信を示した。

筆者からの補足コメント:

米政府は2022年、AI向け先端半導体を中国などに輸出することを原則禁じました。これにより、エヌビディア製GPU「A100」と「H100」の中国への輸出ができなくなりました。そこで同社は、規制基準を下回る性能の「A800」と「H800」を開発し、販売を再開。しかし、米政府は1年後に規制強化を発表。A800とH800も輸出できなくなりました。その後エヌビディアは、米政府が新たに定めた性能基準を下回る3種のGPU「HGX H20」「L20 PCIe」「L2 PCIe」を開発しました。これらはAI向け最新機能を搭載していますが、一部の計算能力が抑えられています。ただし、米政府は一層の規制強化を目指し、3度目の輸出制限を計画しているとも報じられています。

  • (本コラム記事は「JBpress」2024年9月13日号に掲載された記事を基にその後の最新情報を加えて再編集したものです)
ニューズフロントLLPパートナー

同時通訳者・翻訳者を経て1998年に日経BP社のウェブサイトで海外IT記事を執筆。2000年に株式会社ニューズフロント(現ニューズフロントLLP)を共同設立し、海外ニュース速報事業を統括。現在は同LLPパートナーとして活動し、日経クロステックの「US NEWSの裏を読む」やJBpress『IT最前線』で解説記事執筆中。連載にダイヤモンド社DCS『月刊アマゾン』もある。19〜20年には日経ビジネス電子版「シリコンバレー支局ダイジェスト」を担当。22年後半から、日経テックフォーサイトで学術機関の研究成果記事を担当。書籍は『ITビッグ4の描く未来』(日経BP社刊)など。

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