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オトナ女子 京のたしなみ(1)ロウソクの光で夜のお茶会  高台寺

海南友子ドキュメンタリー映画監督
京都の高台寺 冬の特別な茶会『冬の夜の茶会夜咄(よばなし)』(撮影:海南友子)

 2011年にひょんなきっかけで東京から京都に引っ越した。その時、私は40歳だった。東京出身の私には見るもの全てが、なんだか深みを感じる京都の世界。道を上ったり、下がったりしながら、ろうじ(路地)の奥で出会う和の風景に魅入られた。オトナになったからこそ出会える京都の楽しみ方がある。オトナ女子のための楽しい「京のたしなみ」をお伝えします。

■高台寺 夜の茶会 暗闇へといざなわれる

 京都・東山、清水寺に向かう二年坂、産寧坂のふもとにそのお寺はある。美しい竹に囲まれた階段は、全てのものを京都の夜の異界に誘い込む美のエントランス。長い竹林の階段のあまりの美しさに、軽いめまいがする。高台寺は秀吉の正妻であったねね(おね)が秀吉の死後に庵とした寺で、その美しい庭や池を拝観したことがある方も多いはずだ。春や秋の夜間拝観の時にも、プロジェクションマッピングを使った百鬼夜行の展示をしたり、意欲的な企画を多く行っていることもあり、夜の観光の定番の一つといえる。

竹林に抱かれた高台寺の境内(撮影:海南友子)
竹林に抱かれた高台寺の境内(撮影:海南友子)

 でも、私が今宵参加するのは、普通の夜間拝観ではない。夜のお茶会だ。これは季節ごとに行われている特別な会で、ただ夜の時間に開催されるだけではない。

 入口で「夜の茶会」と伝えると、一般拝観客とは違う動線の建物に案内され、しばし待つことに。茶室の待合といった雰囲気で、伝統的な和室だ。広さはそれほどでもないが、つぎつぎに参加者がやってくる。私たちが待合にいると、次にやってきたのは着物姿のおばさまたち6人。いかにも茶道を嗜んでいる雰囲気で、上質な着物姿に私は気後れした。家族で参加した私たちは、着物も着ていないし、茶道の心得もおぼつかない。気軽な気持ちで参加してよかったのか?と頭の中が戸惑いでいっぱいになった。茶道の話に花が咲くおばさまたちに圧倒されながら狭い待合で待っていると、次にやってきたのは20代ぐらいの京都弁の若いカップル。もちろん着物じゃなくて、洋服だし、身なりはきちんとしてはいるが、フツーな感じの二人だったので、なぜかとてもほっとした。

 しばらく待っていると、丁寧な案内で奥の部屋に通される。拝観したことがある本堂とは別の廊下を通っていくのだが、横には美しいお庭が広がっていて、ほんのりとライトアップされており、京都の名刹の庭園はなぜこんなに心が落ち着くのかと、何度も噛み締める。東京にも他の街にも素敵なお寺はあるのだけれど、なぜか、京都ブランドが上乗せされて、夜に吸い込まれるように心が落ち着いていく。

■ろうそくの灯 一杯のお茶に込められた静けさと美しさ

 襖をあけて通されたのは、細長い和室。すでに多くの人がその部屋には座っており、わたしたちもひとりひとりお茶席に案内され、正座して座る。部屋に電気は付いておらず、四方にろうそくが灯されているのみ。そのなんとも言えない高貴なゆらめきが、部屋と私たちの姿をゆらゆらと映し出し、夜の静けさとあいまって、えもいわれぬ興奮に自分が包まれていくのがわかる。こんなに静かなのに、こんなにエキサイティングな気持ちになることって他にあるだろうか?暗闇がいざなう和の雰囲気の高まり。この感情を伝える言葉がどうしても見つからない。

水面に庭が映り込んだ水鏡 渡り廊下の上にはねね(おね)と秀吉をまつった御堂がある(写真:海南友子)
水面に庭が映り込んだ水鏡 渡り廊下の上にはねね(おね)と秀吉をまつった御堂がある(写真:海南友子)

 やがて、ゆっくりと菓子盆がまわってくる。丁寧に飾られたお菓子を、一人一人長い箸で手元に取り、懐紙に乗せていただく。たったそれだけの手順だけど、やっぱりドキドキしてしまった。いままでもお茶会に参加したことはあるが、夜の雰囲気が重厚で、きちんとできないと恥ずかしいという気持ちによりさせる。

