憲法記念日に見てほしい。伊勢崎賢治さん・木村草太さん、申ヘボンさんが安保法制・憲法を問い直す。
5月3日は憲法記念日。今年は、去年までとはかなり様相が違う。
昨年9月、多くの疑問が噴出する中で、安全保障法制が可決成立した後、初めての憲法記念日だからである。
この法律は従来の政府解釈で違憲とされた集団機自衛権の行使を容認し、従来の憲法上の制約を超えて海外で武力行使をすることに道を開いた。
何より、明らかに憲法9条に反するのではないか、立憲主義に反してよいのか、という声に政府は正面から説明することを避けたまま今日に至っているのは由々しきことである。
そして、今後、この法律が発動されれば、問題は単なる憂慮を越して、リアルな戦争に近づき、海外の戦闘行為で尊い人の血が流されていくことになる危険性が現実化する。さらに、「緊急事態」条項を憲法に入れるというかたちで、憲法改正をしようとする動きもある。このまま、傍観していると、本当に人権や平和といったこれまで当たり前に私たちが享受していたものが、大きく変容していく可能性が高いといえる。憲法「改正」はいまや現実化してきた問題である。
とはいえ、気にはなっても今日、全国各地で開催されている憲法にかかわる集会に足を運ぶ時間がない、という方も多いかもしれない。
そこでここでは、ヒューマンライツ・ナウが今年初めに開催した、2回のトークイベントの動画を紹介したい。いずれも、識者から安保法制・憲法改正への懸念・疑問がはっきりと語られている。それぞれちょっと長い動画であるが、気になった部分だけピックアップするだけでも見てもらえると大変参考になると思う。
■2月1日「紛争解決請負人 伊勢崎賢治さんと語る 紛争の現場から見た、安保法制発動の危険」
https://www.youtube.com/watch?v=_r38XtA9ulM
講師の伊勢崎氏は、東京外国語大学大学院教授で、東チモールで国連PKO暫定行政府の県知事を務めた後、シエラレオネで国連PKOの幹部として武装解除を担当し内戦の終結に貢献、その後、アフガニスタンにおける武装解除を担当する日本政府特別代表を務めた、「紛争解決請負人」。その伊勢崎さんは、特に9.11テロ事件以降の紛争の現場が大きく様変わりしているなかで、安保法制により「日本がアメリカと共に地球の果てまで軍事力を誇示すること」の危険性を指摘、法律の発動に反対してこられた。
この講演は大変興味深いのは、伊勢崎氏が、日本発の国際貢献の実体験として、9.11テロ事件の後、アフガニスタンで武装勢力の武装解除に関わった経験を克明に説明してくださったこと。
アフガンで、長びく内戦で拡大した部族に武装解除をさせたのは、武器をもたない日本の平和構築の取り組みだった。
それは、アフガンに展開していた欧米のどの国も成し遂げられなかったことで、「日本の非軍事」というスタンスが、アフガンの各部族からも信頼されたことが根底にあったと指摘された。
しかし、その後、米国はアフガンの平和構築を途中で放置したままイラクに軍事介入、泥沼の対テロ戦争を生み、ついにはISが登場する最悪の事態を招いている。
日本もこの十数年の間の政策判断で、「非軍事」という国際的にも貴重な資源と信頼を失ってきたと伊勢崎さんは指摘。
こうした状況下にある新しい世界のなかで、日本が米国とともに紛争の当事国になっていくリスクは大変大きい、取り返しのつかない事態を避けるため、安保法制を発動させないことの必要性を伊勢崎氏は強く訴えた。
長年紛争の現場に身を置き、欧米各国ともわたりあい、国際情勢を熟知した伊勢崎氏だからこそのリアルな話であった。
■2月29日 木村草太氏×申ヘボン氏 「憲法改正と人権~国家緊急権が意味するもの~」
https://www.youtube.com/watch?v=g7AXHXN1U4I
テレビでもおなじみの憲法学者、木村草太氏が、昨年成立した安保法制を大変わかりやすく解説。
昨年、突然11の法案が提案され、十分な審議の時間もなく、議論が国民的に共有されないまま最後は暴力的な採択シーンで幕を閉じた安保法制の国会では、国会論戦も一部の対立ポイントに集中しがちであり、メディアで取り上げられたのも法案の一部に過ぎない。
改めて木村教授が、冷静かつロジカルに、安保法制の全体像を解説、問題点を分析・指摘され、必見といえる。
例えば、これまで後方支援は、非戦闘地域において行うとされていたものが、現に戦闘が行われていない地域なら可能となった。
