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野手の年間登板試合のMLB記録を塗り替えたハンザー・アルベルトを後押しするドジャースの圧倒的強さ

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
野球の年間登板記録を塗り替えたハンザー・アルベルト選手(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【ドジャース控え内野手が塗り替えたMLB記録】

 先週のことだが、現地時間の9月2日に行われたドジャース対パドレス戦で、ドジャースの控え内野手が“ある”MLB記録を塗り替えたのをご存知だろうか。

 選手の名はハンザー・アルベルト選手。彼はこの試合に0対7で迎えた9回に野手ながら4番手で登板し、1安打2四球を許しながら無失点に抑える好投を演じている。

 この登板はアルベルト選手にとって今シーズン7試合目となり、野手による年間登板試合数のMLB新記録を打ち立てることに成功したのだ。

 またアルベルト選手は翌3日のパドレス戦で連投しており、今も記録を更新し続けている。シーズン終了まであと何試合登板機会があるのか楽しみなところだ。

【登板8試合中7試合が勝ち試合という異質さ】

 今シーズンからドジャースに在籍しているアルベルト選手は、過去にも登板経験があった。ただ2019年のオリオールズ時代と2021年のロイヤルズ時代に、それぞれ1試合に登板しただけだった。

 もちろん彼は野手なので、ルール上は二刀流の大谷翔平選手と違い、2つの例外を除き登板が許されていない。その2つの例外とは。延長戦もしくは6点差以上離れた試合のいずれかで、そうした条件をクリアしながらここまで8試合に登板しているのだ。

 ただMLBではアルベルト選手に限らず、大差がついた試合で中継ぎ陣を温存するため、野手を登板させるケースは珍しいことではない。マーリンズ時代のイチロー選手も、2015年10月4日のフィリーズ戦で登板したのを記憶されている方も多いのではないだろうか。

 それだけ野手の投手起用はMLBで1つの戦術になっているのだが、それでもアルベルト投手の起用法に関してはかなり異質だといっていい。

 通常野手を投手として起用するのは、大差をつけられた劣勢のチーム(打たれている分すでに多くの投手を使い切ってしまったため)だというのが一般常識だ。にもかかわらずアルベルト投手の登板試合は、8試合中7試合が勝ち試合なのだ。

【アルベルト選手はドジャースの陰のクローザー?】

 しかもアルベルト投手はその試合すべてで9回のマウンドに上がり、しっかり試合を締めくくっているのだ。

 いくら6点以上の差がついている展開とはいえ、負け試合ではなく勝ち試合で締めくくり役として野手をマウンドに送るのはかなりのリスクを伴う。

 連打を浴びて相手打線を勢いづかせてしまえば大量失点の可能性が高まるし、そうなると再び投手を用意しなければならない事態を招きかねない。それでは野手を登板させた意味がなくなってしまうからだ。

 そうした重責を担いながらも、アルベルト選手はチームの期待に応え続けているわけだ。セーブがつくことは絶対にないが、ある意味ドジャースの陰のクローザーと呼んでもいいのではないだろうか。

【球速110キロ以下の遅球のみで打者を翻弄】

 だからと言って、アルベルト選手が何か投手としての資質に秀でたものがあるわけではない。MLB公式サイトで公表されているデータによれば、アルベルト投手の球種は真っ直ぐだけで(1球だけ「山なり球」として記録されている)、その平均球速は66.7マイル(約107キロ)でしかない。つまり遅球のみで打者と対峙しているのだ。

 にもかかわらず、登板8試合中失点を許したのは2試合のみで、8イニングを投げ8安打3失点、防御率3.38と、まずまずの成績を残している。また9月3日のパドレス戦では自身初の奪三振も記録している。

 さらにデータを深掘りしてみると、アルベルト投手のストライク率は43.6%と決して高くないにもかかわらず、22.7%のチェイス率(打者にボールを追いかけさせる率)を記録していることから、明らかに相手打者を翻弄しているのが理解できる。

【記録的な得失点差を維持するドジャースならではの起用法】

 今回アルベルト選手がMLB記録を塗り替えることができたのは、単なる偶然ではない。その裏にはドジャースの圧倒的な強さがあるからだ。

 改めてアルベルト投手が登板した勝ち試合における登板時の点差をチェックしてみると、10点差(5月17日ダイヤモンドバックス戦)、13点差(5月26日ダイヤモンドバックス戦)、13点差(7月28日ロッキース戦)、10点差(8月13日ロイヤルズ戦)、9点差(8月23日ブルワーズ戦)、8点差(8月24日ブルワーズ戦)、11点差(9月3日パドレス戦)となっている。安定リードといえる点差がついた試合展開だったからこそ、アルベルト投手に託すことができたというわけだ。

 アルベルト投手の登板試合数が増えているということは、それだけドジャースが一方的な展開で試合に勝っているケースが多いことを意味している。それを裏づけるように、今シーズンのドジャースは勝率7割前後ペースで勝ち星を積み重ねているだけでなく、得失点差においてもMLB史に残りそうなペースで推移しているのだ。

 現在ドジャースは133試合を消化した時点で、その得失点差はMLBダントツトップの+294(2位はヤンキースの+189)を記録している。ちなみに近代野球と呼ばれる1900年以降で、シーズンの得失点差が+300を超えているのは、たった9チームのみだ。

 さらにシーズン162試合制になってからでは、1998年のヤンキース(+309)と2001年のマリナーズ(+300)の2チームしか存在していない。

 現在のドジャースの勢いを考えると、この2チームの記録を上回る可能性は十分にある。残りシーズンでアルベルト投手の記録もさらに伸びていきそうな気がする。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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