公然わいせつ罪における「公然」とは、どのような状態なのか ―屋外でのAV撮影不起訴に―
■はじめに
屋外でアダルトビデオの撮影を行ったとして、警視庁に書類送検された制作会社の当時の社長らあわせて52人について、東京地検は、「現場は山の中であり、不特定多数の人に認識されるような場所ではなかった」という理由で不起訴処分にしました。場所は、キャンプ場で人目に触れるような状態ではなかったということです。
刑法174条は、「公然と」わいせつな行為をした場合について、最高で6月以下の懲役を科しています。この罪は、社会の善良な性風俗を保護することが目的だとされ、社会的法益に対する罪と呼ばれています。
「公然」という言葉の意味じたいについては、右の図でいえば、むかしは「d」の範囲が公然だとされたこともありましたが、現在では、「不特定または多数」、つまり、「b+c+d」の範囲の人が認識できるような状態だと理解されています。
「公然性」を要件とする趣旨は、「見たい人だけに見せた場合」であっても、「見たくない人が見る可能性があるような状態」で卑わいな行為が行われていれば、社会全体の性風俗が乱される可能性があるという点にあります。ただし、その「見たくない人」が特定の少数である場合には、社会全体の性風俗が乱されたとはいえないというように考えられています。
「特定・不特定」も「少数・多数」も裁判官の評価を要する概念ですので、実際の裁判例を見て、「公然性」の中身を見てみましょう。
■「公然性」を否定したケース
裁判で「公然性」が否定され無罪となったケースがあります。
(1) あちこちで撮影会等に名をかりてわいせつ行為を行って有料で見せていた者が、旅館の離れ座敷で麻雀仲間、別荘で無尽講(=民間の金融組合)員4名に対し見せた場合(静岡地裁沼津支部昭和42年6月24日判決)
(2) 外部と遮断された部屋で知人5~6名に対してわいせつ行為を見せた場合(広島高裁昭和25年7月24日判決)
(3) 自宅で同僚3名と取引先2名に対してわいせつ行為を見せた場合(宮崎簡裁昭和39年5月13日判決)など
これらに共通するものは、(a)場所が閉鎖的なところであること、(b)観覧者どうしに個人的な関係があり、特定性が濃いこと、(c)実際に見た人数としてはせいぜい5~6名といったところです。
■「公然性」が肯定されたケース
以上に対して、次のようなケースでは、「公然性」が肯定され有罪となっています。
(4) いわゆる「のぞき」を反復して行うことを計画し、客2ないし5名を誘って旅館の2階に招き、わいせつな行為を見せた場合(大阪高裁昭和30年6月10日判決)
(5) 一般客が出入りできないクラブの一室で、特定された客30数名にわいせつ行為を見せた場合(大阪高裁昭和31年2月9日判決)
(6) 客を勧誘して、夜間密閉した部屋において数十名の客を相手にわいせつ行為を見せた場合(最高裁昭和31年3月6日決定)
(7) 海岸でわいせつ行為を行ったが、時期は11月で人通りがなく、海上約300メートル先を遊覧船が1隻通行したにすぎなかったが、漁師や住民が通行する可能性があったので被告人らが見張りを立てていた場合(東京高裁昭和32年10月1日判決)
(8) いわゆる「カップル喫茶」で、数名の客どうしがわいせつな行為を見せ合っていたような場合(東京地裁平成8年3月28日判決)などがあります。
これらの裁判例に共通するものは、(a)特定の客であっても数名を超える人数であること、(b)特定の客であってもその人的関係が薄いこと、(c)少数であっても、反復継続の意思があること、(d)一般人が見る可能性が否定されないことなどです。
■一般人の認識の可能性
不特定または多数人が認識する可能性のある状態とは、現実にだれかに認識されなくとも、だれかが認識する可能性があれば足りると解されてきており、上記(7)の裁判例に見るように、従来かなり厳しい判断がなされてきました。
これと今回の事件を比較しますと、まず現場にいたのが52名という多人数であるものの、撮影スタッフという人的関係としてはその特定性はかなり濃いものであると評価できること、また、場所がキャンプ場ということで、まったく人目に触れる可能性がなかったと判断できるかは問題ですが、上記(7)の裁判例と比較すると、一般人の認識可能性はかなりゆるく判断されるようになってきているのではないかと思われます。
社会全般の「性」についての考え方がむかしにくらべて開放的になっているといえますが、本件は、そのような社会の動きが司法の場にも影響を与えてきている例ではないかと思われます。(了)