一見するとこの違いはよくわからないが、
電車を待つときは黄色い線の内側で待ちましょうという話だったのが、電車が通っていなければ線路に降りてもいい、そういう話であります
など、難しい条文を大変わかりやすく解説していただいた。
一方で木村教授が繰り返したのが、
「イラク戦争の失敗を繰り返さない」ということ。
イラク戦争を支持し、自衛隊を派遣したのに、結局は大量破壊兵器もなく、イラクは今も深刻な状況にある、国際法上の違法性の問題もある、ところがイラク戦争に関する日本政府の事後的検証としてリリースされた報告書はたった4頁、ほとんど内容がなく、戦争当事国の行った検証に比較しても明らかに無内容なものであった。このような違法な武力行使に加担しないための、きちんとした検証のメカニズムが日本において機能していない状況下で、今回のように広範に海外での軍事行動に協力・参加することを可能とする法制を発動させることは、同じ、またはさらに深刻な過ちを繰り返しかねない、という懸念が深まった。
続いて国際人権法学者の申ヘボン氏が、ナチスの全権委任法等の歴史を振り返りながら、いま日本で議論が進みつつある「緊急事態法制」の問題点を指摘。全権委任法ができた当時の状況と日本の今の状況にどこか似た点があることに気づかされ、戦慄を覚える。
日本にはすでに個別に緊急事態に対応する法律があるのに、憲法に憲法事態条項を入れる意味はなんであろう。
緊急事態条項によって何がもたらされるかといえば、人権と自由に対する広範な制限である。私たちの首を絞める議論なのだ。
申教授は、「憲法の条文としての緊急事態条項」を提案していることの意味、国際人権法や各国の法制との関係での問題点をわかりやすく指摘された。
その後の討論は白熱、討論も含めて、ぜひ見ていただきたい。
■ 二度と戦争を繰り返さないという「非軍事による世界へのアプローチ」を転換してよいのか
こうした識者の懸念が示す通り、憲法をめぐる状況は危機的と言ってよい。
まずは、憲法を守らない、憲法違反の法律をつくってもよい、という政府の姿勢そのものが、立憲主義という観点から見れば危険である。権力者は憲法を守る、これは独裁を許さないための大切なルール、人類の英知のはずだ。
そしてもうひとつ、何よりも大切なことは、これまでの日本のあり方、二度と戦争を繰り返さないという決意に立脚した、非軍事による世界へのアプローチを、軍事への積極的加担という方向性に転換してよいかということ、このことが今、問われているのだ。
私たち・日本の国際NGOは何よりも憲法9条の精神を誇りに思い、世界中から紛争やその原因となる貧困や人権侵害をなくそうと活動してきた。紛争地の悲惨な現実をよく知っているからこそ、日本が紛争助長の役割を担うことを到底黙って見過ごすことができない。
そこで昨年、NGO非戦ネットというネットワーク組織を80近くの団体( 日本・各地の代表的なNGO連合組織を含む)で結成し、安保法制に反対してきた。
私たちヒューマンライツ・ナウは国際人権NGOとして、世界の最も深刻な人権侵害の現場で起きていることを目撃してきたが、当たり前のことであるが
戦争こそ最大の人権侵害
であると考えて、行動している。
9.11テロ事件以降の約15年、対テロ戦争によって世界はより不安定で危険な場所になっている。軍事作戦が功を奏して世界が安全になったとは到底言えない、惨憺たる状況で、おびただしい犠牲者を生み出してきた。
9.11テロ事件以降の世界情勢は、武力では決して平和を構築することができないことを示した。だからこそ、これまでの日本のやり方・どんなに時間がかかっても、憎しみでなくて信頼を生む、非軍事的な国際協力と信頼構築が、今見直されるべきだ。
いま、日本政府がなすべき国際貢献は、軍事介入によって人命や人権の犠牲を新たに生み出すことではない。紛争・殺戮の当事者でない中立の立場にあってこそ、紛争に苦しむ地域の人びとの信頼を勝ち取り、真の国際貢献ができるはずだ。
NGO非戦ネットのウェブサイトには戦闘地域で苦しむ人々のために人道支援等を展開する第一線のNGOや国際協力に携わるNGOの、安保法制発動に対する懸念が表明されているのでぜひ読んでいただきたい。
二度と戦争を繰り返さないという「非軍事による世界へのアプローチ」を転換してよいのか。国のあり方を決めるのは国民である。
このまま黙って国の方向性が大きく転換してしまう前に、主権者として私たちにできることはたくさんあるはずだ。