 お茶をたしなむ間、高台寺のお坊さんから、お寺の歴史、ゆかり、茶会にまつわるお話がある。掛け軸の説明やお花の説明。一つ一つをゆっくりと聞く。暗闇で人の話を聞くとこんなに耳から心に入るのかと感心する。しばらくすると、お抹茶が運ばれてくるのだが、茶器を愛でて、ゆっくり回し、回数を分けて口に含む。様式美だと思っていたお茶が、なぜか、しっくりと自分の中に落ちていくのがわかる。それも先ほどのお話が耳から心に染み入るのと同じ、暗闇マジックなのかもしれない。ちなみに、暗闇のいいところは、多少作法を間違ってもあまり他人にはわからないということ。でも、隣に座っている方が飲まれている姿などは見えるので、作法に詳しくない方は隣の方を見ながらやっても大丈夫だ。とても奥が深い体験なのに、初心者の方でも参加できるという不思議な茶席だ。

 正座は、できるならしたほうがいい。でも、ずっと正座をするのが辛い方は横座りしても大丈夫だ。私も最初は正座をしていたが、長くなると足が痺れてくるし、立ち上がって、こんな茶席の真ん中で転んだりしたら大恥をかくので、頃合いを見計らって横座りに変えた。

 ひととおり、お茶が終わると、高台寺の中を拝観できる。夜咄(よばなし)のあと、外に出ると冷たい冬の澄んだ空気とライトアップされた美しい庭。時間がすぎるのが勿体無くてゆっくりゆっくりと歩いてしまった。

 そして、お寺の別棟にある食事どころで和食をいただいて「夜の茶会」は幕を閉じる。たった3時間の体験だが、和風の文化の良いところが凝縮された体験だった。きっと、電気ができる前の時代に、人間はこうして暗闇と対峙していたんだろう、そしてろうそくのゆらめきのなかに孤独に夢を見たり、誰かとつながったりしたんだろうと、思いをはせた。

京都の小学校では茶道を学ぶ機会がある学校もある。息子の手慣れた手つきに驚愕(写真:海南友子)
京都の小学校では茶道を学ぶ機会がある学校もある。息子の手慣れた手つきに驚愕(写真:海南友子)

■茶道をたしなむ京都の小学生

 小学生の息子は、茶道なんて堅苦しいから大丈夫かな?と思っていたが、そこはおそるべき京都パワー。京都の小学校では茶道の授業がある学校があるそうだ。息子の通う学校でも茶道を習う機会があった。正直、夫より息子の方が落ち着いて、お菓子をいただき、懐紙で上手に包んで、落ち着いてお茶をたしなんでいた。よく見れば私たちの後に入った京都弁の20代のカップルも作法に戸惑うことなくお茶を飲んでいた。京都では他の町に比べると、日常的に茶道と触れ合う機会があるため、体験する機会が人を育てるのだろう。小学校で茶道と触れ合うなんて、正直、息子の環境がすこし羨ましくなった。

 アラフォー、アラフィフになったなら短い期間でもいいので茶道を習えたら上質な大人の女性になった気になる。欲を言えば、着物を着てお茶会というのが理想だけれど、フルタイムの仕事をして、家事も育児もしなければならない自分にはそこまでの時間は難しい。でも、ちょっとした機会、そう京都でまたお茶会に参加したとき、はずかしくない程度には茶道の嗜みを身につけられたらいい。

 最後に付け加えると、この夜の茶会をきっかけに高台寺に魅入られた私は数年後、ここにお墓を買うことになった。夜の静けさと美しさに包まれて永遠の眠りにつきたい。こんなことを思わせるのも京都の暗闇マジックだろうか。

 高台寺特別茶会『冬の夜の茶会 夜咄(よばなし)』は、冬の間だけに「行われる特別な茶会。2025年は1月17日3月2日 の金・土・日。参加費は9000円(※要予約/ 開催日時及び価格は、変更の可能性あり。高台寺の公式サイトにて事前に確認し電話で申し込み) 参加するのに茶道の経験は問われないが、基本的なお茶の飲み方などを事前に確認して参加するほうがいい。服装も軽装で良いと書かれているが、長めのスカートやズボンと、綺麗な靴下で参加するほうがマナーとして良い。所要時間は3時間と書かれているが、高台寺の別の場所での食事も含めた時間。ただし、茶会の始まりの受付時間は決められているので、時間を守って参加すること。

ドキュメンタリー映画監督

71年東京生まれ。19歳で是枝裕和のドキュメンタリーに出演し映像の世界へ。NHKを経て独立。07年『川べりのふたり』がサンダンス映画祭で受賞。世界を3周しながら気候変動に揺れる島々を描いた『ビューティフルアイランズ』(EP:是枝裕和)が釜山国際映画祭アジア映画基金賞受賞、日米公開。12年『いわさきちひろ〜27歳の旅立ち』(EP:山田洋次)。3.11後の出産をめぐるセルフドキュメンタリー『抱く{HUG}』(15) 。2022年フルブライト財団のジャーナリスト助成で米国コロンビア大学に専門研究員留学。10代でアジアを放浪。ライフワークは環境問題。趣味はダイビングと歌舞伎。一児の母。京都在住。

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